ねずみと、風船の旅立ち
ねずみは、焦った
天井から姿を現すハメになった、それは仕方ない。お嬢様のお呼びだ、ねずみは従わねばならない。
それに、お嬢様はねずみを救おうとしてくれたのだ。余計な心配だ――そう鳴いて、突っぱねるのは義理が悪い。
ご好意を無碍にすることなど、ねずみには出来なかった。
ただ、足に絡まった紐が、問題だった。
「ちゅぅ~………」
お嬢様を見上げるように、鳴いた。
静かにするように言われたが、足が大変だと、伝えたかったのだ。しかし、お嬢様には静かにと、しぐさで命じられた。
相棒の宝石も、お嬢様の言うことはよく聞き、静かにしていた。透明になって、浮遊しているだけだ。
ねずみの不安をうけて、ぴかぴかと、ドキドキ――と、光らないだけ、ありがたい。
公園に、到着した。
そして――
「それじゃぁ、風船を飛ばしましょうか」
ピンチだった。
お子様達は、元気一杯にお返事をした。もちろん、オーゼルお嬢様も、元気一杯にお返事をしている。
ねずみは、焦る。しかし、大声で鳴くわけにも行かない。授業が終了してしまい、大騒ぎは確実だ。
では、どうすればいいのか。
足には、風船の紐がくくりつけられたままだ。小さなねずみなのだ。オーゼルお嬢様の手に隠ることが出来るほど、小さなねずみさんなのだ。
風船が飛べば、どうなるだろうか。
ねずみには、見えていた。
皆様とご一緒に、元気一杯に空の旅路へと、出発する光景が見えていた。お手紙をくくりつけて飛ぶ風船なのだ、今更、ねずみが一匹程度、問題にもなるまい。
しばらく先の、ねずみの運命であった。
先生は、元気に宣言した。
「さぁ、みんな~、いきますよぉ~」
「「「「「はぁ~い」」」」」
先生の言葉をよくきく、よい子達のようだ。
特に、お返事は元気で、楽しい行事、普段出来ないことをする行事は、楽しくて仕方がないようだ。
夏の日差しが、しばし、さえぎられた。
風船の群れが、公園を覆いつくした。
様々な色の風船の群れは、それでもわずかながら太陽の輝きをさえぎっている。描かれている模様も様々に、夏に咲き誇る派手な花々に負けない派手さであった。
ねずみ一匹が混じっていようと、気にならない大騒ぎだ。
「「「「「げんきでねぇ~っ!」」」」」
風船の群れをめがけ、お子様達は精一杯の声を張り上げていた。公園の皆様にはご迷惑かもしれないが、子供達の元気に免じて、許していただきたい。
見知らぬ土地へむけて、自分達の風船が、旅立つのだ。
自由に空を飛ぶ鳥のように、見知らぬ国へと、子供達のお手紙を届けるお役目がある。誰が読むのか分からない、読まれない可能性も高い、どこへたどり着くのか、分かったものではない。
ある程度予想がつく、それは授業で先生が語っていた。
ねずみは、地平線を見つめていた。
「ちゅうぅぅ~………」
獣人の国かぁ~――
すでに、公園の木々の上空だ。子供達の姿が小さくなり、その中に、元気一杯に両手を振るお子様がいた。
オーゼルお嬢様であった。
「ねずみさぁ~んっ」
よく、ねずみが分かったものだ。
あるいは、見えていないのかもしれないが、ねずみの不在には、お気づきのようだ。自分の手から、ねずみが隠れている気配が消えたのだ。風船と共に、空へと舞い上がったのだと思っても、不思議はない。
元気一杯に、叫んでいた。
「いってらっしゃぁ~い」
あわてている様子はない、両手を一杯に振り上げて、お見送りだ。
魔法のねずみだと、すでにご存知なのだ。イタズラ心で、風船と共に、空のお散歩としゃれ込んだと思っているのかもしれない。お嬢様もまた、空のお散歩を楽しんだ魔法少女なのだ。
ついでに、宝石のカーペットとご一緒をしたねずみである。まさか、大変な事態だとは思っていないのだろう。
気分に乗せられ、ねずみは手を振った。
「ちゅぅううう~」
おげんきでぇ~――
徐々に小さくなる人々へ向けて、別れの挨拶を交わしていた。
みんなが手を振る中、足が絡まって抜け出せないとは言い出せなかった。
この日、ねずみは鳥になった。
見上げるお嬢様は、別れを悲しんでいるのだろうか――ねずみは、少し感傷に浸っていたが、すでに旅立ったのだ。
まっすぐと、地平を見つめていた。
そのころ、地上では――
「あぁ~あ、ねずみさん、行っちゃったぁ~」
少し残念そうな声で、オーゼルお嬢様はつぶやいた。
すぐ隣にいた子犬ちゃん――ではなく、オレンジのツインテールちゃんが、気付いた。
なになに――と、好奇心を抑えられないままに、詰め寄った。
「ねずみさん?ねずみさん?」
「あら、どうしましたの、魔法少女のオーゼルさん」
ついでに、ポニーテールのヘイデリッヒちゃんも絡んできた。
前回は、魔法少女など知らない、夢でも見たのかと言われて、バカにされたのだ。オーゼルお嬢様にそのつもりはなくとも、ヘイデリッヒちゃんからすれば、悔しかったのだ。
ごまかされた、自慢するチャンスを奪われた気分なのだ。
さて、このお怒りをどのようにぶつけようかと言う、優位に立ったお嬢様の笑みを浮かべていた。
ツインテールちゃんが、ぶち壊す。
「あぁ~、もう、ばらしちゃったもんね。秘密にしなきゃいけないんだっけ?」
「うん、ねずみさんとのお約束なの、秘密なの」
「………ねずみさん?」
微妙に、会話はつながっていなかった。
しかし、お子様達の会話とは、そのようなものである。気分と感情と面白さが優先であり、そして学校行事であるために――
先生が、声をかけた。
「みなさぁ~ん、そろそろ帰りますよぉ~」
「「「「「はぁ~い」」」」」
色々を置いて、皆さん、元気にお返事をした。
上空では、小さな鳴き声がこだましていた。
ちゅぅ~――と




