ねずみと、領主様のパーティー
シャンデリアの輝きが、まぶしい。
赤いカーペットの鮮やかさが、飾られる花の可憐さが、そして、漂ってくるご馳走の匂いが………そのすべてが、ホンモノの豊かさを伝えてくる。
ねずみは、気取って鳴いた。
「ちゅぅ、ちゅううう、ちゅううぅ」
ふ、私にこそふさわしい――
まるで蝶ネクタイをしているように、首元をくいっと両手で整えて、気取っていた。
領主様の、パーティー会場であった。
ねずみがお世話になっているのは、騎士様のお屋敷である。
騎士様のお屋敷には、私的であり、公的な行事というものが訪れる。パーティーのお誘いが、それである。
地位がある人々の義務であり、時に、楽しみでもある。
「アーレック、ほら、エスコート」
「あ、あぁ――」
ベーゼルお嬢様が、アーレックにひじうちを食らわせた。
それは勘違い………だと思う、190センチに届こうという巨漢に、ひじを突き出していた。さっさとエスコートしろと言う、ご命令である。
アーレックが逆らうはずもない、恋人様のご命令なのだ。
ご家族を前に、お借りします――と言う、緊張に背筋を延ばしていた。お義父上様を前にした、緊張だった。
父親である主様は、複雑だろう。ご家族と共に、見送っていた。
「しっかり頼むぞ」
「ふふふ、お願いね?」
「お願いね?ねずみさん」
地位を持ってるということで、ねずみがお世話になっている騎士様のご家族も、呼ばれている。そして、ねずみもお供に、今はアーレックの肩にいた。
主様は、ねずみを見た。
「ねずみくんも、たのむぞ」
「ちゅちゅう、ちゅぅ~」
紳士らしくお辞儀をして、了承を伝えた。
言葉が通じなくとも、通じただろう。ただ、アーレックが不埒なまねをしないか、ねずみに見張らせるつもりではない。
何かが、起こる――
その予感は、むしろ予告といってもいいらしい。
領主様の主催するパーティーには、騒ぎがつき物だ。事前に予告されているのも、上の世界ではありがちだと言う。
裏社会すら関わっていると噂されるが、そんな噂におびえている程度では、上には立てないというものだ。
それでも心配になるのが親心であるが………
「………ちゅうっ」
ご家族と一端離れた頃合いで、ねずみは、笑った。
父親である主様には申し訳ないのだが、いったい何者が、サーベル使いに手を出せるというのか。
返り討ちが、見えるようだ。
アーレックの野郎の出番も、当然、ない。
「どうした、我が友よ」
「ちゅちゅう、ちゅうう」
アーレックが横を向くが、ねずみは手を振って、問題ないと伝えた。
ボディーガードと言う、かっこいい展開など、あるわけがない。哀れなる襲撃者は、サーベルの餌食となるだろう。
さすがに、サーベルを脇にさしてのご出席ではないが、武器はある。
テーブルだ。
哀れな襲撃者は、テーブルの下敷きになるのだ。かつてお嬢様たちのお怒りを買い、サーベルの連打や弓矢の嵐や、斧の攻撃を生き延びたねずみである。
テーブルも、飛んでくると知ったのだ。
ねずみは小さな体が幸いして、お嬢様たちの攻撃の嵐を生き延びることが出来たが、 人間では、考えたくもない。
まぁ、襲撃者の可能性よりも、出席者たちの話題は、決まっていた。
方々で、話題になっていた。
「いやいや、先週のドラゴン騒動では肝が冷えました」
「それでも、恒例のパーティーが開かれたということは、ひとまず安心と言う証になるかと言う、領主様の――」
「気まぐれに、若いドラゴンが人の里に――」
話題は、先週のドラゴン騒動だ。
森から、ドラゴンが飛び立った。
いや、ドラゴンが住処を探している――などなど、様々な憶測が飛び交った。魔術師組合などは、大変だっただろう。魔法関係は、とりあえず魔術師組合に頼るしかないのだ。
あとは領主様か、ドラゴンの神殿に仕える魔法使いに直接頼むしかない。
幸い、ドラゴンがこの都市に降り立ったという話ではなく、人々の混乱は、魔術師組合を除いて、穏やかなものだ。
魔術師組合は、ドラゴン関係に限らず、様々なトラブルを持ち込まれるのだ、仕方ない。噂程度でも、都市伝説として形になれば、とりあえず調査することもある。
ねずみは、鮮やかなパーティー会場を見て、ため息をついた。
「ちゅぅ~、ちゅうう~」
ねずみで、よかったぁ~――
ねずみに生まれ変わったのではない、魔法使いの少年、ネズリー・チューターが魔法でねずみに意識を移したまま、戻れなくなっているだけである。
ねずみも、そのことに気付いたのだが………
戻るのは、当分先のようだ。
何より今は、名探偵の出番なのだ。
「我が友よ、怪しい気配でも?」
アーレックが、肩越しに振り向く。
小声であるため、アーレックの隣を歩くサーベル使いにも届いていないと思う。
ねずみは、手を振った。
「ちゅううう、ちゅう」
気にするな、独り言だ――
気を許しているためか、ついつい、油断していた。ここは人目につきやすい、いつもより気を使わねばならないのだ。
最もねずみが、アーレックの肩にいることには、だれも気にしていない。人々が行きかう中、まさかと言うことで、それでも気付かれていない不思議である。
すでに有名であることも、理由だった。




