領主様のパーティーと、犬耳
どすっ、どすっ、どすっ――
ベーゼルお嬢様が、悔しそうに足踏みする音がする。ご令嬢が出してはけない地響きであるが、だれが指摘することが出来るだろう。見守る皆様は、ビクビクと、おびえていた。
ただ一人に向けて、視線が飛んでいた。
なんとかしろ――
そんな視線を受けたアーレックは、うなだれた。気付けば肩に乗っていた相棒も消えていた。頼れるものは、自分だけなのだ。
どこかを見つめた。
「わが友は、今もまた、どこかで活躍しているのだろうな………」
人間離れをした犯人を、人間離れしたメイドさんが追いかけた。
ねずみも、人間ではない。
名探偵だと、アーレックが褒め称えたことがある。気付けばちょろちょろと足元を、天井を、犯人の住処を這いまわり、事件の解決に貢献してくれるのだ。
きっと、活躍してくれるだろうと、自分の役割へと向かうのだった。
「なに?」
お怒りの恋人様が、アーレックを見ていた。
怯えるアーレックは、身をすくめて愛想笑いを決め込んだ。
「い、いやぁ、なんでもないぞ?」
巨体に似合わぬ、チキンなハートなのだ。それは、だれの目にも明らかで、一部からは同情の視線を集めていた。
恋人様がお怒りなのだ、ひたすら、ご機嫌を取るのはアーレックの役割なのだ。
一方、ねずみは――
「ちゅううう、ちゅううっ」
飛んでいた。
パーティーの混乱である、誰も気づかないはずであると魔法で体を浮遊させて、天井へと着地した。
メイドさんも、いた。
「おや、キミはネズリー………だよね?」
名前も、知られていた。
瞬間、身構えたねずみであったが、見知ったロングヘアーのメイドさんだ。仲間たちだけにわかるメッセージを助言してくれた。気づけば丸太小屋で、仲間たちと行動を共にしていたメイドさんだと思い直した。
素直に、うなずいた。
「ちゅぅ~、ちゅぅ~」
コクコクと、言葉が通じなくとも、メイドさんには届いたはずだ。後ろの宝石もまた、気付けば姿を現していた。
ピカピカと、ご挨拶をしていた。
「あの、後ろの宝石ってさぁ――まぁ、いいや………賊をここから引き離すから、キミの宝石が、多分役立つから、そのまま目立ってね?」
無茶な要求だ。
ただのねずみなら、そう感じただろう。それ以前に、言葉は通じるか怪しいものであるが、ねずみはお返事をした。
「ちゅぅううっ、ちゅうううう~」
安んじて、お任せあれ――
シルクハットがあれば、様になっているのだろうか、紳士のお辞儀であった。舞台演劇の紳士のように、気取っていた。
メイドさんは、しばしあっけに取られたが、背中の宝石は、さっそく輝きを激しく、ねずみも周囲に輝きを生み出していた。
ご注文通り、目立つだろう。
「ちゅぅ~」
では――
ねずみは、ジャンプした。
いや、空中に浮かんで、そのまま風船のようにふわふわと、目立っていた。
「………お願いね――とっ」
メイドさんは、しばし、ねずみを見つめていた。
そして、消えた。
ねずみの目にも、メイドさんが消えたように見えた。
ただのメイドさんではない。
並みのメイドさんは、おろおろと混乱を見つめるだけだ。出来たメイドさんは、お邪魔にならないように客を誘導していた。
スレンダーメイドさんは、壁を走っていた。
「ちゅぅ~」
ねずみは、追いかけた。
本能というか、メイドさんからは目立つように言われただけだが、向かうことにした。 メイドさんの狙いは不明であるが、ねずみはピカピカと光りながらメイドさんの後姿を見つけて、すぐに追いついた。
空を飛ぶように追いかけたのだ。いいや、今のねずみは空を飛んでいる、少なくとも、人間離れしたメイドさんの背後に迫れるほどに、空を飛んでいた。
メイドさんは、微笑んだ。
「みぃ~、つけたぁ~」
いたずらっ子のようにロングヘアーを風になびかせて、壁を走っていた。
ねずみの輝きが、犯人の意識を奪ったのだろうか、隠れていたのに、顔を出したのだろうか。メイドさんが、迫っていた。
ねずみも、セットだった。
「ちゅぅ~っ」
誰にも見つからないように、天井に逃げ延びていただろう犯人が、慌てたように逃げ始める。
逃げ足も情人離れしている。なんと、ベーゼルお嬢様の追撃をかいくぐった凄腕だ、常人離れをした机を投げた攻撃も、通じなかったのだ。
追い詰めるメイドさんが、すごいだけだ。
ぶかぶかの衣装の犯人が、驚きを表していた。
「――??」
布でぐるぐる巻きの覆面が、大きく揺れた。
ついでに、犬耳が姿を現していた。
そう、犬耳だ。
「ふふ~ん、尻尾を現したね?」
メイドさんは、満足げだ。
なお、尻尾はいまだ、ぶかぶかな衣装の内側にあるのだろう。少なくとも、ねずみからは尻尾が確認できない。
犯人は、まさか――と、尻尾の部分を確認していた。
尻尾が出ていないと安心したのか、なぜか、余裕を取り戻していた。
腕を、組んでいた。
「いや、本当に尻尾が見えているってわけでも――」
迫っていた。
気付けば、犯人の背後に、メイドさんがいた。対面するように追いかけて、顔と顔の距離が、なぜか、犯人の背後へと移動をしていた。
ねずみは、鳴いた。
「ちゅっ、ちゅぅううううっ!」
驚いていた。
メイドさんを発見、すぐ後ろへと近づいたと思えば、またも引き離されたのだ。
驚きは、犬耳犯人も同じだったようだ。
「――!!!!!」
ぶわっ――と、犬であれば毛並みを逆立てて、尻尾もぶわぶわになっている。ぶわぶわと、警戒心を表した尻尾の登場だ。
やはり、犬だった。
「おっと――」
メイドさんが、とっさに飛びのいた。
ねずみも、とっさに飛びのいた。
本能だった。
逃げねばならない、目の前に罠がある、そういった感覚による、とっさの判断である。それは、犯人の犬耳も持っていただろうが、狙われていたのは犯人である。
しかし――
「へたくそ」
「うるさいよ、呼び出しといて………あぁ、なんで次から次へと――」
犯人は、逃げていた。
その様子を、立派な身なりの男性と、魔法使いのローブのオバン様が見つめていた。
オバン様は、杖を前へと突き出していた。ねずみがとっさに逃げたのは、オバン様の魔法の気配があったためだ。おそらく、とらえようとしたのだろう。
良くぞ、気付いたと自分をほめたねずみであった。何かが接近する気配を感知、そしてよけることに成功したのだ。
理屈でなく、自分をほめていた。
理屈など、分からないのだから。
「外?」
メイドさんは、首をかしげた。
立派な身なりの男性は、外を指差しながら、うなずいていた。どうやら、無言でご指示を出したらしい。
壁に身を寄せいていたねずみは、もしかして――と、冷や汗をかき始めた。のんびりとこちらを見る男性が何者か、察したのだ。
ここは領主様のお屋敷である。そして、メイドさんに指示を出していたのだ。
あと、隣の魔法使いのオバン様も、オバン様だと認識している時点で答えはわかっている。今の魔術師組合の、組長様だ。
お師匠様を除いて、最強の魔法使いである。
「ちゅっ、ちゅぅうう~」
震えていた。
えらいことだと、偉い人が出てきたと、震えていた。
「ちゅぅっ」
ねずみは、鳴いた。
またも、とっさである。ついつい、領主様に意識を向けていたが、すでに達人の領域に足を置いたのかもしれないと、自分で驚いていた。
犯人が、接近していた。
犬耳がぴくぴくと、ねずみの気配を探っていた。こうして近くで見ると、本当に犬の耳であると、個となる種族の存在に感心していた。
獣人とは、獣の耳や尻尾という獣の特徴を持つ、人と異なる、人に近い種族である。目の前のメイドさんも、人と言う分類にしては飛びぬけているが………
「とりあえず、お引取りを――」
メイドさんが、現れた。
本当に、神出鬼没のメイドさんである。犯人は、またも尻尾を警戒に膨らませていた。
ついに、首根っこをつかまれたのだ。
そのまま、屋敷の外へと飛び出すつもりなのだ。ねずみも協力をして、魔法の力で包んだ。
「ちゅぅううううっ」
両手を前に突き出し、魔法で包んだ。
重さは、これでほぼゼロとなる。魔法使いのオバン様が使おうとした魔法も、こうした結界の類だろう。
牢獄の効果も与えていたのかもしれないが、ねずみが発生させた魔法は、初級の浮遊魔法である。目の前の対象を浮かび上がらせるため、魔法の力で包み、風船のように浮かべるだけだ。
さぁ、お散歩の時間だ。




