領主様のパーティーと、夜空の会話
銀色の毛並みが、夜空に映える。
ただし、耳と尻尾だけである。犯人は覆面をあきらめて、素顔を現していた。ここまで追い詰めた強敵に対する、礼儀かもしれない。
ようやく、口を開いていた。
「傭兵の里の生き残りか………我をここまで追い詰めるとは――さすが、ドラゴン様にケンカを売っただけはある」
少年のような声であった。
夜空にたたずんで、銀色のヘアカラーは、たくましい尻尾もあいまって、かっこいい狼のようにも見える。
黄金の瞳が、印象的だ。
大きな屋根の上で、メイドさんは優雅に微笑んでいた。
「ははは~――ボクは参加してないよぉ~………まぁ、巻き添えって言うか、若いドラゴンたちが急襲してきてね………あそぼぉ~――ってさ?」
お疲れなのか、言葉はどんどんと、力をなくしていく。すらりとしたロングヘアーも次第にうなだれていく。
ねずみは、おいてけぼりだ。
「ちゅう?」
『傭兵の里』――とは、なんだろう。メイドさんのお疲れ具合から、過去に何かがあったようだが………
話から、関わっては大変という話題の予感だ。この際、言葉が通じないねずみであることが、幸いだ。つい、なにかあったんですか――と、口にしてしまっては大変な予感で一杯だ。
大変な事態が、すでに起こっている。領主様のお屋敷での騒ぎである。なぜ、目の前の獣人が現れたのか、なぜ、騒ぎになったのか。
それだけで、十分に大変なのだから。
銀色の犬の人は、警戒をしつつ、話しかけてきた。
「ドラゴンの輝き………ヌシ様が言っていたのは、そのねずみか………」
ねずみは、ドキリとした。
いきなり、ねずみが話題の中心になったのだ。背中の宝石も、ドキリ――と、光った。とっても目立ったに違いない、獣の耳が警戒に忙しそうだ。
犬の尻尾も、ゆらゆらと、警戒している。
ねずみの尻尾は、ビクビクと震えている。『ヌシ様』――とは、心当たりがねずみの尻尾を振るわせた。
カラス軍団との戦いの後の、出会いだった。宝石も思い出したように、ぴかぁ~――と、明るく光った。
空中にたたずむ、巨大な狼との時間を思い出していた。
「ちゅちゅちゅうう、ちゅううう?」
ふわふわと、浮かび上がった。
ただのねずみではない。それは、犬耳の侵入者にも、気付かれたはずだ。不思議な輝きに意識を奪われ、そのためにメイドさんに背後を許してしまったのだ。
そして、ここにいる。
ねずみは、嫌な予感が止まらない。
まさかと思うが、最初からねずみを探すために、ドラゴンの宝石という手がかりを探すために、ここに来たのではないか。
この事態は、自分が引き起こしたのではないかと、不安なのだ。
「ヌシ様が我らの里に現れるのは珍しい、風船にくくりつけられた手紙を渡すためだったという………長老会は、とりあえず手紙のヌシを探すことにした」
ねずみがきっかけというのは、正解だったようだ。
ドラゴンの使いか――
巨大な狼というヌシ様の問いかけに、ねずみはおびえるだけだった。しかし、風船のお手紙を届ける使命があったのだ。
あれは、雲ひとつない、怖いくらいの青空の日であった。
子供達の学校行事として、大空へと、お手紙を解き放ったのだ。
風の向かう先は、なかなか足を伸ばすことの出来ない、獣人の国である。山脈のおかげで、すぐ近くにあるようで、とても遠い場所なのだ。
空を飛ばない限り、とても遠いのだ。
届けてやろう――
巨大な狼様は、そう言うとねずみを背に乗せて、山脈を越えて、犬の耳の皆様の国へと降り立った。
現実感がなかったものだ、ねずみはのんびりと足に絡まったロープを外して、そして、お手紙を差し出したのだ。
ねずみが思い出に浸っていると、犬耳さんが、こちらを見ていた。
指差していた。
「ねずみのマークが、目印だった」
犬の耳の人は、ねずみを、指差していた。
空中に浮かぶねずみと宝石は、共に抱き合う。あぁ、自分たちのせいらしいと、なんてことだと、おびえていた。
メイドさんは、気を取り直していた。
「えっと~………ねずみくんに会いに来たのかな?」
「領主は、オレが来ることに気付いていたはずだ、そうでなければ、あのような罠など準備するはずが――」
探るように、犬耳の侵入者は語りだす。
なぜ、領主様のパーティーに現れたのか。話し振りから、領主様に誘い込まれたようでもある。
そういえば、魔術師組合のオバン様という組長さんまで、出席していた。街のお偉いさんと言えば、お偉いさんであるが………
何か、上のほうの意図でもあったようだ。
「犬耳が来るかも――程度だったと思うよ?なかなか引っかからなかったから、パーティーで呼び寄せたのかな?」
「数人、人の国に入っただけでか?――魔法は、あなどれんな」
「――っていうか、素直に魔術師組合なり、直接屋敷に訪れるなりしたらよかったんじゃないの?」
「………調査は、極秘なのだ」
「極秘………ねぇ」
ねずみの頭上で、スレンダーメイドさんと、犬耳少年?の会話が続いている。しかし、これが手紙をきっかけにしたとなると、ねずみはドキドキだ。
ヌシ様を動かしたことか、あるいは手紙の内容か………
バトルしようぜ?――
そんな内容でないことを、祈りたい。しかし、オーゼルお嬢様のことだ。仲良く遊ぶつもりのメッセージが、独創性に富んでいてもおかしくない。
仲良く追いかけっこをする、鬼ごっこをする、そのようなつもりでお手紙を出した可能性がある。とっても挑発的な内容の可能性も、捨てきれない。
誤解を招いた可能性が、否定できない
ねずみはふらふらと、屋根の上へと墜落した。
そして、土下座をした。
「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅうううう~」
すみません、なんか、すみません――
この態度が、どのような印象を与えるのだろうか。犬耳の人も、あっけに取られていた。
メイドさんは、笑っていた。
「とりあえず、裏口があるから………ねずみくん、カーネナイのお屋敷って分かるよね?」
ねずみは、うなずいた。
ねずみが人間に大きく関わろうと思った、ニセガネの銀貨の鋳造、および拡散と、関連する事件の中心だ。
ねずみが名探偵と呼ばれる、そのきっかけの事件である、忘れるわけがない。幽霊屋敷と思える、一部人間が入る気配は、犯罪の気配だった。
今は、どうなっているのだろうか………
そう思いながら、ねずみたちは夜空を進んだ。
カーネナイの皆様は、領主様による恩赦で、お屋敷の管理をしているはずだ。
こういった事態のためなのだ。
ただ――
「いらっしゃいませぇ~」
「いらっしゃい」
カーネナイのお屋敷に降り立ったねずみたちを、メイドさんたちが出迎えていた。それはいい、見た目は確かに、 メイドさんだった。
2メートルを超える巨漢のメイドさんが、にっこりと微笑んでいた。隣にいる、うずくまったような声の人は、ややぶかぶかなメイド服だ。
本職のメイドさんは、しばし固まった。隣の犬耳さんは、平静を装って、お尻尾は正直だ。
ぶわわわわ――と、警戒をあらわにしていた。
「………主は、いる?」
さすがは、メイドさんだ。すぐに気を取り戻して、案内を始める。ここにねずみがいる意味があるのか、それは不明だ。
「あらん、お客さま?」
「一名様、ごあんない………」
ここに、ねずみがいる意味はあったのだろうか、深く考えてはいけない。魔法の力で、あっという間の道であった。
「んじゃ、あとはよろしく」
「ちゅぅ~」
パーティーのその後が気がかりだ、ねずみとメイドさんは、再び夜空へと消えていった。
犬耳さんは、こうして置き去りにされたのだった。




