表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/205

ねずみと、お嬢様と、風船 1


 教室の天井てんじょうを見つめて、オーゼルお嬢様は、ポツリとつぶやいた。


「………ねずみさん、心配してきてくれたの?」


 学校の教室は、大騒ぎだ。

 クラスメイトが魔法少女デビューをしたと、夏の暑さを忘れる騒ぎで、話題の中心のオーゼルお嬢様は、らしくなく戸惑っていた。

 一人、落ち着いた状態だからこそ、気付いたのかもしれない。天井てんじょうの輝きに、宝石の色に覚えがあったことも理由だ。


 ねずみさんが、いるのか――と、つぶやいてしまったのだ。


 この騒ぎである、オーゼルお嬢様の小さな声は、誰の耳にも届かないはずだ。みんなは、わいわい騒いでいる状況である。

 しかし、遠慮なく顔を引っ付けてくるのが、お子様だ。


 ツインテールちゃんが、気付いた。


 好奇心が旺盛おうせいな子犬のような女の子である、パタパタと落ち着きのないお子様だ。まるで、犬の耳や尻尾があるのではないか、そんな印象のお子様だったが、耳は本当によいようだ。


「ねずみさん?」


 つぶやきを、聞かれていた。

 隣にいた、ヘイデリッヒちゃんと言うポニーテールちゃんの耳にも、届いてしまった。


「ねぇ、ねずみさんって?」

「え、ねずみ?」

「どこ、どこ、ねずみさん?」

「あれ、あれじゃない?」

「え、みえないよぉ~」


 お子様達が、ヒートアップだ。どこだろうかと、ねずみさんを探せと、あちこちを見つめるお子様たち。


 ねずみは、大慌てだ。


「ちゅ、ちゅぅうう、ちゅうううううぅ~」


 なっ、なんてこったぁああああっ――と、頭を抱えて、のけぞった。

 宝石もびかぁ~――と、力強く光って、感情の高ぶりを表していた。


 これで、目立たないわけがない。

 教室のお子様達は、はっきりと、なにかがいると目撃してしまった。ささやかな隙間であっても、宝石の輝きが、ちらりと、光ったのだ。

 見逃すわけはない、好奇心が旺盛おうせいなお子様は、教室の中にどれほどいるだろうか。

 今は、クラスメイトの、ほぼ全員だ。


「ねぇ、天井てんじょうになんかいる、なんかいる」

「ねぇ、ねぇ、ねずみさんって、ねずみさんって?」

「「「ねぇ~、ねぇ~」」」


 もう、止まらない。


 このまま、ねずみはお子様達の前に引きずりだされてしまうのか。大人たちが気遣って放置してくれたが、ねずみ生活は、終わってしまうのか。


 この騒ぎは、果たして――


 がらがらがら――と、教室の扉を開けて、騒ぎの終了の合図が現れた。


「はぁ~い、みなさん、授業の時間ですよぉ~」


 先生の、登場だ。


 ねずみは、助かったと思っていた。しかし、お子様達の目線は、とりあえず席に戻りつつも、天井てんじょうに集中だ。

 先生は、なにか見つけたと思うだろうが、子供の興味はいくらでも変化する。それこそ、ねずみがいたというだけで、大騒ぎだ。


 新たな興味を、箱に一杯に持ってきていた。

 すでに、何割かのお子様の興味は、箱に向かっていた。


「それでは、今日の授業はお手紙です。みんなぁ~、遠くのお友達へのメッセージ、ちゃんと決めてきましたかぁ~?」


 何かを、机に置いた。

 そして、取り出すしぐさから、子供達に配るもののようだ。ねずみのいる天井てんじょうからは、残念ながら見えなかった。


 いや、順に配られてきて、正体が分かった。


 風船だった。


「これから、この風船を膨らませて、遠くのお友達にお手紙を届けましょう」


 学校の行事のようだ。


 手紙をくくりつけて、偶然、発見されることを楽しみにする。風の流れを把握しやすい季節につき物だ。

 相手からの返礼は、風が変わる季節である。


「お手紙をくくりつけた風船は、みんな一緒に飛ばしますからね。かってに飛ばしちゃ、だめですよぉ~」


 先生の言葉に、お子様達は元気にお返事をする。


 ほほえましい光景だと、ねずみは、目を細めて見つめていた。ほほえましく、懐かしく、とても遠い記憶に思えた。

 少し気が早いのではないか、ねずみとなる前は、まだ少年と言う年齢であった。それでも、目の前のお子様達のように無邪気だったのは、ずいぶんと昔のことなのだ。


 そして、チャンスだった。


「ちゅちゅう、ちゅう」


 後ろの宝石に向けて、ねずみは鳴いた。

 子供達の注目は今、風船にある。ここは天井てんじょう裏なのだ、壁をはがすような事故が起こらない限り、見つかるはずがない。

 宝石の光が漏れていても、わざわざ探すことはないはずだ。


 今の間に、逃げ出そうと………


「あっ――」


 誰かが、声を上げた。


 そして、謎の球体が、自由を得た。

 楽しみを込めて、すでに風船は膨らませていたのだろう。そして、風船のひもを片手にお手紙を書いていたところ、逃げられたのだ。


 子供の手である、しっかりと握っていても、他に注意が向けば、手放しても仕方ない。そして、天井てんじょうに向けて、一直線だ。


 面白そうだと、仲間達があとに続くのは、当然だ。次々に膨らんでは、天井てんじょうへの冒険に旅立つのだ。

 止めるようにとの教師の声が、届くはずもない。


 子供なのだ。


 普段の光景から大きく変わり、天井てんじょうでは、風船の群れが騒いでいる。それはそれは、面白い光景だろう。先生のお怒りが待っているなどと、思いもしない。


 お外に出てから手を離すより、マシだろうか。


 今の間に―――と、ねずみがふと、下を見たときだった。

 こちらを見て、オーゼルお嬢様が微笑んでいた。どこかで見る、お姉さまそっくりの、なにかを企んでいる笑みであった。


「ちゅちゅちゅ、ちゅぅ~っ!」


 いやな予感しか、しなかった。


 そういえば、最初に手を離したのは誰だろう。わざとらしく、声を上げて風船を飛ばしてしまった、そのお声は、誰のものだったのだろう。


 オーゼルお嬢様は、微笑んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ