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行き違いは、様々に


 心地よさそうに目を細めて、ねずみは鳴いた。


「ちゅう~」


 夏の日差しが、冷えた体を温めてくれる。

 下水から姿を現すときには、魔法で清潔になるねずみである。しかし、気分として、改めて噴水のせせらぎで水浴びをしたくなるものだ。


 そして、遊歩道のようなブロックの上で、のんびりと太陽を浴びていた。

 いつも目にする光景であっても、なぜ、こうも心を動かされる光景になるのか。季節の変化や太陽の輝きで、そして気分で、変わって見えるためだ。


 ねずみは、小さな噴水を見上げていた。


「ちゅぅ~、ちゅううう」


 ふ~、やれやれだ――


 清潔なせせらぎを横に、片足をさする。


 本日は、空の旅路の間、ずっとロープが絡まっていたのだ。走っても問題はないが、ついつい、余韻でさすってしまう。

 とても遠くへと旅立ったようで、戻ってみれば、小さな大冒険と言う時間だった。


 ねずみは、お屋敷に戻っていた。


 丸太に乗って、魔力噴射で飛ぶように小川を下ると、気付けばいつもの下水出口に到着していたのだ。


 途中で仲間たちの丸太小屋に立ち寄ったが、残念ながら留守だった。

 前回はまともに会話をする時間もなかった、おそらく筆談になっただろうと思いながら、今は、お屋敷に戻ることが大切だった。


「ちゅぅ~」


 そうだ――


 ねずみは思い出したように、白亜のテラスへと進んだ。木陰が夏にはうれしく、天気のよい日ではお茶会としゃれ込む、優雅なる空間である。

 テラスへ続くお部屋の壁に、ねずみ専用の出入り口があるのだ。


 お屋敷の皆様に、ねずみが戻っていることを知らせねばならない。お嬢様が、夕食のお誘いに訪れる時間帯を、少し過ぎている。

 夕方なのだ。


 初めてお嬢様たちと出会った場所でもあり、そして、今はねずみ専用の入り口まで作られている。

 お嬢様の怒りを買って、逃げ惑った痕跡こんせきが、壁にあいた穴だ。

 ちょうど、ねずみの通り道のサイズになったのだ。そして、ドールハウスの玄関のように、三角の屋根つき玄関が、ねずみの入り口として作られた。


 オーゼルお嬢様が、待ち構えていた。


「おそかったのね」


 仁王立ちだった。

 お人形様も、セットだった。


 ねずみは、土下座をした。


「ちゅっ、ちゅぅううううう」


 ひたすらの、土下座だった。

 後ろの宝石も、ぴかぁ~――と光って、敬意を表していた。人前では姿を隠している魔法の宝石も、オーゼル嬢様を前にしては、開き直っていた。


 なにしろ、100を超えるお仲間が、お嬢様の配下も同然なのだ。たった2度であっても、お嬢様を載せて、空を飛んだのだ。


 後光が、まぶしかった。


「お手紙は、届けてくれたの?」


 背後の宝石たちも、光っていた。

 どうやら、ねずみを迎えにいく直前だったようだ。ねずみの戻りが遅ければ、行き違いになっていたかもしれない。


 あの気のいいヌシ様であれば、ドラゴンの宝石の気配に気付き、そして、帰り道を指し示してくれただろう。 あるいは、オーゼルお嬢様を背中に載せて、町まで戻ってくるかもしれない。


 ねずみは、ヌシ様との光景を思い出す。


 届けてやろう――


 空中に浮かぶ、巨大な狼と言う姿の山のヌシは、いい人だった。

 ねずみを背中に乗せて、山脈を飛び越えて、先に山へ向かっていた風船たちも引き連れて、獣人の国へと降り立った。


 山脈を越えた、近いようで、とても遠くの国だ。


 お嬢様は、仁王立ちをしていた。


「ねずみさんっ、聞いてるの?」


 にっこり笑顔が、恐ろしい。

 どこかで見た、サーベル使いとそっくりである。将来、お嬢様の下僕が現れれば、さぞや、大変であろう。

 ねずみが、将来の練習となっているのだ。


 お姉さんぶって、お怒りを真似っ子していた。


 ねずみは、ひたすらに土下座だった。


「ちゅ、ちゅぅううううう」


 お、お許しをぉおおお


 平伏していた。

 なぜか、宝石の気配が消えていた。ねずみを裏切り、仲間たちと共にお嬢様の背後へと移動していたようだ。

 いつの間にか、すばやいことだ。


 ねずみは無心で、土下座をしていた。


 なにか忘れている気がするが、些細ささいなことだ。




 一方、そのころ――



 駄犬は、震えた。


「お、おちるワン、おちるワン」


 クマさんも、震えていた。


「く、くまぁ、くまぁああ」


 恐怖で震えて、目の前の出来事を見ないように、両手で顔を覆っていた。耳も、ぺたりと閉じて、必死に恐怖と戦っていた。


 銀色のツンツンヘアーのお姉さんは、冷静を装っていた。


「ちょ、私達も一緒の意味、あるの――」


 必死に、しがみついていた。


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんは、こ首をかしげた。


”だってぇ~、みんなで一緒って、お姉ちゃんが言ったんだもん――”


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんは《《翼》》をパタパタとさせ、夕暮れを飛んでいた。

 魔法の力で、自らを浮遊させる姿が日常だったフレーデルである。見た目は小柄な14歳と言うか、12歳の少女の姿のまま、変化していないという赤毛の女の子だった。


 人間の姿に変化して、そのままと言う雛鳥ひなどりドラゴンちゃんだったと知ったのは、最近のことであった。


 そう、ドラゴンなのだ。

 人間の姿に化けるていどに成長した、ドラゴンなのだ。


 《《ドラゴンの姿》》で、夕暮れを飛んでいた。


”風船、みつかんないねぇ~――”

 

 肉声でなく、不思議な声であった。人間とは異なると、この声を聞いただけで、並みの人間ならおびえるだろう。

 レーゲル姉さんは、《《小さな》》ドラゴンちゃんを見下ろした。

 

「宝石の気配とか、分からないの?本来の姿なんでしょ?」


 アニマル軍団は、《《小さな》》ドラゴンちゃんの背中に乗って、空へと旅立っていた。小さいと言っても、2メートルをはるかに超えるクマさんを乗せても問題のないサイズで、下水のワニさんほどでなくとも、巨大だった。


 御伽噺では、山のように巨大なドラゴンがいるという。産毛が生え残っている雛鳥ひなどりドラゴンちゃんでも、鼻先からおしっぽの先までの長さは、7メートルサイズだ。


 ベランナお姉さんであれば、何十メートルと言う姿かもしれない。親のドラゴンの巨体などは、考えたくもない。

 登場だけで、災害と言うおとぎ話は真実のようだ。そして、そのために人間の世界から遠く、森の奥に神殿を作って、交流の場所にしている。


 お付き合いが出来る人間が、最強クラスの大魔法使いに限られるのも、当然だ。ドラゴンの強すぎる力を前に、日常生活を危なげなく送るためには必須なのだ。


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんは、すでに退屈してきた。


”ねぇ~、風船、まだぁ~――”

「魔法の気配くらい、ドラゴンなんだからさぁ~」

”だってぇ~、あの山の方、すっごく大きな気配があるから、わかんないもん――”

「………え?」

「………なんて言ったワン?」

「く、くまぁああ」


 アニマル軍団が山のヌシ様と遭遇、ねずみと入れ違いだと知るのは、ほんの少し、あとのことだった。



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