メイドさんと、カーネナイのお屋敷
スレンダーなメイドさんは、優雅にスカートを持って、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
はしたなく、お嬢様走りで、屋根の上を走っていた。
このすばやさは、人間離れしている。
このメイドさんは、ただものではない。
一応は人間と言う種族であろう、暗殺者です――そんな影を持つ執事さんのメジケルさんや、死に神です――という執事さんのレーバスさんと、いい勝負だ。
運のなさも、いい勝負が近そうだ。
とある大きなお屋敷の屋根の上に、降り立った。
カーネナイの、お屋敷だ。
幽霊屋敷と紹介されても、だれも異論を挟みそうにない。広いお庭は公園に匹敵する、ただし、雑木林のように草が生え放題であった。一部で、人の住まった痕跡があるが、隠れんぼをすれば、大変だ。
古びたお屋敷の上で、メイドさんは声をかけた。
「やっほぉ~、かわいい、かわいいメイドさんが来てあげたよぉ~」
眼下のバカ騒ぎを、見つめていた。
一人は、覚悟を決めた執事さんだ。
対して、向かい合う4人はボロボロに、すでに住処を追われたドブネズミたちであった。
知り合いに、メイドさんは声をかけた。
「やっほ~………って、ねぇ、無視しないでよぉ~、かわいいメイドさんだよぉ~」
シュタ――っと、わざと真後ろに飛び降りる。
まさか、スカートの中が見えることを恥らったわけではない。そんな可愛らしいメイドさんではない、このような修羅場に、笑顔でお飛び降りるメイドさんである。
《《死角》》に降り立つことで、執事さんの注意を引くことが目的だった。
執事さんは、ため息をついた。
「………せめて、隣に降り立って欲しいものだ」
「やだ、私のスカートの中身が気になるの~メジケルも、男ね?」
「いや、お前も………いや、いい。それよりも――」
そろって、目の前の4人組を見る。
執事さんにとっては、どこかで見た事のある4人組である。ここでアーレックとねずみがいれば、完全に思い出しただろう。
ドラゴンの宝石を盗んだ、盗賊たちだと。
ボロボロの布を顔にまいたリーダーは、弱々しく周りを見渡す。
「《《あのねずみ》》も、どこかにいる。油断するなよ、ベック」
「あ、兄貴ぃ~………やっぱり、執事さんの幽霊がいたよぉ~、メイドさんの幽霊までいるよぉ~………」
弱々しく、幽霊を気にする密偵のベックは、今にも倒れそうだ。気の毒に、 あまり、食べていないのだろう。
それでも腰を低くして警戒する姿は、それなりの経験をつんでいると分かる。
ボロボロであるだけだ。
マッチョも、少し痩せたのだろうか。場末のバーのお姉さんのようだ。
「《《彼》》すごいわね………さすがにメイド服を着こなすだけのことはあるわ」
「………《《彼》》?」
2メートルオーバーのマッチョなお姉さんは、それでもどこかに勤めていたのか、お化粧の余裕もあるようだ。
化粧品のストックでもあるのか、さすがである。
そして、寡黙な相方が、驚いていた。
メイドさんは、微笑んだ。
「メイドさんだよ、ボクは」
「………と、言うことらしい。ところで――」
メジケルさんは、改めて不審者4人組に向かい合う。
以前は、主と共に牢獄にいた執事さんだ。脱獄の後に、恩赦と言う鎖を首にかけられ、このお屋敷の管理人を任せられた。
表に出せないお客様のための、接待も任されている。
護衛もついでに任されているだろう。その命令を届けたメイドさんは、小首をかしげていた。
「採用試験?」
「――どこがなんだ」
執事さんは、ツッコミを入れた。
実技試験といったところか、試験官の執事さんを前に、ボロボロの4人組が緊張の面持ちで並んでいる。
そこに、監視を命じられたメイドさんも訪れたわけだ。
体裁として、おかしくないのだ。
「え?………雇ってくれるの?」
リーダーさんの瞳が、希望に輝いた。
もはや、泣く子も黙る盗賊になるという夢は、貧しさの彼方に消え去っていたようだ。お願い、雇ってくださいと、瞳が輝いていた。
「え、幽霊じゃないの?」
ベック君は、うれしそうだ。
幽霊ではないと、以前の戦いで思い知ったはずだが………お疲れのようだ。部屋の隅でもいいから、夜露を気にしない暮らしをさせてあげたい。
マッチョも、うれしそうだ。
「メイド服………いいわね」
合うサイズは、そもそもないだろう。特注で、自分で作ってもおかしくないマッチョさんは、早速メイド気分に、夢を見る。
一方、無言でたたずむ人物もいるが。
「よろしく、せんぱい」
ずうずうしいようだ。
皆様、かなりお疲れのようだ。ドラゴンの神殿から宝石を盗み、名前を挙げるつもりの4人組の、今の姿である。
執事さんは、ため息をついた。
「なんだ、この状況は………」
「おめでとう、このお屋敷は広さだけは広いから、よかったねぇ~」
メイドさんは、微笑んでいた。
他人事だから許される、微笑みだった。




