メイドさんと、ねずみのメッセージ
思いもよらない人物が、思いもよらない出会いをする。
メイドさんも、そんな出会いをしてしまった。
人と言う種族にしては、トップクラスの強さを誇るメイドさんである。ロングヘアーが優雅に風になびき、ロングスカートもカッコイイ。女性の平均身長が160センチの中、目線が少し高い170センチはある。
男性諸君より、女性に人気がありそうなスレンダーメイドさんだ。
頭を抱えて、うずくまっていた。
「ドラゴン姉さんに続いて………なんだ、これ」
手紙を一通、手にしていた。
手紙と言うより、メモ用紙だ。少し雑な文字であるが、記されていることが本当であれば、納得だ。
ネズリーの部屋での、出来事であった。
何を思ったのか、メイドさんは、無人の部屋に忍び込んだ。
優れたメイドさんの技術があれば、忍び込むなど簡単である。身動きをしない少年の様子が、ふと気にかかったのだ。
目立つように置かれた手紙が、問題だった。
――ねずみ生活、始めました
この一行だけなら、なにかの冗談かと、立ち去っただろう。続くお話が、頭痛の種であった。
ドラゴンの宝石が、大問題だった。
「ねずみが、ドラゴンの宝石が………もぉぉおおおっ、なんなんだよぉおおおっ」
珍しく、吠えていた。
普段は感情を表に出さない、奥底を見せない上品な笑顔のメイドさんは、荒ぶっていた。領主様のお使いとして、裏社会の幹部の皆様とも、笑顔で接するメイドさんであるのだが………
今は、うなだれるお姉さんだ。
「不審者がいないか見守るのも、メイドの仕事………な~んて、格好をつけるんじゃなかったよぉ~………なんだこれ」
ばれないように、静かに手紙を戻した。
風に飛ばされないように、眠ったままの少年の手に握らせる。乙女であれば、うっすらとほほを染める、男子との接触である。
一切気にすることなく、メモの位置を確認すると、一歩下がった。
「ネズリー・チューター………なんとも、マヌケそうな少年だね………なのに、騒ぎの中心人物って――いや、マヌケが気付かずに騒ぎの中心ってことか」
ため息をついて、遠い目をした。
隙間風が、そよそよとロングヘアーを泳がせていた。
乾いた、笑みだった。
「そのマヌケの一族が、ボク達だもんねぇ~………ドラゴン様にケンカを売って、今はバラバラに隠れ住んで――なのに、ドラゴン姉さんに続いて、宝石ってなんだよっ」
吠えた。
クールビューティーという面影は、またも消え去った。
むしろ、若さをもてあます少年の雄たけびだ。ご近所の方が騒ぐだろう。いったい何をやっているのかと、怒鳴り込まないことを、祈りたい。
ただでさえ、古びた木造の賃貸である。部屋代は、貧乏学生には救世主だ。修繕の痕跡は、むしろアートの寂しさだ。
メイドさんは、ふと壁紙を見る。
部屋の主が貼り付けただろう、壁紙だ。拾ったのか、雑誌の切り抜きも、絵画のように風景画をぺたぺたと貼り付けていた。
最初は見栄えがよい、ちょっとした画廊の雰囲気だ。すぐに風化して、湿って、くしゃくしゃになったはずだ。
より、情けない壁の一部と成り果てていた。
貧しさに、哀れみの瞳を浮かべたのは一瞬だった。
「ドラゴン様のお邪魔をするな――って、領主様のご命令だけど。このメッセージをどうしようかな………」
しゃがみこんだ。
よく掃除されているようだ。メイドさんの厳しい目からすれば、まだまだだが、落第点と突き放すほどではない。
そんな目線を持つ自体、かつての自分からの、大きな変身だった。そんな自分を小さく笑った。
メイド服に身を包んでから、メイドさんになったのだと、改めて笑みが浮かぶ。
「主に負担をかけないために、黙っているのもメイドだし、素直に報告するのもメイドだけど~――」
ゆっくりと、立ち上がった。
ロングヘアーが、夕焼けに輝く。
「よし、見なかったことにしよう」
周囲を見回すと、メイドさんは逃げ出した。
もちろん、痕跡など残すわけもない。髪の毛一本のがさないメイドさんは、完璧なのだ。
一体、どこのスパイですか――と言うレベルで、完璧なのだ。
屋根の上へ飛び上がると、遠くを見つめた。
「さ~て、カーネナイのお屋敷へ行かないとなぁ~」
まずは、お使いが待っている。
優雅にスカートを持って、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。




