アニマル軍団の、遠征
太陽が、憎らしい。
そんな感想を抱いて、青空を見上げる季節になっていた。銀色のツンツンヘアーのお姉さんは、川に足を突っ込んだまま、つぶやいた。
「夏ね――」
微笑んでいた。
現実から目をそむけるための、ささやかな抵抗である。
これが、年下の恋人くんと二人きりであれば、まさに青春のひと時である。いつか、自分の背を追い抜く日がくるのだろう。そんな、すこし寂しい気持ちで見守りながら、まだお姉さんぶっていられると、時の移り行く様を――
水しぶきが、ジャマをした。
「レーゲル姉ぇ、気持ちいいね?」
おしっぽが、元気に遊んでいた。
まだ、産毛の生え残っているドラゴンのおしっぽである。子供が、ごっこ遊びで腰に舞いつける、獣人の真似事とは異なる。
ホンモノの、フレーデルちゃんの尻尾であった。
ドラゴンの、証であった。
「ほらほら、暴れないの」
タワシを片手に、お姉さんは命じた。
真っ赤な赤毛のロングヘアーの幼女様は、お世話が大変な、元気盛りの女の子である。小柄な14歳だと思っていた妹分の、正体だ。
世話好きなお姉さんは、甘やかしてはいけないと心に決めながら、世話のかかる子供のお世話に、日々を生きている。
忘れたい現実を思い、遠くを見つめた。
「宝石の群れ、どこへ行ったんだろうね」
「ねずみさん、どっかへ飛んでいっちゃったね?」
先日の、ワニさんのお見送りは、遠い過去のようだ。
魔法の宝石は、どこへ行ったのだろうか。その手がかりが、何と、自分達の仲間の一人、ネズリーなのだ。
手書きで、メモがあった。
ねずみ生活、始めました――
発見したのは、レーゲルお姉さんである。
唯一、町の人々に混じって生活できるためだ。 眠ったままのネズリーの様子を観察するのも役割で、気付けば、不思議な事件になっていた。
魔力が日々、弱りつつあるはずのネズリーの魔力が、上がっていたのだ。
そして、手紙である。
「まぁ、すぐに会えると思うけど………」
「ワニさん、戻ってくるの?」
雛鳥ドラゴンちゃんは、瞳をきらきらとさせていた。
あれほど追い回されて、フレーデルは本当に、ワニさんが大好きなようだ。怖がっているのは本気らしいが、楽しんでいる不思議だ。
よく吠える犬を怖がりながら、ちょっかいをかける悪ガキなのだ。
タワシを手にして、レーゲル姉さんはうなだれた。
「はぁ、イードレ君に会いたい」
毎日のデートは贅沢でも、一週間に一度くらいは、公園でささやかな時間を過ごすことは出来るはずなのだ。
決して、過ぎた贅沢だとは思わない。毎日のデートと言う学生カップルが、憎らしく思える今日この頃であった。
前に二人きりでデートをしたのは、いったい、いつだったのかと、遠い目だ。最近は、丸太小屋で、メンバーにそろって会話をしたくらいだ。
カップルの、危機であった。
「ネズリーめ、覚えてなさい………」
恨みを込めて、名前を呼んだ。
結構、本気の低い声だ。
八つ当たりの自覚はあっても、最初のきっかけを作ったのは、間違いなくネズリーである。調子に乗って、同じ実験をした自分達も、もちろん悪い。
それでも、ねずみ生活を謳歌していると思うと、やはり、腹立たしいのだ。
分からない雛鳥ドラゴンちゃんが、きょとんと見上げていた。
「ねずみさん?」
尻尾のお手入れのため、レーゲルお姉さんのおひざの上である。
さすがに5歳児ほどの小さな体では、お姉さんのひざの上に座ったほうが、お手入れは楽である。
すぐに草原を転げまわり、草まみれになるに違いない。
しかし、清潔には心がけたい。
「くまぁ、くま、くまぁ~」
クマさんが、現れた。
タオルを片手に、執事さんが控えるように、礼儀正しく現れた。そして、ゆっくりとお辞儀をして、なにかを伝えに来たようだ。
「くまぁ、くま、くまくま、くまぁ~」
丁寧な言葉遣いである。
長年のつきあいだ、それだけは、レーゲル姉さんにも、雛鳥ドラゴンちゃんにも通じていた。
ただし、それだけだった。
「オットル、執事さん、気に入ったの?」
レーゲルお姉さんは、タワシを置くと、川の水で産毛の残る小さなお尻尾をすすいだ。ドラゴンのうろこは、鎧よりも頑丈だという。
なのに、柔らかだ。川魚に触れている気分は、不思議である。
産毛のある、雛鳥ちゃんだからと、ふと思った。
「ワンワン、大変なんだワン、遊んでる暇はないワン」
駄犬が、かけてきた。
クマさんが現れたのは、駄犬の知らせを伝えるためらしい。町で情報を集めることが出来るメンバーは、限られている。
噂集めの、専門である。
レーゲルお姉さんは、魔術師組合への顔出しや、眠ったままのネズリーの様子を見るなどで、忙しい。そのうえ、暮らしのためのお買い物も必要だ。
死に神です――という執事さんがお買い物を手伝ってくれるが、基本的に、ドラゴン姉さんのベランナさんの専属だ。
駄犬が、あわてていた。
「ネズリーが、旅立ったワン!」
川岸に、静かな風が吹いた。
夏といっても、水遊びの後は、体が冷えてしまう。風に吹かれて、ぞくっと身を振るわせたのなら、注意が必要だ。
ゆっくりと時間が流れて………
「く………くくくく、くま、くまぁあああ?」
「ちょ、ちょっと、旅立ったって、あの、ヤバイ意味じゃないよね?」
「ヤバイんだワン、風船と一緒に、空の旅に出かけたらしいワン」
「へぇ~、ネズリーって、空、飛べたんだぁ~」
温度差はありながら、丸太小屋メンバーは、大騒ぎだ。
駄犬ホーネックは、ワンワンと草原を駆け回って、パニックだ。レーゲルお姉さんは、最悪の事態ではないかと、冷や汗だった。
こうして、旅立ちが決定した。




