ねずみと、覚悟の屋根裏
ねずみの歯は、死ぬまで伸び続ける。
そのために、常に硬いものをかじって、削り続ける必要があるのだ。今朝も、ねずみは毎朝のお手入れをしていた。
カリカリカリカリ――
贅沢にも、ニセガネの銀貨をかじっていた。余りあるニセガネの銀貨が、ねずみの目の前にある。カーネナイ事件で用いられた銀貨を、事件解決の褒美としてもらったのだ。
ねずみは、ぼんやりとニセガネの銀貨の山を見つめた。
「ちゅぅ、ちゅううぅ~………」
いよいよ、今日かぁ~――
いつもより念入りに、前歯のお手入れをしていた。
いや、お手入れにしては入念すぎる。緊張のために、ついつい、かじってしまうのだ。
ねずみは、ストレスを解消するためにも、硬いものをかじるのだ。
緊張と、不安の表れだ。
仲間との再会は、本日だ。
場所は、仲間しかわからないように指定した。 見知らぬメイドさんの助言のおかげだ。ねずみと、懐かしき仲間達しか、分からないはずだ。下水という地下迷宮を生き残った、その出口を指定したのだ。
そう、あのアニマル軍団が、思えば答えだったのだ。
魔法の実験で命を落とし、ねずみに生まれ変わったと思っていた。しかし、ねずみに意識を移したまま、眠り続けていたのだ。
「ちゅぅううううぅ~っ」
気取ったシーンが回想され、のた打ち回りたくなる。
夢に見た姿が、己の姿である。古い本を掲げていた、ネズリー・チューターという十七歳の少年だ。
何かを気取って、宣言していたのだ。
偉大なる魔法使い――
「ちゅ、ちゅぅううううっ」
やっ、やめてくれぇえええ――
のた打ち回った。
ニセガネの銀貨を抱きしめて、屋根裏をコロコロと、転がりまわった。あまりの恥ずかしさに、もはや思い出したくない過去が、次々と湧き上がる。
宝石の皆様が、どうした、どうした――と、ワラワラと集まってきた。まぶしい輝きに囲まれ、ねずみはシーツをかぶった。
「ちゅぅううう、ちゅぅぅうううっ~」
やめて、みないでぇえええ~――
ねずみの悶絶に興味を示したのか、単に、ねずみの奇行に反応しただけなのか、知る由もない。
ワラワラと、宝石の方々が集まっていた。
死んで、ねずみに生まれ変わったと思っていた。
だからこそ、吹っ切れたというか、気取って日々を過ごしてきた。仲間達への、最初のメッセージも、気取っていた。
ねずみ生活、始めました――
友よ、悲しむことはない――そんな気持ちを込めたメッセージだった。
まぁ、さほどやらかしていない。短いメッセージである。それに、読み返してのた打ち回るような文章など、書けるわけもない。魔法で羽ペンを動かして、単語をいくつか記すだけだ。
やらかすと、人間に戻ったときのダメージが、致命傷になる。クールにいこう、落ち着いていこうと、ねずみは呼吸を繰り返した。
再び、ニセガネの銀貨をかじろうと、身を起こす。
「………ちゅぅ?」
なんだろう――
のた打ち回っていたのを忘れ、足元の気配に、耳を済ませる。ここは、主様の書斎の上の、屋根裏である。
苦悩する、屋敷の主の声が聞こえた。
「――父の前といえ………あの場で、素直に受け取ることが出来ぬものか………」
娘さんのことのようだ。
アーレックの、二度目のプロポーズ“未遂”のことを、思い出しておいでなのだろう。
ベーゼルお嬢様が受け取っていれば、アーレックと正式に婚約者となった、人生の分岐点である。
まぁ、いつもと変わらない日々と思う。婚約もしていない分際で、お義父上様――と、呼ぶ関係なのだ。
いや、ベーゼルお嬢様が仕向けたようだが………
「ちゅぅ~………」
哀れな――
ねずみは、アーレックへの同情の気持ちがよみがえっていた。
先日、チキンが勇気を振り絞って、婚約指輪を差し出した。ねずみも協力したのだ。共にひざをついて、お受け取りください――と
にこやかなベーゼルお嬢様の笑みが、絶対の支配者の優越を表していた。このお屋敷の女性たちは、男性よりも高い地位においでなのだ。
母娘そろって、腕を組んで見つめていたのだ。
ごめんなさい――と
アーレックの求婚を断ったように見えるが、ただのイジワルである。正式には、アーレックの手渡しでない。ねずみの手を介しての、指輪の贈呈であった。
カーネナイ事件が解決したあの日も、そして、先日もだ。
アーレックが、自分の手で渡さねばならないらしい。互いに認めているだろうに、難儀なことである。
その姿に、さすがの主様も、アーレックに同情しているようだ。
お父上として、娘をやらん――と、立ちはだかるイメージの主様だった。
今や、そろそろ許してやってくれと、むしろアーレックの側に立っている気がする。もしかすると、ご自分もたどった道かもしれない。
ねずみは、鳴いた。
「ちゅぅ、ちゅぅううううぅ………」
ご苦労、なさっているのですね――
我が娘に振り回され、頭を抱える父親の苦労は、涙に値する。声をかけられない己が、少し残念だ。
しかし、人に戻ったとしても、むやみに声をかけていい相手ではない。ねずみだからこそ、お手伝いできることがあるのだ。
ニセガネの銀貨を足元に置くと、ねずみは立ち上がった。
「ちゅぅ~」
行くか――
まずは、仲間との合流である。




