領主様のパーティーと、婚約指輪
領主様のパーティーには、裏があった。
一応は、恒例の舞踏会である。地位のある人々を集めた、定期的に開催されるものであった。
もちろん、アーレックの野郎も招待されていた。そして当然ながら、パートナーは恋人であり、半ば公認の婚約者である、ベーゼルお嬢様である。
婚約者未満である原因は、指輪をまだ、渡せていないことにある。
情けないというか、タイミングが悪いというか、2回ほどの、婚約指輪の贈呈未遂をやらかしている。
愛想をつかされていないのは、すでにベーゼルお嬢様の勝利が確定している。アーレックには、下僕という未来しか残されていないためである。
今もまた、下僕としてベーゼルお嬢様に付き従っていた。
ねずみは、そんなアーレックの肩に座っていた。
「ちゅぅうう、ちゅううう」
まぁ、しっかりな――
背後の宝石も、応援している気がする。
ご家族そろって、領主様へと順に挨拶をしていく。パートナーが決まっていれば、お披露目も兼ねている。まだ婚約していない女性であっても、家族が認めていれば、候補として扱われる。
「ちゅう?」
どこかで見たメイドさんが、こちらを見ていた。
そう、丸太小屋メンバーと、ワニさんをお見送りしたときに、新たに追加されていたメンバーである。
死に神です――
そんな印象の執事さんのほかに、メイドさんもいたのだ。
丸太小屋の生活には、釣り合いがおかしな面々であった。しかし、小さな違和感に過ぎない。ドラゴン姉さんの登場で、すべてが吹き飛んでいた。
今は、目の前のパーティーが大切である。
なにより――
「では、友よ――」
アーレックが、まっすぐと前を見ている。
ねずみも、まっすぐと前を見る。
事前に、伝えられていたことである。今日こそは、今日こそは、決めてやる――と、事前に、頼まれたのだ。
こっそりと、お願いされたのだ。
ねずみは、鳴いた。
「ちゅぅ~」
そして、駆け出した。
アーレックの肩から、そのまま出席者達が気付かぬすばやさで、陰から陰へと、そしてテラスへと駆け出した。
二人きりに、してくれ――
主様からは、お嬢様を見守るようにと言われていた。だが、見渡した限りでは、ねずみの出番など、なさそうだ。
町の有力者の集まるパーティーである。
万が一に備えて、警備はしっかりとしている。出席者の何割かは騎士の関係者、警備の関係者であるため、事件など起こりそうもないが………
事件は、ねずみの目の前で起こっていた。
「ベーゼル、ちょっと、話が――」
アーレックはきりっと背筋を伸ばして、ベーゼルお嬢様を見つめていた。
いつものアーレックではない、覚悟を決めた男の顔であった。まぁ、ねずみは何度か目にしている。情けないオチも、2度ほど目撃したのだが、今度こそ、今度こそ………なのだ。
ベーゼルお嬢様も、感づいたようだ。うっすらとホホを赤らめて、とても珍しい光景が広がっていた。
そのまま、パーティー会場から続くテラスへと進む。
事件だ、事件だ――と、会場が小さくざわめき、あたたかな目線が注がれる。一部嫉妬も、混じっている。
ベーゼルお嬢様のご家族の視線も、含まれる。
「あらあら、あなた」
「………むぅ」
「むう?」
オーゼルお嬢様は、こんどは父親のマネで、腕を組んでいた。まだ、なにが起こるのか理解しておいでではないようだ。まだ10歳のお子様では、仕方ない。
しかし、ねずみには分かる。
「ちゅううう」
がんばれよ――
今度こそ成功するように祈ると、背後の宝石が、ほんのりと光りだした。
ここは、パーティー会場である。
天井では、いくつもの輝きがほんのりと、そして、闇夜に染まったテラスにも、適度な距離を開けて、明りがある。
ロウソクだけではない、魔術師組合からの流出品である、ほのかな明りが灯り続けるアイテムがあった。
ねずみは、アーレックを応援するつもりと、背後で光った宝石の輝きをごまかすために、利用することにした。
ほのかな明りが、周囲に舞い降りた。
「ほぉ~」
「きれい――」
「魔法なのか」
「さすが―—」
ちらほらと、輝きに気付いた人々が、じっと見詰める。
ねずみは魔法で、色とりどりの明りを周囲へとばら撒いた。ムードとしては、十分だろう。夏の夜空が、華やかに彩られていた。
アーレックが、ひざをついた。
ねずみは、今度はそばにいない。アーレックとお嬢様を囲むように駆け回り、ムードを盛り上げるに徹している。
雪が舞うように、雪が空へ向かって流れていくように、ほのかな色合いの光の粒が、上品にテラスを飾り立てた。
「ベーゼル、これを――」
アーレックは、小さな袋を取り出した。
包みの中から、小箱が姿を現す。これで、なにが起こっているのか分からないのは、幼いお子様だけである。
ベーゼルお嬢様は、なにかしら――と、強気の微笑み、腕を組んだいつもの仁王立ちでありながら、とてもおとなしい。
アーレックが、箱を静かに開けた。
明りに照らされ、きらり――と、それは輝く。
ベーゼルお嬢様は、あわてない。
今度こそは、アーレックからの手渡しである。勝利者のお嬢様は、腕を組んだ仁王立ちスタイルから、お嬢様として姿勢を正し、まっすぐとアーレックに向かい合う。
一歩、進む。
それだけで、指輪に手が届くという――
そのときだった
悲鳴が、パーティー会場に響いた。
「な、なんだ」
「こそ泥か?」
「賊か?」
侵入者が、パーティー会場に現れたようだ。
なんとまぁ、見計らったかのようなタイミングであった。ねずみは、がっくりと肩を落とす。背後の宝石も、やれやれ――と、ちかちかと輝く。
アーレックは、残念そうに小さな包みを懐にしまいながら、立ち上がる。
「………ベーゼル、すまない。話は――」
ここは、騎士の一族として、警備隊の幹部候補として、アーレックは立ち向かわねばならない。
ねずみは、仕方ないという気分で明りを消しながら、アーレックを見つめる。
今度は、アーレックの責任ではない。
ねずみの責任でもない
また、次があるというものだが………
「あ、あわわわわわわ?」
「ちゅ、ちゅうううう?」
ともに、震えていた。
あと数分の時間があれば、指輪の贈呈は完了していた。ご家族も、パーティーに出席していた人々も見守ってくれているのだ。
婚約が、正式なものとなる。
なのに――
「さぁ、いきましょう?」
ベーゼルお嬢様は、微笑んでいた。
目は、笑っていなかった。




