丸太小屋メンバーと、メッセージの返事
赤毛のロングヘアーのお姉さんが、のんびりと空を見上げていた。
「いよいよ、今日だねぇ~」
18歳あたりの、ラフな格好のお姉さんだ。
スタイルがよく、それゆえに、ラフな格好をしているのか、己のスタイルのよさを自覚していないのか、それは分からない。
不埒者を恐れる必要がないための、気軽さであった。
正体は、ドラゴンなのだから。
人里から離れた秘境とも言える場所で、神殿を交流の地として、静かに過ごすのが普通である。
このドラゴン姉さんは、丸太小屋のお住まいであった。
丸太小屋メンバーは、お出かけ準備をして、作戦会議だ。
ネズリーのメッセージへ、返事を書いた。本物の可能性が高いと言っても、不安はある。
しかし、ホンモノだった場合の覚悟は、より大きかった。
銀色のツンツンヘアーのお姉さんは、しみじみと思った。
「ドラゴンの宝石………まさか、ずっとあのねずみ――ネズリーと一緒だったなんてね」
「下水道の幽霊の噂………その正体は、赤い宝石だったんだワン」
「くまぁ、くまぁ~」
「ねぇ~、ワニさん、まだぁ~」
小さなフレーデルちゃんだけは、遠足気分だ。
レーゲルお姉さんは、お姉さんぶった。
「フレーデルは、おとなしくしてなさい。今は人間の子供と変わらないんだから」
「えぇ~………」
「えぇ~――じゃ、ないの」
かつてのフレーデルは、並みの魔法使いを大きく上回る魔法の力を備えていた。それが、ドラゴンの尻尾が生えた時点で、数倍に膨れ上がったのだ。
その威力を目にしたのは、下水での騒動だった。
「もう、あの時のようなことは出来ないんだから」
「くまぁ~」
「そうだワン、もう扉を壊せないんだワン」
ワニさんとの追いかけっこが、脳裏をよぎる。さすがに体力の限界で、地上に出ようとしたところ、鉄門扉であったのだ。
出口は廃れた野外劇場の扉は、炎で吹っ飛んだのだ。
半ばパニックと言うか、本気の追いかけっこで、興奮した状態だったのか………
廃れた野外劇場だったことが、幸いだった。
フレーデルも、驚きの威力だったらしい。手加減をしても、大爆発と言うドラゴンの力である。冷静に制御してさえ、あふれる力である。
それが、ワクワクした子犬のような状態であれば、大爆発だ。
本気でドラゴンが遊べば、災害だ。
レーゲルお姉さんは念のため、保護者のドラゴンさんに確認をする。
「ねぇ、ベランナ………今のフレーデルって、やんちゃな子供くらい?」
「うん、人間レベルかな?」
「私、ドラゴン~っ!」
小さな雛鳥ドラゴンちゃんの尻尾が、子犬のようにパタパタと揺れ動き、落ち着きのないことだ。
ベランナ姉さんの仕業である。
魔法の力が使えない、おしっぽが可愛らしく元気なだけの、どこにでもいるいたずらっ子に過ぎないのだ。
レーゲルお姉さんの瞳が、揺れ動く。
「くっ――、だまされちゃダメよ、レーゲル。この子はフレーデルなんだから、雛鳥ドラゴンちゃんだけど、フレーデルなんだから」
ぐっと、抱きしめたい衝動に耐えていた。
無邪気なしぐさに、思わず、頭をなでてしまいそうになって、お姉さんは苦悩する。中身は生意気な妹分だと、自分に言い聞かせる日々である。
だまされては、いけないと。
甘やかしては、いけないと。
これが母性本能と言うものか、世話好きのお姉さんのサガと言うものか………
振り払うように、みんなに向かい合う。
「フレーデル――は、置いて」
「なによぉ~」
「ネズリーは、ドラゴンの宝石の影響を受けてる。私たちの中で、魔力は真ん中あたりだったのに………すっごく増えてたの」
レーゲルお姉さんは、クマさんを見た。魔法のローブだけでは不足のように、最近は蝶ネクタイをするようになった。執事さんに影響されたに違いない。
誰が用意したのか、ますますサーカスが欲しがりそうだ。
「前は、オットルと同じくらい………いや、オットルより上?」
「く、くまっ、くま、くまぁ~」
「そうだワン、そんなにないワン」
男どもが、抗議の声を上げた。やはり、魔力の上だ、下だと言う力比べには、プライドも関わっているのだ。
修行により、ある程度増減するため、プライドは努力の裏打ちでもあり、ややこしい。そんな男心は無視して、レーゲル姉さんは続けた。
「そんなネズリーの魔力が、上がってたのよ」
レーゲルお姉さんは、アニマル軍団を威嚇するようにそれぞれ見つめると、改めて話し出した。
「尻尾を出す前のフレーデル――の、半分くらいに」
途中、ちょっと考えて言い直したお姉さんだが、それでも、破格な評価であった。そして、アニマル軍団には、それで通じた。
小柄な14歳と思われていたフレーデルちゃんは、魔力だけであれば、天才少女として知られていた。
炎を生み出し、空を飛ぶくらいしか出来ないため、もったいないという評価であったが、魔術師組合の大多数を引き離す魔力量だったのだ。
その半分であっても、一流を目指せる魔力量である。たくさんの魔力があれば、それだけ使える魔法が増えるためだ。
ネズリーは、残念ながらその他大勢だった。
そのために、お師匠様とベランナ姉さんは判断したのだ。ドラゴンの宝石の影響を受けていると。
メッセージで、その推測が正しかったと証明された。
日付の返事をして、ねずみがネズリーであるのか、宝石を本当に持っているのか、明らかになるまで秒読みだ。
時間になったら出かけよう、そういった状況である。遠足までの秒読みだと、雛鳥ドラゴンちゃんがワクワクしても、仕方ない。
暴走しないように、しっかりと手を握るべきと心に誓って、レーゲルお姉さんは、昔を思い出す。
「ネズリーか………たまに驚かせてくれたわね。器用って言うか、運がいいって言うか」
「あぁ~、不思議だよね~、デタラメだもん」
「く、くまぁ~、くまぁああ~」
「ま、まぁ、偶然の要素が強すぎるワン」
そんな、バカな。
そういったデタラメを、ネズリーは起こす才能を持っているのだ。
もっとも、本人でさえ、なんで成功してしまったのか分からない。そういった成果を偶然、たまたま、まさかと言うことで成功してしまうのだ。
すると、どうなる。
「調子に乗って、やらかすんだよね」
「魔力がないのが救いだって、みんなで笑ってたもんね~」
「あんたは、笑い事じゃないのっ」
「く、くまぁ、くま、くまぁああ」
「そうだわん、フレーデルの場合は、笑い事じゃすまないワンっ」
「そうよ、フレーデルはおとなしくしてなさいっ」
「うぅ~、だってぇ~」
アニマル軍団は、いくらでもトラブルに見舞われた記憶があるのだ。ひとたび思い出話が始まれば、トラブルの大本へのからかいが止まらない。
その様子を、ベランナ姉さんは楽しそうに眺めていた。
「ドラゴンの宝石のことなんて、すっかり忘れてるみたいね………まぁ、人間にとっては大切でも、私達にとってはついでだから………ちょうど、逆かな」
最後のつぶやきは、小さかった。
ドラゴンの宝石は、別名『ドラゴンのよだれ』である。長く居座ることで生まれる、魔力のこもった宝石だ。
人間にとって、ただの宝石よりも価値があるのだ。
だが、ドラゴンには川辺の小石に等しい。しかし、小石を集める時間は、子供時代の楽しい思い出である。
懐かしんで、宝石のようだとも言われる。
アニマル軍団にとっては、大変な事態であってもだ。
大変な気分のメイドさんが、申し訳なさそうに、手を挙げた。
「あのぉ~………ボク、なんでここに――」
「あきらめろ。お嬢様からのお誘いを受けたのだ。喜んで参加するのが、メイドの役目ではないのか?」
「うぅ~………主様に報告しても、よろしく~――だよっ?」
背の高いスレンダーメイドさんが、ロングヘアーをうなだれていた。隣では、すでに悟りを得た死に神さん――執事さんが、静かにたたずんでいた。
覚悟の違いであった。
「そちらのベランナお嬢様は楽しそうですね、レーバス」
「いきなり言葉をただすな………だが、ドラゴン様の深遠なるお考えは――ははは、ドラゴンめ、ダンジョン再びだと………ははは、きっとくる、ヤツもくる」
死に神です――
そんな印象の執事のレーバスさんは、すでに壊れ始めていた。ワニさんとの追いかけっこに参加した執事さんである。
今回は、最初からの参加である。
「ははは、みんな、楽しそうだなぁ」
お留守番のミイラ様は、にこやかに笑っておいでだった。




