ねずみと、山のヌシ
魔法使い。
魔法と言う力を扱える人々のことだ。
レベルは様々で、本を浮かび上がらせる魔力しか持たない少年もいれば、毎晩、夜空のお散歩としゃれ込んで、都市伝説を作るミイラ様もいらっしゃる。
では、魔法を扱える動物はいないだろうか。
ねずみは、悲鳴を上げていた。
「ちゅぅ、ちゅぅううううううっ」
ぬ、ヌシさまだぁああああっ――
陰が、ねずみを覆っていた。
物陰に隠れて、人々の目をかいくぐってきたねずみである。今は、森の木々の陰に隠れて、カラス軍団から身を守ってきたねずみである。
見つかったようだ。
しかも、カラス軍団とは比べ物にならない脅威である。
背後の宝石も、びかぁああ――と光って、驚きを表していた。
あるいは、恐怖かもしれない。巨大な瞳が、見下ろしていたのだ。どこにいるのかと探していた瞳が、こっちをみていた。
ぴかぁあああ――と、光って教えたためである。
巨大な、狼だった。
“――なんだ、ドラゴンの気配がすると思えば、魔法使いか?”
ねずみの頭に、声が響いた。
どこから声がするのかと、探す必要はない。ねずみは風船のロープにしがみついて、震えていた。
ねずみを見ている狼は、ただの狼ではない。 ヌシと呼ばれる存在であった。
震える声で、ねずみは鳴いた。
「ちゅっ、ちゅちゅうう、ちゅうっ?」
しゃ、しゃべった、だと?――
魔法使がいるように、魔法の力を持つ動物もいる。
人間と異なり、よほど魔法の力が強くない限りは、目に見える形で魔法を使うことは出来ない。
しかし、他の動物と比べて大きかったり、長生きであったりと、大きく違いが分かるようになる。
そして、長く生きるほどに知性が芽生え、力が増すと言われる。山の主や、川の主と呼ばれる存在は、それなのだ。
ねずみは、見上げた。
「ちゅぅ~………」
これか~――
巨大な影を、見上げていた。
空を騒がせていたカラスの群れは、気付けば姿を消していた。思えば、そこで気付くべきであったのだ。
カラスが恐れる”何か”が、現れたのだと。
“――ドラゴンの使いか?”
振動が、木々をざわめかす。
宝石が、反応したかのように、激しく光った。いや、光るというよりは、振動の呼応である。震えるように、不安定な輝きだ。
ねずみは、あわてた。
「ちゅちゅちゅ、ちゅううう、ちゅうっ」
風船のロープを、しっかりと両手で握って、振り返る。
相棒の宝石の混乱を見て、混乱する。
ねずみの心を映す鏡のように、パニックであればピカピカと輝き、調子に乗っていれば、神々しく輝くのだ。
様子が、おかしかった。
今は、ねずみの影響ではなく、上空のヌシの影響に見える。
それほど、巨大な魔力の持ち主だ。何百年も生きているのだろう。巨大な狼は、空に陰を作るほどに巨大である。
まるで、下水のワニのように巨大であった。
下水と言う名前の地下迷宮で、まちがいなくヌシというか、ボスという存在だった巨大なワニさんは、手漕ぎボートが小さく見える巨大さだった。
10メートルはあっただろう、尻尾の一振りで、木々はへし折れるはずだ。
上空の狼は、そんなワニさんと同じほど、巨大なキバの持ち主である。頭から尻尾までの長さは、少なくとも、5メートルは超えているはずだ。
四本の足からは、モキモクと湧き上がる雲のように魔力を生み出し、空中にたたずんでいた。
“――なんだ、ちがうのか? 最近、若いドラゴンが通り過ぎたと思ったが――”
ねずみは、ドキリとした。
心当たりは、丸太小屋だった。
5歳児ほどに縮んだフレーデルちゃんと、そして、フレーデルそっくりの赤毛のロングヘアーのお姉さんがいた。
スタイルのいいお姉さんで、ラフな格好で………ドラゴンの翼と尻尾を生やして、空中でたたずんでおいでだった。
ワニさんに追いかけられ、森まで逃げたときのことだ。ワニさんが何かにおびえたような、ありえない事態に遭遇したのだ。
それとも、単に興味を引かれただけか、しかし、ワニさんは見上げていた。
お姉さんが、空中にたたずんでいた。
ヌシ様の言うドラゴンとは、お姉さんのことだ。
ねずみは、鳴いた。
“ちゅちゅっ、ちゅう、ちゅううう、ちゅちゅ、ちゅうううぅ”
お、おお、お待ちを、私はただのねずみです、無害なねずみなんです――
必死にロープにしがみついて、ねずみは見上げた。
涙目だった。
宝石も、涙目に違いない、ねずみの背後では情けなく、ぽつ、ぽつ――と、情けない輝きで、点滅していた。
ねずみの命のともし火を表すような、とても頼りない明りだった。
先ほどの混乱は、収まったようだ。
ヌシの警戒も、消えたようだ。
“――ねずみか………しかし、妙なねずみだな?”
巨大な狼は、ゆっくりと空中を歩く。
雲の上を歩いているように、足の裏から魔力があふれ出ている。その圧力だけで、無力なねずみは吹き飛ばされそうだ。
あくまで錯覚である。風に流されるはずの風船は、ゆらゆらと、たたずんだままだ。ねずみが、魔法の力を感知できるための錯覚である。
巨大な狼は、ねずみと向かい合っていた。
“――ほぉ、見間違いではなく、ドラゴンの輝きだったが………宝石か、なら、魔法使いと思ったが………ねずみだと?”
興味深そうに、巨大な瞳が細められた。
地下迷宮のボスというワニさんとも、ここまで接近したことは………野外劇場の大乱闘くらいだ。
ねずみは、ぼんやりと巨大な瞳を見つめていた。
ねずみがロープにしがみつく姿が、しっかりと映っている。声を一つ上げようものなら、かみつかれて終わりだ。
あるいは、魔法の力で消し飛ばされるのか――
「ちゅぅうう~、ちゅううう」
お嬢様、お別れです――
悟った瞳で、鳴いた。
いつもお人形を胸に抱いて、ねずみがお世話になっている騎士様のお屋敷では、一番ねずみと仲良くしてくれているお嬢様だ。
お怒りになると、お人形から斧に持ち替えて振り回すほど、とても元気の良いお嬢様である。
出会いは色々とあったが、ねずみさん、ねずみさん――と、仁王立ちで呼んでくださるのだ。そのしぐさは、サーベル使いのお姉さまそっくりだ
走馬灯が、ねずみの頭を駆け巡っていた。
しかし――
“――手紙か?………ドラゴンめ、今度はなにを思いついた?”
巨大な瞳は、手紙を見つけたらしい。
ねずみも、足元を見る。オーゼルお嬢様からのお手紙である。学校行事であり、風が吹く方向、獣人の国への、お手紙だ。
子供同士の交流と言うことで、国家事業と言うには大げさでも、長く続く伝統らしい。季節が変われば、お返事が風船で届いてくる。
親切な人物に見つかれば、学校に届けられて、子供達は大騒ぎとなるのだ。
多くの手紙は、途中で脱落する。
風船にくくりつけられた手紙の中で、無事に届くものは何通だろう。風にあおられ、あるいは嵐に、時にカラス軍団に襲われて――
ヌシさまは、興味深そうに見つめていた。
“――キサマも、ただのねずみではないな。ドラゴンの使いか?”
巨大な瞳は、改めてねずみを見ていた。
そして――




