ねずみと、メッセージ
ねずみは、走った。
下水を走り、排水溝からそっと、顔を出す。静かに周囲を見回し、道を確かめると、また、走る。
姿を見られることなく、一目散に、走る。
目的のネズリー少年の借り受けている、ボロボロのお部屋まで、一直線だ。
ねずみは、覚悟を決めたのだ。
「ちゅぅ~、ちゅうう、ちゅうう~」
友よ、オレだ、ネズリーだ――
部屋に入ると両手を挙げて、高らかに宣言した。
頭上では、ぴか~――と、宝石も輝いている。
もちろん、下水から這い上がったままではない、魔法で清潔にしてからの、登場だ。
ねずみにとって、この部屋は出入り自由だ。壁の隙間は、十分にねずみの出入りを自由にさせているのだ。
そして、飛び上がった。
文字通り空中に浮遊して、部屋の中央に浮かび上がっていた。
自分に、酔っていた。
「ちゅうううううっ!」
われ、ここにありっ!――
宝石の輝きが、ねずみに神々しい貫禄を与えている。ただのねずみでないと、誰が見てもわかるはずだ。
手紙より、姿を見せたほうがいいと、勇気を出したのだ。
だが――
「ちゅぅ~………」
ですよねぇ~――
ねずみは、空中でうなだれた。
ねずみの勇気は、空振りに終わった。
この部屋に入り浸っているわけでもなければ、まして、住まっているわけでもない。いつ、誰が部屋に現れるのか、まったくわからない。
可能性が高いのは、仲間たちのリーダーである、レーゲルお姉さんだ。銀色のツンツンヘアーのお姉さんは、世話焼きでもある。そのために、いつの間にかリーダーと言う地位に納まっていたのだ。
唯一、人間のままと言う理由も、大きい。下水と言う名前の地下迷宮において、ねずみは懐かしい仲間達と再会を果たしていた。
仲間だと直感できたのは、女子組みの顔を見たためだ。
なのに、全員集合と感じた。仲間の絆でもあったのか、男達はアニマル軍団となっていた。
クマさんに駄犬が、一緒だった。ねずみと同じく、動物になったまま、戻れないというオチなのだ。
ねずみは、笑った。
「ちゅぅ、ちゅううう」
ふ、まぬけめ――
腕を組んで、えらそうだ。
少年ネズリーの腹の上に降り立ち、偉そうに仁王立ちをしていた。
頭上の宝石は遠慮なく、部屋をくるくると回って遊んでいる。ここに誰かが入ってくれば、大変である。
いや、ねずみは姿をさらす覚悟をしている。
誰かが部屋に入るなら、それは、望むところである。宝石の力を借り受け、ねずみの魔法で、ただのねずみではないとアピールをするのだ。
物を浮かせて、ねずみも空を飛び、アピールするのだ。
そして――
「ちゅう………」
ねずみは、手をまっすぐに伸ばすと、集中した。
ここは、ねずみが使っていた部屋である。姿はねずみとなり、本人は眠ったままでも、ネズリーなのだ。
筆ペンと、紙とインクを呼び出した。
「ちゅぅ、ちゅうううう………」
さて、何を書こうか………――
ねずみは、うなった。
ねずみに生まれ変わったのではない。魔法の実験の失敗によって、ねずみへと意識を移したまま、人間に戻れないだけなのだ。
生まれ変わったのなら、改めて書けばいい。
ねずみ生活、はじめました――
だが、そうではない。
ねずみは、腕を組んだまま、頭の上で筆ペンを遊ばせている。くるくると回転させて、さて、何を書こうかと言う悩みを表していた。
その外周を宝石が飛び回り、とてもにぎやかだ。
ねずみは、見上げた。
「ちゅううう、ちゅうう」
楽しそうだな、おまえ――
めったに自由に外を遊べない宝石である。狭い室内といっても、珍しく、ただ、楽しいのだろう。
そんな自由なドラゴンの宝石を見つめて、ねずみは思いついた。
そう、ドラゴンの宝石なのだ。
騎士様のお屋敷には、仲間がいるのだ。
ねずみの寝室という屋根裏には、今も100を超えるドラゴンの宝石が、出番はまだかと、退屈しているに違いない。
前は、ワニさん騒動で、いつの間にか現れた。
ねずみのピンチに、宝石が仲間を召喚したのだろう。ついでに、お屋敷の下の娘さんの、オーゼルお嬢様までご一緒だったのは驚きだったが………
ねずみは、筆を取った。
「ちゅうう」
そうだな――
まずは、知らせるべきと思った。
事情など、仲間達と再会してから話せばいい。どのような状態にあるのか、それさえ知らせればいいのだ。
ネズリーは、ねずみとして生きている。
そしてドラゴンの宝石を発見、共にいる。
この2つさえ、知らせればいいと――
「ちゅぅううぅ~………」
そうだったぁ~――
腕を組んで、再びうなった。
知らせるのは良いが、連絡手段がなければ、行き違いになる。この部屋の様子を見に来るのが明日か、明後日か………
「ちゅうっ」
そうだっ――
ねずみは、ひらめいた。
改めて筆を取ると、メモを追加した。
このメモを読んだなら、返事を書いてくれ――
「ちゅぅ~」
いいだろう――
ねずみは、満足そうに筆を置くと、風に飛ばされないように自分の手をゆっくりと動かし、手紙を持たせた。
一般の手紙サイズであり、眠ったままの少年の腕が手にしているのだ。様子を見に訪れる人物なら、仲間たちなら、気付いてくれるはずだ。
用事を終えたねずみは、鳴いた。
「ちゅうう」
帰ろう――
今はまだ、騎士さまのお屋敷が、帰る場所だ。いつまで続くか分からない、ねずみ生活である。
しかし、今は帰ろう。
部屋を飛び回っていた宝石も、うれしそうに輝いていた。




