領主様のパーティーと、ぶち切れ令嬢
ねずみは、おびえた
「ちゅぅ、ちゅうううう」
た、たいへんだぁああ――
背中の宝石も、ビクビクと震えていた。
領主様のパーティーの途中、騒ぎが起こってしまった。領主様のパーティーともなれば目立つため、何者かが暗躍するのも、仕方のないかもしれない。
しかし、決して手を出してはいけないものもある。
ベーゼルお嬢様が、お怒りだ。
「あわわわわ、ベーゼル、ぶちきれてる」
経験があるらしい、アーレックはおびえていた。
190センチにとどく長身は、肩幅も比例してごつく、癖のある金髪もあいまって、武器を手にすごめば、雷神という印象もある青年だ。
恐怖に、縮こまっていた。
「行くわよ?」
お嬢様は、ゆっくりと振り向いた。
お返事をする以外に、なにが出来るだろう。アーレックを引き連れて、ベーゼルお嬢様はパーティー会場を進んだ。
騒ぎはどこで起こったのか、暗殺者でも迷い込んだのか、それなりの警備をかいくぐって、こそ泥でも入り込んだのか。
どちらにせよ、ベーゼルお嬢様が向かったのだ。哀れなる犯人の命は、風前の灯である。
参加者達は、ヒソヒソと会話を始めた。
「(――ヒソヒソ)あれって、剣術大会常連の――」
「(――ヒソヒソ)後ろにいるのは、格闘大会常連で、今は――」
「(――ヒソヒソ)馬鹿だよな、この二人がいるところに、ノコノコ」
ベーゼルお嬢様の進む先で、人が割れていく。その後ろを、巨漢アーレックと、肩に乗ったねずみが進む。
犯人へ同情の気持ちを抱いたのは、ねずみだけでないらしい。ヒソヒソという噂話の皆様は、おびえて道を譲っていく。
ベーゼルお嬢様がぶちきれておいでなのだ。
見れば、分かるのだ。
警備に当たった兵士など、巻き添えを恐れて、真っ先に逃げ出している。賊と追いかけっこをしている兵士達のみ、気付いていないが………
今、気付いたようだ。
「こ、ここは――」
警護をしています。
その服装から、唯一、武器の所持を許されている服装であることから、それはわかる。しかしながら、言葉は途切れた。
ベーゼルお嬢様が、にっこりと、微笑んだからだ。
「貸して下さる?」
優雅に腕を差し出しているが、ねずみには、分かった。ベーゼルお嬢様の瞳を見てしまったのだ。立ちはだかる警備の人が、震えておいでだ。
ベーゼルお嬢様の、瞳だけが笑っていない笑顔を前に、当然だった。本来、客人に武器を渡すはずはないのだが………
素直に、差し出していた。
「ありがとう」
優雅にお辞儀をすると、ベーゼルお嬢様は、スタスタと進んだ。
ぺこぺこと頭を下げるのは、アーレックとねずみである。スマン、本当に、スマン――と言う、拝むような謝罪は、相手にも伝わったはずだ。
悲しそうに、笑みを浮かべていた。
「返してね?」
悲しそうだった。
お怒りのお嬢様が手にしたのだ。どのような使い方をされるのか、ぽっきりと折れた剣の未来が、さっそく目に見えているのだろう。
アーレックは、頭を下げながら、ベーゼルお嬢様を追いかけた。
「犯人めぇ~、命知らずなことを………」
「ちゅうう、ちゅうううぅ~」
まったくその通りだと、ねずみもうなずく。
スタスタとお嬢様が進む道は、いくつか切り裂かれていた。邪魔だと思ったのか、苛立ち紛れに、テーブルが真っ二つだ。
犯人が逃げ込んでいたとすれば、同じく真っ二つだ。
しかしながら、騒ぎは続いている。犯人はすばやく、逃げ続けているようだ。今は主に、ベーゼルお嬢様の剣から、逃げ続けているようだ。
アーレックは、ずいぶんと引き離されていた。
おびえる出席者達は、頭を抱えていた。
「ドレス姿なのに、なんで優雅に歩くだけで、ここまで破壊できるんだよ」
「知らないのか、あれはベーゼル嬢といってな、剣術の腕前は恐怖だといわれてる」
「………最強じゃ、ないのか?」
「いいや、恐怖だ。恐怖なんだよ………」
微妙なセリフが聞こえたが、アーレックは聞こえなかったように、まっすぐと進む。ベーゼルお嬢様は、遠くで斬撃の嵐を見舞っておいでだ。
アーレックは、急いだ。
そして――
「どっ、せい――」
何かが、空を飛んでいた。
顔を上げると、広い天井へと向けて、机が投げられていた。
どこかで見た光景だと、ねずみとアーレックは、これから起こる惨状を見つめていた。壁に大きな穴があいて、犯人が逃げるのだろうか。
領主様のお屋敷であると、ベーゼルお嬢様は、覚えておいでなのだろうか。
「首、飛ぶかなぁ~――」
「ちゅ、ちゅぅううう――」
色々な意味で、首が飛びそうだ。
父親である騎士様は、頭を抱えているに違いない。そして奥様は、隣で微笑みながら、弓矢を手にしていそうだ。
まさか、オーゼルお嬢様が斧を手にしていないことを、切に願う。
そこへ、命令が下った。
「アーレック、飛べっ」
ベーゼルお嬢様の声だった。
そして、無茶だった。
しかし――
「おうっ」
巨漢は、跳んだ。
アーレックは、190センチに届こうという長身であり、肩幅も比例してごつい。そして、鍛えられた筋肉は、文字通りの強さを持つ。
危険を察知して、ねずみはアーレックから離れた。
アーレックは、跳んだ
「ちゅうう、ちゅぅ~………」
優しい瞳で、ねずみはアーレックを見ていた。
ネズミが静かにテーブルの上に降り立つ頃には、跳んでいた。
瞬間的にダッシュをして、そして、机を一つ犠牲にして、アーレックは地上数メートルの上空へと、飛び上がっていた。
犯人が、目の前だった。
さすがは、カップルである。お嬢様の命令によってジャンプすると、手を伸ばすだけで、犯人を捕まえる位置にいた。
だが――
「なに?」
逃げられた。
ベーゼルお嬢様が追い続け、机まで投げた先に、アーレックが参上。そのように仕向けられ、机から逃れるためのジャンプが命取り。
空中では、逃げられない。
その常識が、侵入者には通用しなかった。空中で身を翻して、アーレックの手は、触れるどころか、かすることも出来なかった。
覆面をしていて、その顔は分からない。だぶだぶの布は、性別すら不明にさせる。ただ、アーレックを比較材料とするため、小柄に見えてしまう。
メイドさんも、現れた。
「はいは~い、その辺で――」
優雅に、天井を走ってきた。
アーレックが着地し、お嬢様が新たな机を掲げているところへ、現れた。これ以上、破壊活動をされたくないのかもしれない。
まかせろ――
無言の圧力が、メイドさんから放たれた。
並みのメイドさんではない、人間離れをした侵入者を、人間では追いかけることが出来ない空中戦で追いかけ始めた。
ねずみも、参加した。
「ちゅぅ~っ」




