丸太小屋メンバーと、ねずみのメッセージ
森は、広大だ。
町が近いとはいえ、そこは野生の王国である。森の王者の熊さんは、水面を見つめていた。
「くまぁああっ」
腕を、大きく振りかぶった。
その爪は、ナイフのように巨大で、鋭い。もしも人間が遭遇すれば、とても助からないだろう。かすっただけで、致命傷だ。
大きく、水しぶきが上がった。
「お見事です、クマ殿」
執事さんが、控えていた。
クマさんの後輩と言うか、新たな丸太小屋メンバーである。
その背後には手製の籠があり、森の幸が山積みである。もちろん、籠はクマさんのお手製だ。巨大なナイフのような爪で、どのように生み出すというのか、手先が器用なクマである。
魚も、大漁のようだ。
「くまぁ、くまぁ~」
手をひらひらとさせて、クマさんは照れていた。
中身は魔法使いの青年、オットルである。丸太小屋メンバーの中で、唯一人の言葉を口にしない、それでもコミュニケーションは取れている不思議であった。
暗殺者です――
そう名乗っても問題ない印象の執事さんであったが、クマさんの側近として、新たな日々を送っていた。
魚がいたら、こう――
魚がいたら、こう――
じっくりと水面を見つめて、魚とりをしているクマさんの背後に、忠実なる執事さんは控えていた。
今夜のメニューは、魚料理だ。様々に香草も手に入れている、蒸しても、煮込んでも、数種類用意してもいい。
なぜか、丸太小屋の近くでは獲物がたくさん手に入るのだ。魔法使いの見習い達がたくさんいるためか、それとも――
クマさんはのっそり顔を上げると、丸太小屋の屋根の上を見つめていた。
「くま、くまぁ~」
気持ちよさそうにお昼寝をするドラゴン姉妹は、いつも自由だ。
教育においては、奔放と断言できる。教育係であり、お世話係になっているレーゲルお姉さんは、すごいのだ。
大慌てで、走ってきた。
「ちょ、ちょっと、みんなぁあ~」
珍しい、レーゲルお姉さんが慌てていた。
何事かと、クマさんと執事さんは顔を見合わせると、とりあえずも丸太小屋へと戻る事にした。
そして――
「ねずみから、メッセージがあったの。ネズリーが、宝石になっててっ――」
パニックだった。
大変だ、メッセージだと、銀色のツンツンヘアーのお姉さんが登場した。パニックになったため、生け贄が胸元に抱かれていることにも、気にならない。
レーゲルお姉さんの年下の彼氏君の、久々の登場である。
丸太小屋メンバーの男コンビは、優しい笑みを浮かべていた。
「イードレも、大変だワン――」
「くま、くまぁ~」
すでにあきらめているのか、悟った笑みのイードレ君である。
淡いグリーンヘアーの少年は、少女のようにも見える。それは将来、美男子と成長すると予想される、ねたましいことだ。
哀れみの感情しか抱かない駄犬とクマさんは、やさしく見守っていた。
ぶち壊すのは、元気いっぱいの雛鳥ドラゴンちゃんだ。
「レーゲル姉、どうしたの――あ、彼氏君も、こんにちわ~」
ぱたぱたと、幼児様が走ってきた。
屋根裏のお昼寝から、レーゲルお姉さんのパニックが訪れたのだ。好奇心が旺盛な子犬のような女の子が、じっとしているわけがない。
恋人君への挨拶は、ついでだった。
すでに、珍しくないためだ。
お人形扱いもお珍しくないが、恋人君は驚いた。
「こ、こども?………いや、そのお尻尾は――」
イードレ少年の質問には、だれも答えてはくれなかった。産毛の生え残ったお尻尾の女の子が、目の前だったのだ。雛鳥ドラゴンちゃんが縮んだとは、知らなかったのだ。
ドラゴンの尻尾は、パタパタと落ち着きがない子犬のようだ。レーゲルお姉さんにしがみついて、質問を始めた。
「ねぇ~、ねぇ~、どうしたの、ねずみさん?」
屋根の上でお昼寝をしていると、珍しくパニックになったお姉さんが登場したのだ。お師匠様でも現れたのかと、ビクリとしたのは瞬間だった。さすがはドラゴンの嗅覚と言うか、好奇心の塊である。
手紙を、発見した。
「それ、なぁ~に?」
取り上げようと、ジャンプをする。
しかし、この姿ではほとんど能力を扱えない。実の姉によってドラゴンの力が封印され、ついでに幼児の姿にされてしまったフレーデルちゃんである。
見た目は5歳児のため、ねだる姿も可愛らしい。
そっくりな赤毛のお姉さんが、ようやくツッコミをいれた。
フレーデルちゃんの実の姉、ベランナお姉さんである。
「いいから、その子を解放してあげな――あぁ、首はしまってないから、いいのか」
薄情なことだ。
そして、当然のようにレーゲルお姉さんから、手紙を強奪した。パニックになったレーゲルお姉さんは、年下の彼氏君を抱きしめることでいっぱいだった。
何をしたいのか、本人にも分かっていないはずだ。
読み終えた赤毛のお姉さんは、ひょい――と、手紙を駄犬の足元へとほうりだす。すでに興味を失ったのだろうか、それとも、アニマルモードの丸太小屋メンバーにも読めるようにとの、気づかいかもしれない。
優しい瞳でイードレ少年を見つめていたクマさんと駄犬は、同時にしゃがみこんで、手紙を見た。
駄犬は、念のためにお姉さんを見つめる。
「ベランナ姉さん、読んでいいのかワン?」
「く、くまぁ、くまぁ~?」
よく、しつけられている。
上位者から渡されたのだ、読んでいいという許可もセットのはずだが、お伺いを立てていた。
フレーデルちゃんのお姉さん、ベランナさんは、うなずくことで許可を出す。人に命令をすることに慣れておいでの、実年齢は不明のお姉さんだ。
赤毛のロングヘアーをなびかせて、小さな雛鳥ドラゴンちゃんを持ち上げた。
「ほら、あんたも読むのっ」
「はぁ~い?」
雛鳥ドラゴンちゃんは、とりあえずもお返事をした。よく分かっていない様子だが、姉に命じられたことには、とりあえずお返事と言う小さな妹さんだった。
アニマル軍団にならって、地面に四つんばいになって手紙を見つめる。
「よめないよぉ~」
「そりゃ、逆だワン」
「くま、くまぁ~」
3匹が手紙を読むには、時間がかかりそうだ。
その間に、パニックが落ち着いてきたのか、手紙と言う単語を耳にしたレーゲルお姉さんは、話はじめた。
もちろん、年下の彼氏君を抱きしめたままである。
「ネズリーの様子を見に行ったんだけど、なにかを握ってたの。誰かが入ってきたんだって思ったけど、その手紙が本当なら………手がかりよっ」
何があったのか、詳細も、手紙には記されていない。
そして、少し読みにくい、魔法で羽ペンを浮かせて文字を書いたようなものだ。熟練ではなく、魔法の練習のための、うまいとは言えない文字だった。
問題は、中身だった。
「これ、本当なのかワン?」
「く、くまぁ~、くまぁ?」
「ねぇ~、みせてよ、みせてぇ~」
読み終わった駄犬とクマさんは驚き、反対側から覗き込んでいた雛鳥ドラゴンちゃんは、手紙を強奪した。
読み終わるまで待っていたので、お利口と、ほめてあげるべきだろう。読むよりも早く、レーゲルお姉さんの解説が始まった。
「本当だと思う。ねずみになって、ドラゴンの宝石といるなんて話、関係者にしか通じないもの」
話し出すことで、レーゲルお姉さんは落ち着いてきたのだろう。手紙から受け取った印象を語りだす。
ホンモノだと。
一体、どこの誰が、眠ったままの少年を見つめて、動物に意識を移している最中だと考えるのか。
ドラゴンの宝石と一緒と言う話もまた、バカらしく、思い当たる場面を思い出す。
下水での、ワニさんとの追いかけっこを思い出す。
「赤い幽霊の噂………ホーネック、あんたが仕入れた噂話にあったでしょ、お師匠様にも、探しに行けって命じられて――」
「あぁ、大変だったワン」
「くまぁ~」
「面白かったね?」
約一匹、雛鳥ドラゴンちゃんだけは、異なる感想を抱いていた。ワニさんとの追いかけっこは、楽しかったようだ。
それ以外の丸太小屋メンバーは、大変だったという記憶と同時に、赤い輝きを思い出す。頭上に宝石を輝かせていた、不思議なねずみもいたのだ。
生き残ったあと、外の空気を吸った安心感は、いまも鮮明に――
仲間たちも、思い出した顔だ。
「よく思いついたわね。森への出口で待っているって――私達じゃないと分からない。あんな思いをして出口にたどり着いたんだから………」
「忘れるわけないワン」
「くま、くまぁ~」
「えっと………どの出口?」
お子様を置いて、丸太小屋メンバーには森へと続く下水の出口の光景が思い出されていた。追いかけっこをして、出口を探してさ迷い歩き、たどり着いたのだ。
森に近い、下水の出口である。
経験したメンバーでなければ、分からない。場所は指定された、お返事は、日付けと時刻であるが………
「あいつにしては、考えてるわね………」
ぼそりと、レーゲルお姉さんはつぶやいた。
それは、助言を受けたためである。その助言をしたメイドさんは、いったいどこにいるのだろうか。
死に神です――
そんな印象の執事さんは、いつのまにか丸太小屋から離れて、出迎えていた。
「領主の命令か?」
静かに、森の木陰へと問いかけていた。
人には見えない、なにかが見えているのだろうか。だれもいないように見える森の木陰へと、まっすぐと言葉をかけていた。
ガサゴソと、メイドさんが現れた。
「いや~………その通りって言うか、見回りって言うか………」
困ったような顔だった。
スレンダーなメイドさんは、執事さんを見ていなかった。
まっすぐと、赤毛のロングヘアーのお姉さんを見つめていた。どうやら、メイドさんはネズリーのお部屋を見張っていたようだ。
それとも偶然か、ネズリーの部屋から飛び出したレーゲルお姉さんを追跡、丸太小屋へとたどり着いたわけだ。
そして、ドラゴンの姉さんを発見――
「あれ、あのドラゴン様は――」
メイドさんは、あわてた。
丸太小屋を見つめて、見知ったドラゴン様を見つけたのだ。驚いて、そして、気付けば消えていたのだ。
街で出会い、見逃してもらったドラゴン様である。
真上から、声をかけられた。
「ベランナでいいって~」
メイドさんは、びっくりだ。
私と遊びたいなら、森においでよ――
なんとも、心優しいお言葉であった。面白そうな気配があれば、遊びたい気持ちでいっぱいのお姉さんなのだ。
子猫にじゃれ付かれた、トカゲの末路が、自分の未来だ。
「えっと………お久しぶりです?」
微妙な顔のメイドさんだ。
執事さんが丁寧にお辞儀をしている姿を、横目に見る。昔馴染みの死に神――という執事さんは、すっかりこのドラゴン様の下僕となっていたようだ。
不運を背負った執事さんであるが、近い将来の自分の予感がした。目の前のドラゴン姉さんが、何をやらかすかにかかっている。
木の枝から降り立つと、ご機嫌な笑みを浮かべていた。
「楽しそうだよねぇ~………ねぇ、あんたも参加するんでしょ?」
メイドさんの運命は、決まったようだ。
静かにたたずむ執事さんの瞳は、わずかに同情を表していた。貴様も、これから不幸になっていくのだな………と
ダンジョン、再びである。




