アーレックの覚悟と、見守るねずみ
夕日を受けて、ねずみは驚く。
「ちゅ、ちゅうう?」
あ、あれは――
騎士様のお屋敷に戻ってきた。
相棒の宝石は仲間たちの元へと戻し、一人でお散歩と言う時だった。ふと、ごっつい背中を発見したのだ。
何事かと近づけば、理由が分かった。
小箱が、強い影を伸ばしていた。
「ちゅぅうう………」
懐かしいな――
ねずみは、優しい瞳で見つめていた。
夕日を受けて、存在感は強烈だ。ただでさえ、中身を知っているのだ。アーレックの手の上で、存在感を漂わせていた。
お久しぶりの、指輪の入った小箱だった。
あれは、いつのことだったろう。チキンなハートのアーレックが、なけなしの勇気を振り絞って、恋人様の前に、ひざを突いたのだ。
プロポーズだと、お子様以外は気付く場面だ。
カーネナイ事件が終幕を迎えて、その日のことだ。色々あって不発に終わったものの、希望を残すエンディングだった。
続きは、いつか訪れる。
ねずみは、やさしく鳴いた。
「ちゅうぅう………」
やっとか――
ねずみは、情けない友人を見上げていた。
かつては、ねずみの姿を見ただけで悲鳴を上げたアーレックである。ごっつい青年は、ハートはチキンであった。
癖のある金髪に、190センチに届こうという長身は、比例して肩幅もごつい。巨大なる筋肉は、鈍重ではなく、すばやさを与える。
これは、格闘家のスタイルであった。
今は、情けなく背中を丸めていた。
「はぁ~………いつか渡そうと思っていたんだが………今だよな、やっぱり」
カーネナイ事件の真の黒幕、ガーネックが捕まった。
自供が始まり、大きな区切りがついたのだ。ならば、カーネナイ事件の終幕では失敗した勇気を、今こそ振り絞るときなのだ。
トコトコと、お子様が近づいてきた。
「ねずみさん、なにしてるの?」
柔らかな金髪のロングヘアーが、夕日にまぶしい。くりんとした、大きな緑色の瞳の女の子様の、登場だ。
お屋敷の下の娘様の、オーゼルお嬢様である。
胸元に、おそろいのドレスを着たお人形さんを抱いた、いつものお姿であった。年齢は、10歳になったのだったか、まだまだ、甘えさせたいお嬢様だ。
玄関先にいる、ねずみに気付いたようだ。
はるかに巨大なアーレックもいるのだが、ねずみさんが優先らしい。ねずみとしてはうれしく、そして、アーレックが哀れであった。
姉の恋人であるアーレックは、でっかい下僕と言う印象である。
それは、姉の態度のためである。将来は家族となり、やはり、下僕として姉妹そろってこき使うのであろう。
最上位は、奥方だ。
「あらあら、どうしたのかしら?」
お屋敷の、真の支配者の降臨だ。
ベーゼルお嬢様まで、現れた。
「あらあら、お仕事はいいのかしら、騎士様?」
イジワルの気配に、にこやかだ。もしかすると、小箱の存在に気付いているのかもしれない。もちろん、忘れるわけがない、指輪を渡し損ねたシーンも回想されているだろう。
イジワルには、十分な材料だ。
アーレックは、震えた。
「ど、どどど、どうして」
やはり、ハートはチキンだった。
でっかい青年アーレックは、おびえていた。覚悟を決めれば無敵かもしれないが、まだ覚悟を決める前であるため、おびえていた。
ねずみも、おびえていた。
「ちゅ、ちゅちゅちゅちゅうううっ」
えらいこっちゃぁあああああ――
人生の、最大の分岐点である。
墓場と語られる、奴隷になる宣言書のサインとも言われる、結婚の儀式は様々に、書面に儀式に言葉に………
婚約指輪が、結婚指輪になるまでの期間もまた、人それぞれだ。
先制攻撃が、始まった。
「いつくれるか、いつくれるかって………いつまで待たせるのよ~」
「またせるのよっ~」
「まったくよねぇ~」
腕を組んで、ベーゼルお嬢様はあきれたポーズだ。妹様はまねっこで、一歩下がった奥方まで、同じポーズだった
母娘三人が、そろって同じポーズであった。
下僕アーレックに、なにができよう。ねずみと抱き合って震えて、お怒りが去るのを待つしかない。
即座に、土下座だ。
「おぉ、おゆるしをぉおおおっ」
「ちゅ、ちゅうううううううっ」
ねずみとアーレックは、そろって土下座をしていた。
仁王立ちの女性たちには、逆らってはならないのだ。お怒りを静めるためには、生け贄を差し出すのが世の習いである。
この場合は、貢物と言うか、プレゼントと言うか………
アーレックには唯一つ、ささげものがあった。
恐る恐ると、小箱を差し出す。両手を天に向けて、中央に小箱を置いた、下僕からの貢物ポーズである。
女性たちは、反応した。
「それ、くれるの?」
「くれるの?」
「どうなの?」
妹様は姉の真似っ子であろうが、痺れを切らせた奥方は、何をお考えなのだろう、とても怖い。
ねずみとアーレックは、そろってお返事をした。
「ははぁぁああ」
「ちゅちゅぅ」
アーレックは、ささげ持ったまま、小箱のフタを開けた。
ねずみは直ちにアーレックの腕を駆け上がった。そして、即座に指輪を取り出すと、両手で掲げる。
もちろん、片ひざをついた、ささげ持つスタイルである。
なんと言うチームワークであろうか、この間、わずか数秒である。
土下座にて、指輪を掲げるねずみと、アーレックの図である。
頭を下げ、両手を恐る恐ると、恋人様に差し出すアーレック。そのアーレックの手のひらには、開けられた小箱と、指輪を両手で掲げるねずみがいた。
そこへ、お父様が現れた。
「………またなのか――」
ねずみが仲介人として、指輪の贈呈式が行われていた。
この場面は、どこかで見たことがある。アーレックがカーネナイ事件を解決した功労者としてお褒めの言葉をいただいた、その勢いに任せたのだ。
その結果は、確か――
お姉さんは、思い出した。
「………そういえば、前はねずみさんからのプロポーズだってことで、受け取らなかったんだっけ」
「あら、じゃぁ、今回も受け取っちゃダメね」
「だめね?」
奥方は楽しそうで、妹様は、ただの真似っ子だ。
一ミリも動かずに、両手をささげているアーレックとねずみは、いい面の皮である。お許しがなされていないのだ、このまま、石像の気分である。
人生の、修行であった。
「ってことで、ねずみさん、ごめんなさい?」
「そういうことよ、ごめんなさいね」
「ごめんなさいね?」
とっても軽いベーゼルお嬢様は、小首をかしげて笑顔だった。
お上品な笑いの奥様はにこやかに、下の娘さんのオーゼルお嬢様は、元気いっぱいだ。
「………すまん」
主様がただ一人、同情の瞳だ。
相憐れむ、もしかすると、主様のかつての姿かもしれなかった。
5分後――
「またなのか………」
「ちゅぅぅ………」
哀れな青年と一匹は、うなだれていた。




