ねずみと、風船と、森のお散歩
夏の日差しは、とてもまぶしい。
だからこそ、夏の外出には、木漏れ日を自然と追いかけてしまうのかもしれない。森に別荘を構えるのも、悪くない。
ねずみは、鳴いた。
「ちゅうう、ちゅううう………」
木漏れ日が、まぶしいぜ――
大木の一つに身を寄せて、上空を睨んでいた。後ろでは、宝石がニコニコと笑うように輝いていた。
リラックスタイムにふさわしい、ぼんやりと、あくびをするような輝きだ。
ねずみは、うっすらと目を細めた。
カァアアア、カァアアア、カァアアア
カッ、カァ、カァ、カァアア
カアア、カァ、カァ、カアアアア
黒い雲が、旋回していた。
「ちゅううう、ちゅううう~」
ヤツラ、まだいやがる――
頭を、抱えた。
カラス軍団との戦いは、ねずみの敗北に終わった。
ねずみは、魔法を使える。しかしながら、数が多すぎる上に、派手な魔法は自らの首を絞めるため、使えないのだ。
命綱である、文字通りに命は真上の風船とつながっている。風船が割れても終わりであり、紐が切れてしまっても、終わりである。
防戦一方であり、そして――
「ちゅううう、ちゅううううう」
生き残れば、勝ちなのさ――
手を腰に当てて、ポーズを取っていた。
片足は、風船のひもに絡まったままだ。人間で例えれば、熱気球のロープが足に絡まって、上空へ旅立ったようなものだ。
ねずみは、熱気球――ではない、風船を見上げた。
「ちゅうう、ちゅうううぅ~」
ところで、やせたなぁ~――
丸々としていた風船は、情けなくやせ細っていた。
オーゼルお嬢様によって描かれたねずみさんの似顔絵も、やせ細っていた。情けなく、お疲れに、疲れておいでだ。
あと少しで、地上へ落下してしまう。ねずみの魔法がなければ、すでに落下していたかもしれない。
しかし………
「ちゅううう、ちゅうう、ちゅうっ!」
がんばってくれ、あと一息だっ!――
疲れた仲間を、元気付けるようなセリフだ。ねずみは、役割を背負った冒険者の気分であった。
足に絡まったロープの先が、背負った役割だ。
お手紙が、くくりつけられている。
子供のつたない文字であるが、仲良くしましょうと言う、学園行事にお約束の言葉が記されている。
隣国の、獣人の国へと向けた手紙である。他の領地からも、おそらくは似たような行事が行われているだろう。季節が変われば、お返事の風船が飛んでくるのだ。
だれへと向けたお手紙か、だれへ向けたお返事なのか。
それは、風船のイラストが答えとなる。必ずとどく保証はない、だれの風船が届くのかと言う、運試しなのか、お楽しみなのか………
しかし、ねずみは思った。
「ちゅううう、ちゅううう、ちゅう」
お嬢様、必ずや、この私めが――
胸に手を置いて、にっこりとお人形さんを抱くお嬢様の顔を思い浮かべた。ご機嫌がよろしいときの、お顔である。
ご機嫌を損ねれば、胸に抱くアイテムが、変わるのだ。
お人形さんから、斧へと変わるのだ。
ねずみは、背中の相棒を見つめた。
「ちゅちゅ、ちゅううちゅう、ちゅう」
それじゃぁ、力を貸してくれ
ほのかな明りが、すこし、強く感じた。夏も本番が近づいている、しかし、森の木陰は寒いくらいだ。
魔力の高まりが、体を温めてくれた。
「ちゅうう、ちゅううううっ」
よし、出発だ――
やせ細っていた風船は、すこし肉付きが戻ってきた。あまりふっくらしては浮かび上がって、再びカラス軍団の餌食である。
ねずみは、そっと、そっと魔力を高め、風船を膨らませる。
ゆらゆらと、森の中を浮遊する。
誰かが見ていれば、森をさまよう人魂に見えるかもしれない。下水の幽霊の次に、新たな都市伝説が生まれるかもしれない。
少し考えたねずみだが、国境ともなっている山脈を挟んだ、ここは深い森の奥である。めったに人が訪れることがないため、問題はないだろう。
カラスたちに見つからないように、木々の陰に隠れるように、流れる川を目印に進む。
上空から、見えていた。あの山々へ続いていく。風に乗って、山を越えるよりは、かなり遅い歩みである。
しかし、人間が森をさまようよりは、上空を浮遊するねずみは早く動ける。
赤い輝きの、オマケつきだ。
それでも、上空から目にできないため、問題ないと思っていたのだが………
影が、上空にあった。
「………ちゅう?」
ねずみは、立ち止まる。
宝石は、ドキッと、大きく輝く。
ねずみの陰が、足元の小川にくっきりと移るほど、強く輝いた。間違いなく、上空にも、とどいただろう。
カラスなどではない、巨大な影であった。
ねずみは、恐る恐ると見上げると、悲鳴を上げた。
「ちゅ、ちゅうううううううっ」
も、モンスターだ――
宝石も、ビカビカと光っていた。




