ダンジョンメンバー、集結?
臭気漂うせせらぎが、ちょっとまぶしい。下水のせせらぎに、夏の太陽の光がたっぷりと届いて、ねずみは、思わず目を細めた。
「ちゅぅうぅ~………」
いよいよか――
出口が近いと、教えている。
新鮮な空気が、下水の移動で麻痺した鼻を、優しくなでる。ねずみは、照れくさそうにそっとなでて、改めて、駆け出す。
風に乗って、懐かしい話し声が聞こえてきた。
「――ねぇ~、ワニさん、まだぁ~」
「――ワニさんじゃないでしょ、フレーデル。ねずみとの待ち合わせよ」
「――違うワン、レーゲル、ネズリーとの待ち合わせだワン」
「――くま、くまぁ~」
相変わらずの仲間たちの声に、笑みがこぼれる。
久しぶりと言う時間を感じさせない、いつも――という時間を思い出させてくれる。例え姿が変わっても、時間がたっていたとしても、仲間なのだ。
ねずみは立ち止まると、後ろを振り向く。
「ちゅぅ~、ちゅう………」
もうすぐ、なのか――
巨大なる地下迷宮というレンガのアーチが、どこまでも続いている。ねずみがいつも戻るのは、騎士様のお屋敷である。
戻れば、ねずみ生活と言う、いつもの日々が待っている。
そして進めば、ネズリーという、魔法使いの見習いの日々が待っている。
迫り来る再会を前に、ねずみは未練がましく、迷っていた。
仲間たちと再会することは、すでに決定している。そして今後を話し合い、宝石たちの今後を、自分達の今後が決定されるのだ。
「ちゅぅ~――」
まぶしいな――
ねずみは、思わず目を手のひらで覆ってしまう。
人間らしいしぐさだと、目の前にいれば気付くだろう。遠くからであっても、はっきりと出口の明りが届く距離である。
森へ続く草原が、広がっていた。
「ちゅぅううう、ちゅううっ?」
悪い、遅れたか?――
迷いを振り切るように、大きな声を上げた。
いつもの待ち合わせ、いつのも日々の気分で、大きな声を上げた。
懐かしい、アニマル軍団がそろっていた。
強い夏の日差しのため、逆光が厳しい。
駄犬に、クマに、尻尾を生やした女の子と、そして、銀色のツンツンヘアーのお姉さんの4人組だ。
尻尾が謎だったが、その謎も、間もなく分かることだろう。ねずみは今更の疑問に、しばし意識を奪われ―――
ねずみは、首をかしげた。
「ちゅちゅうぅ~………ちゅう?」
フレーデル………だよな?――
ドラゴンの尻尾を生やした女の子など、何人もいるはずがない。しかし、ねずみの知る姿とは、ちょっとばかり違っていたのだ。
いくらなんでも、違っていたのだ。
「ちゅぅうぅ~………」
ちぢんだなぁ~――
フレーデルは、小柄な14歳といった女の子だ。メンバーで最年少という地位は、みんなの妹分として、かわいがられた。
主に、レーゲルお姉さんがお世話をしていた。12歳といわれても納得というお子様だったが、目の前のフレーデルは、縮んでいた。
5歳児ほどに、縮んでいた。
「あっ、ねずみさんだぁ~」
こちらを見つけて、手を振っていた。
元気な尻尾もパタパタと、落ち着きのない子犬のようだ。そして、しぐさと口ぶりで、やはりフレーデルであると、ねずみは確信した。
ドラゴンの尻尾が生えていた時点で驚いたものだが、あちらにも、色々あったらしい。
執事さんに、メイドさんもいた。
「ちゅぅうう?」
メイドさん?――
メイドさんには覚えがある、ねずみが仲間たちへメッセージを記した。その内容に不備があると、仲間にしか分からない場所を指定すべきだと、指摘してくれたメイドさんだ。
いつの間にか、合流していたようだ。
「あぁ~、やっぱりあのときのねずみ君だぁ~………はははは、ボクだよぉ~、メイドさんだよぉ~」
「はははは、まさか、あの輝きはあの夜の………はははっ」
どちらも、お疲れのようだ。
「………ちゅう、ちゅぅうう」
………まぁ、いいか――
少し不思議だったが、仲間たちとの再会は、目の前だ。まだ少し距離がある、鉄格子で隔てられた草原にむけ、さらに進んだ。
仲間たちも、近づいてきた。
フレーデルは、クマさんにまたがったお子様だ。むしろ、子供向けの絵本に登場する、冒険の仲間達といった姿だ。
何の冗談か、クマさんは魔法のローブを肩にかけ、首には蝶ネクタイまでしている。どこかの執事さんを真似したのか、サーカスで人気が出そうなのが、ちょっと悔しい。
鉄格子を挟んで、手を伸ばせば触れ合える距離になった。
「ね、ネズリー………よね。ねずみ生活始めました――って、メッセージあったし」
「こんにちは、ねずみさんっ」
「くまぁ、くま、くまぁ~」
「なんというか、久しぶりだ――ワン」
懐かしむ瞳だった。
まだ信じられないと言った雰囲気のレーゲル姉さんは、常識的だ。無邪気なフレーデルちゃんは、考えないことにしたい。
ねずみが懐かしく感じたのは、男たちの瞳だ。クマさんや駄犬になっていても、男同士の同情の瞳は、変わらない。
ねずみは、浮かび上がることで返事をした。
「ちゅぅううううっ、ちゅううううっ」
ひさしいな、わが仲間たちよっ―――
何かを、気取っていた。
再会によって、感情が高ぶりすぎたようだ。
ねずみを見下ろしていたアニマル軍団は、ねずみと向かい合う姿勢になっていた。ねずみが、人間の目線ほどに、浮かび上がったためである。
このような芸当が出来るねずみが、他にいるものか。
明らかに、魔法の力を扱っていると、仲間達に知らせるためである。調子に乗って、俳優を気取ったのは事故である。
頭上の宝石は、気取ったまま、神々しく輝いていた。
「その輝き、本当にドラゴンの宝石と一緒にいたんだ」
「ねぇ、前はいっぱいいたよね、まだいるの?」
「く、くまぁ、くまぁ~」
「フレーデル、暴れちゃ危ないワン」
4足歩行モードのクマさんの背中の上で、お子様がはしゃいでいた。さすがに危ないと、クマさんは肩越しに注意をして、駄犬もついでに注意をしていた。
そのやり取りが懐かしく、やはり、来てよかったと思った。
ねずみ生活、はじめました――
かつて、ねずみはこの一文だけを伝えた。
仲間たちに届いたのかは不明だったが、再会してみると、このメンバーでもう一度やり直すのも悪くないと思えてきた。
久々の全員集合に、仲間たちは目を見開いて――
「………ちゅうう?」
どうした?――
ねずみは、おかしいと感じた。
仲間たちが、驚いた顔をしていた。ねずみが浮かび上がった、それは予想外で驚くだろうが、タイミングがおかしい。
ねずみの後ろに、なにかが迫っているようではないか。
フレーデルちゃんは、うれしそうに手を降っていた。
「やっほぉ~、ワ~ニさんっ」
ねずみの背後へ向けて、元気一杯に、手を振っていた。
ねずみは、振り向くことが出来なかった。




