オバン様の、頭痛の種たち
組長の、オバン
魔術師組合の、今の組長をさす言葉である。
カラスの足跡がくっきりと恨めしいお年頃の淑女を、かわいらしくバカにした呼び名である。
もちろん、ご本人を前に口にする猛者は、一人もいない。オバン扱いをしていいのは、同期生や、昔馴染みに限られる。
即、ブーメランである。
むしろ、互いの若き日を幻想して、今の現実に涙をこぼす今日この頃の同級生だ。同情し会う関係は、友情が永遠と確信させるものであった。
あんたより、マシよ――
そんな本音をハラに隠した、楽しいティータイムなのだ。
最近のティータイムを、思い出していた。
「領主様は、何を考えておいでなのか………代替わりして、おとなしくなったかと思っても、アイツは昔のまま………それより悪いわっ」
領主様とは、昔馴染みのようだ。
脳裏には、悪ガキ時代から悪辣なる領主様となった今の顔が、フルスピードで浮かび上がる。
最新の記憶と共に、浮かび上がる。
「なぁ~にが、協力しよう――だ。とんでもないことを押し付けやがって。あのカーネナイも使うとか………押し付ける気だ、絶対、押し付ける気だ」
色々、押し付けられたようだ。
カーネナイのお屋敷ごと、自由に出来るといわれている。
カーネナイ事件の罪滅ぼしという。カーネナイの者が逆らえるわけもない、どうやら、色々と動ける人材もいるらしい。
オバン様は、頭を抱えた。
厄介な出来事のための、裏口だ。裏と表と、魔法もドラゴンも、全てをまとめる裏口にするつもりだと、確信した。
それを任せると、まる投げされたのだ。このオバン様には、不運のみが現れるようであった。
遠慮がちに、不運がやってきた。
トントン――と、ノックの音と共に、やってきた。
「あのぉ~………組長にお会いしたいと――」
組員の声だった。
悪い知らせではないか。そう思っていた組長さんは、返事に遅れた。そのためではあるまい、扉が開かれた。
トコトコと、お子様が現れた。
「あら、おじょうちゃん。どうしたの?」
親は、どこだ。
まさか、子供が探検でやってこれるわけがない。ここは魔術師組合の支部である。一般の皆様が相談に訪れるお部屋は、大広間からカウンターがあり、自由である。
しかし、そこから先は、関係者以外、立ち入り禁止である。ただの子供を、組員が案内することも、ありえない。
「あなた、ダメじゃない、子供を――」
連れてきた組員に、責任を取らせよう。
子供の手前、上品な淑女として微笑んでいた組長様である。しかし、笑顔の奥に見える怒りの表情は、組員さんには届いていた。
組員さんは、気の毒なことだ。
そして、気の毒な組長さんだった。最後まで口にすることなく、微笑みは凍りついた。お子様の小さなお尻から、意味不明が生えていた。
元気いっぱいの子犬のように、パタパタと、生えていた。
「………尻尾?」
なぜ、気付かなかったのかと、組長のオバン様は歯噛みをする。
お子様が、ごっこ遊びをする。
マントを翻した、魔法使いごっこ。あるいは獣の尻尾を模したオモチャでも、くくりつけているのか。
そうではない、ドラゴンの尻尾が生えていた。
「オバチャン、どうしたの?」
好奇心が旺盛な子犬のように、ドラゴンの尻尾が元気である。赤毛のロングヘアーの女の子が、見上げていた。
思い至るのは、一つだった。
「………誰かに似てる………フレーデル――さんの、妹?」
お子様の手前、言葉使いに気を使ったのは、さすが上に立つオバン様だ。
ばかげた魔力で空を飛ぶ、赤毛の小娘は有名だ。
魔力はうらやましいが、トラブルメーカーとしても、有名だ。 年齢から、少し年の離れた妹がいてもおかしくなが………
そんな組長さんの疑問には、赤毛のお姉さんが答えてくれた。
「惜しい、フレーデル本人だよ?」
「うん、私だよ、オバチャン」
赤毛のロングヘアーはおそろいで、顔立ちもよく似ている。姉妹だと紹介されなくとも、血縁だと気付くだろう。
さらには、恐怖も待っていた。
「すまんなぁ、先にフレーデルがかけだしてなぁ」
ミイラ様が、現れた。
いつもならば、夜空をお散歩する、大妖怪様である。本日に限って、珍しく扉から、現れた。
この方が驚くと思ったからに、違いない。杖をついて、ローブを引きずったシワシワ様が、ニコニコと現れた。
「ひ――お、お師匠様、どうして」
組長さんは、引きつった笑みを浮かべる。愛想笑いと恐怖が対決した、とっても複雑な笑顔だった。
お子様も、逃げ出した。
パタパタとお姉さんの後ろへとかけていく。さすがはミイラ様だ、無邪気なお子様をも恐れさせていた。
恐れていないのは、お姉さんだけだ。
「あぁ、私達の付き添い?」
あっけらかんとした、スタイルのよいお姉さんだ。
そして、謎だった。
本能で、恐怖を抱かせるミイラ様である。年長者への敬いを知らない若者であろうと、まずは恐怖すると確信している、組長さんである。
恐る恐ると、口を開いた。
「いったい、あなた達は――」
お姉さんは、何者だろうか。
誰もが恐れるミイラ様を前に、なにも気負いのない《《人間》》など、いるわけがない。そう、恐怖を恐れない《《人間》》など、いるわけがないのだ。
では、《《人間以外》》なら?
いやな予感が、組長さんの心臓を、がくがくと揺さぶる。
そろそろ健康を気にしたほうがよいお年だ。まだ若いと言われても、そろそろ無理は恐ろしい今日この頃なのだ。
ミイラ様は、にっこりと笑った。
「見てのとおりだな。ドラゴンだったわけだ」
「ドラゴンだったのぉ~」
「んで、私がお姉ちゃんね?」
いやな予感は、よく当たるらしい。
魔術師組合の組長様は、真っ青だ。
挨拶に来た。
それだけなら、考えすぎの自分を笑えばいい。これから、どんな騒ぎを起こそうか、その宣言に違いない。
予感は、当たるのだ。
意地でも、当たるのだ。
「そうそう、裏で面白そうなことが起こってるから。表向きは、ウラに関わらないってことで、よろしくね?」
「よろしくね?」
今回は、姉妹だった。
「まぁ、そういうことだ」
ミイラ様は、にこやかに微笑んだ。そして、挨拶が済んだとばかりに、組長様の返事を待つことなく、部屋をあとにした。
災いの権化たちが、部屋から出て行った。それだけで、今は安心したい組長のオバン様だった。




