カーネナイ事件の、その後
カーネナイ事件
ニセガネの銀貨の作成と拡散および、資金調達のための銀行強盗事件を総じて、そう呼ぶ。事件の黒幕が、かつて名家と呼ばれたカーネナイであったためだ。
最後の当主のフレッド様は、牢獄にいた。
「アーレック殿、事件の主犯と言われた私への配慮、たびたびであるが、感謝する」
アーレックの入室を待って、改まった挨拶をした。
見た目は、安い宿の一室だ。
カーネナイの最後の当主、フレッド様が収監されているお部屋は、牢獄としては贅沢だった。安い宿の一室といわれても納得だ。
身分のある人々のための牢獄と言うことで、名家と呼ばれたカーネナイの若き当主フレッド様の他にも、おいでらしい。
過去の貢献に比例した扱いと言うヤツである。
執事さんまで、セットだった。
「おまえ、いったいどこから………」
アーレックは、あきれたようにつぶやいた。
暗殺者です――
そんな印象の執事さんは、アーレックが扉を開くと、気付けばアーレックの後ろに控えていたのだ。
アーレックの肩に乗っていたねずみも、ツッコミを入れた。
「ちゅううう、ちゅううううっ!」
ほんとに、何者だよぉおっ!――
いつものことであっても、あきれてしまう光景だ。
取調室では、ガーネックさんが暗殺者におびえていたが、納得だ。暗殺者を送り込むことなど、簡単に思えてきた。
執事さんに命じれば、簡単そうだ。
「………ガーネックの話だな?」
フレッド様は、事前に執事さんから報告を受けていたらしい。それでも、改めてアーレックたちから話を聞こうということだ。
名家カーネナイは、地に落ちた。
追い込んだのは、ガーネックだった。
カーネナイの先代が、ガーネックの罠に落ちたのだ。若くして跡を継いだフレッド様には、すでに選択肢はなくなっていた。
そうして出来上がったガーネックの操り人形は、カーネナイの皆様だけではなかった。
アーレックは、振り向いた。
「そろそろ、来る頃だ」
いいタイミングだったようだ、ノックの音がする。
本来、この部屋にいるはずのない執事さんが、応対をした。音を立てずに移動をして、静かに扉を開ける身のこなしは、まさに執事さんだ。
おまえは、脱獄の身の上だろう――
ねずみはツッコミたかったが、脱獄させたのはねずみなのだ。それには、今から部屋に入ってくる人物も、関わっていた。
サイコロを手に持った、中年と言うには老けて見える男が、現れた。
「お久しぶりですな、暗殺者どの………いや、執事さんでしたか」
ボスが、現れた。
弱々しい印象でありながら、どこか油断ならない雰囲気をかもし出している。サイコロを手の上でコロコロと転がし、人も彼の手の上と言う印象を与えているのだ。
男は、静かに頭を下げて、挨拶をしてきた。
「改めまして、オモチャ屋のキートン商会の主でございます………いや、だった――と、いうべきでしょうかな」
牢獄生活で、人間が変わったらしい。穏やかに笑みを浮かべる、もっと弱々しい人物だったのだが………
ねずみは、鳴いた。
「ちゅう、ちゅううううう」
あんた、だれだぁあああ――
この部屋では、叫んでばかりだ。
ツッコミが追いつかないと言うか、ガーネック事件が解決したことで、気が抜けたのかもしれない。
サイコロをコロコロと転がしていたのは、キートン商会の主だった中年だ。
古いだけで、あまり大きくない。倉庫には古いおもちゃが溜め込まれており、流行の復活を待ち望んで、ほこりをかぶる日々だった。
それでも、修理のための道具や部品は、一定の需要はあった。お人形のリボンやボタンなど、子供が失くしやすい、壊しやすいアイテムは、アンティークの修繕に必須である。
だが、倉庫を維持するだけで、どれだけのお金が必要なのか、選択すべき時期は、過ぎていたのだ。
金貸しのガーネックは、そこに目を付けた。
「………人生とはスゴロクだとは、ギャンブラーの言葉でしたかな。この年になって、ようやく分かった気がします」
ウラ家業の、スタートだ。
キートン商会の裏口が、ウラ賭博の会場の入り口へと変わってしまった。
さらには、倉庫もいいように使われた。古いおもちゃの山にまぎれて、ニセガネを保管、盗品も預かる始末だった。
にこやかに、手のひらのスゴロクを眺めていた。
「最後に、面白い目が転がり込んできたものです。ガーネックが捕まるとはねぇ」
だから、あんたは誰なんだ。
そんな目線を送っていたのは。ねずみだけではなかった。かつて弱々しい印象だったキートン商会の主が、全てを悟った賢者へと、レベルアップをしていた。
いや、カーネナイの若き当主、フレッド様も悟ったような笑みを浮かべていた。追い詰められ、ひたすらにあがいていた日々が終わったのだ。
穏やかな笑みを浮かべていた。
「オレは………いや、私は座っていただけだ。全てを執事に押し付けた、愚かな当主だよ」
静かな日々が、自分を見つめる時間を与えたのだろう。
キートン紹介の主も、笑っていた。
「下手なサイコロを転がした、そんな私よりはマシです。ついてきてくれた執事さんがいる、それだけでも十分ではないですか」
同じく、人が変わって落ち着いた笑みだ。
追い詰められた。守るべきものを守るために、間違えたとわかってもあがいて、あがき続けた苦しみは、本人達にしか分からない。
立場として、糾弾する立場のアーレックは、ただ見守っていた。
ねずみも、アーレックの肩の上で、神妙な顔をしていた。
明るい声が、かけられた。
「うん、ボクもそう思うよぉ~………」
メイドさんが、現れた。
神妙な雰囲気の室内に、一陣の風が、メイドさんと共に現れた。
「やっほぉ~、その話だけど、ボクも混ぜてねぇ~」
元気いっぱいな、スレンダーお姉さんだ。
とても明るい声で、元気いっぱいに、ご挨拶をしてくれた。ロングヘアーに、170センチは超えていそうな、長身な女性だった。
そして、どのようにしてこの部屋に入ってきたのだろうか、この部屋の警備が、ちょっと心配になってきた。
驚いていないのは、執事さんだけだ。
暗殺者です――
そのような雰囲気が、あきれモードだ。
「おまえ、相変わらず女の服を――いや、いい」
「そうそう、美人は何を着ても似合うんだよぉ~」
執事さんとは、昔馴染みのようだ。
メイドさんはくるりと優雅に回ると、スカートがふわりと、くるくる回った。
子供のおふざけに見えて、誰が笑うことが出来る。執事さんは、頭を抑えて、頭痛が痛いというポーズである。
アーレックは、ちょっと待ってほしいと、片手を上げる。
「あのぉ~………そちらのメイドさんも、カーネナイの関係者で?」
「いや、我が家のメイドはずいぶん前に暇を出している。残っているのは、メジケルだけだ」
「小さな商会に、そんな余裕はありませんでしたなぁ………」
「ちゅううう~………」
置いてけぼりのアーレックたちを置いて、メイドさんは用件に入った。
「さて、主様からの伝言で………恩赦のお知らせでぇ~すっ」
アーレックたちは、固まった。
突然すぎる事態の連続に、皆様そろって、固まっていた。
この国は、君主制だ。
恩赦を与える権限は、上にある。ここで言う上とは、領主様である。名家といってもカーネナイは貴族ではない、領主の権限でなんとでもなる。
真っ先に反応したのは、公僕のアーレックだ。
「恩赦って………メイドさん、あんたの主様って、まさか――」
この部屋の中では、唯一、公の立場を持つ青年である。生まれの立場は騎士様の一族であり、将来的には、騎士の家の当主となる。
緊張に、冷や汗をかく。
「使えるものは、ちゃんと使うって事だよ」
メイドさんは、にっこり笑顔であった。
過去の貢献ゆえに、末裔の境遇に、哀れみをかけてくれた。元凶のガーネックが捕まったのならば、犯罪に走ることはない。
カーネナイの若き主、フレッド様は信用があるのだろう。
それだけで、あるはずがない。
フレッド様は、緊張に息を呑む。見つめるメジケルさんと言う執事さんは、不安そうだ。普段感情を表に出そうとしない執事さんであるが、貴重な場面である。
「大丈夫、簡単なお仕事だよ」
メイドさんは、明るく笑った。
誰がその言葉を信じることが出来るのだろう、ねずみを含めて、だらだらと冷や汗を書く気分である。
「屋敷に変なのが入り込まないように、管理をよろしくね。たまに泊まりに来る人たちがいたら、そのお世話も――ね?」
予感は、当たった。
言葉の印象から、表に出来ない人々のための、宿の管理を任されたようなものだ。執事さんも、時々お使いに使うらしい。
「恩赦には、感謝したいが………」
「おいしい話には、いつも裏があるものです。フレッド様」
これは、領主様の命令であった。
裏の仕事のための、入り口になれという、表に出せない命令なのだ。
ガーネックは、恐れていた。裏社会に逆らうとどうなるのか、裏の幹部の皆様との会合を思い出して、恐れていた。
恐ろしい存在は、目の前のメイドさんだった。




