アーレックと、ねずみと、取調室
その四角い机は、ごっつい木製だ。
芸術的な表現よりも、頑丈さに重きを置かれたつくりである。石造りの、頑丈なお部屋には、ちょうどよい。
警備兵本部の、取調室であった。
ねずみの前では、小太りのおっさんが、震えていた。
「お………お前らは、分かっちゃいない、分かっちゃいないんだ。俺が、オレが………」
ガーネックさんが、震えていた。
小太りのおっさんは、少しダイエットに成功したようだ。ぶるぶると震える、摩擦の効果だろうか。あるいは、健康によい食生活のおかげだろうか。
やや運動不足なのは、仕方がない。重要人物であるため、頑丈な個室から出ることは、許されていない。
もっとも、お部屋に閉じこもってばかりの中年の小太りのガーネックさんは、牢獄にとらわれる以前から、あまり運動をしていない様子だった。
運動の許可が下りても、ガードマンもセットでなければ、運動は危険かもしれない。お知り合いも、それなりにいるはずだ。
結果は、予想できるのだ。 『ようよう、ようやくこっちに来やがったな――』という瞳が、集中砲火に違いない。
追いかけっこの、はじまりだ。
捕まったら命が危ない、鬼ごっこかもしれない。そんな未来がいつ来るか知らないが、ねずみは、呼び出されたのだ。
黙ったままのガーネックさんに向かって、 ねずみは、鳴いた。
「ちゅ、ちゅうう、ちゅうううっ!」
おい、話とはなんだ、早く話せ――
腕を組んで、仁王立ちをしていた。
仁王立ちをしている巨漢、アーレックの肩の上で、えらそうだった。
190センチに届こうというアーレックは、肩幅も比例してごっつい。全身鍛えられた筋肉と言う体格は、文字通りの強さを持つ。ただ、たたずんでいるだけで、人々を威圧する威力を持つのだ。
アーレックも、えらそうだった。
「黒幕気取りもいいが、話したい事とはなんだ、聞こうじゃないか」
ネズミと同じく、腕を組んで偉そうだった。
普段はそれほどでもないが、犯罪者を目の前に仁王立ちをする姿は、騎士と言うよりも、雷神と言う貫禄を持ちつつある。
そんなアーレックが仁王立ちをしていても、もはや目の前の小物には通じないようだ。すでにあきらめて、あらゆる脅しが通じなくなっている。
いや、裏の皆様が口封じに来ると、恐れているのだ。本日は、その関係の話があるはずだが………
このままでは埒が明かないと、この部屋にいる地獄の鬼が、すごんだ。
「話はなんだ………こっちも暇じゃないんだがな」
地獄の鬼が、ここにいた。
アーレックが先輩と呼ぶ、凶悪犯罪専門の、地獄の鬼だった。
背の高さは、アーレックに及ばないものの、横幅は、ややレンガだった。 全てが凶悪な筋肉で構成されている。単純な力比べであれば、アーレックは敵うまい。
ねずみが、鬼じゃぁああっ――と、おびえた巨漢である。ガーネックさんを囲むように、仁王立ちをしていた。
紋章が、机の上にあった。
ガーネックさんの、裏社会の身分を示す紋章である。酒瓶とコインであしらわれた紋章の指輪と、紋章を押された、いくつかの書類だった。
裏切れば、分かっているな――という脅しもセットの、紋章だ。
ガーネックさんは、乾いた笑いを上げた。
「は、ははは………おまえらがどれだけ正義を語ろうとも、人の世界には、必ず闇がある。ヤツラは、その闇に潜むんだ――どこにでもいる、どこにでもなっ!」
突然に、すごんだ。
ガーネックさんが、本性を現したというよりも、恐怖ゆえの叫びである。誰が裏側の人間なのか、分からないのだ。
例え警備兵であっても、例外ではない。善良な仮面の裏では、裏側に関わっているかもしれないのだ。
どこにいても、裏社会の手が届く。
そんな恐怖が、ガーネックさんの神経をすり減らしているのだ。地獄の鬼がいても叫ぶほどに、追い詰めているのだ。
「オレは、オレは………知ってるんだ、あの方々と、直接………紋章を持つということは、そういうことだ。あの方々は、決して、決して………あぁぁああ、どこまで見られている、知られている、そこにいるのかっ」
ガーネックさんは、扉に向かって叫んだ。
扉の裏に、裏社会につながる人物がいるのではないか。その疑念が常にあり、ガーネックさんは、常におびえていた。
「ははは、貴様らは、オレがどこで会合をしたか、それすら知らんだろう。すぐそこだ、裏と言っても、闇に隠れていない、すぐそこにあるんだからな………」
脅しているつもりなのか、何も知らない若者への哀れみなのか、ガーネックさんは笑った。
だが、ねずみは知っていた。
「ちゅうう、ちゅうううっ?」
それは、あの倉庫のことか?――
あの会合を思い出す。
御伽噺の、魔王の幹部達の会合シーンであった。恐ろしい場所だ。裏の四天王と言うか、幹部の皆様との会合場所なのだ。
ねずみは、震える。
ねずみの姿は見られていない、見られていたとしても、ただのねずみに警戒されることはない………と、信じたい。
ガーネックさんが、ようやく気付いたように、ねずみを見た。
「ねずみか、そうだな………ねずみだ、俺たちは。こそこそと闇を這い回り、おこぼれを頂戴するねずみか………それの、どこが悪いっ」
ガーネックさんは、叫んだ。
「いいか、正義を名乗ろうと、いったいどれほどの人間がいる。金のために、情報を売り渡そうとするヤツが、一人もいないと言い張れるか、ここは、人の集まりなんだぞっ!」
当たり前のことを、さも、真実を教えるがごとく、言い放った。
うんざりするように、レンガの壁が怒鳴った。
「それがどうしたっ、そんな小物が、俺たちの前に立ちはだかれるものかっ」
怒鳴り声でないのに、どうして響くのだろう。
巨大なレンガのような胸板が、声を反響させているためだ。オペラ座であれば、間違いなく魔王役を与えられるに違いない。
地獄の鬼は、畳み掛ける。
「ドラゴンの宝石………買い手のめどが、まったく立たなかったそうじゃないか、え?」
机に手を置いて、地獄の鬼はすごむ。
どうやら、凶悪犯罪に関わる地獄の鬼は、事情にも通じているようだ。裏社会における、ガーネックさんの評価もご存知のようだ。
ガーネックは気まずそうに、身を縮める。
ねずみも、恐怖に身を縮める。
ドラゴンに関わった愚か者は、誰にも相手にされない。ドラゴンの宝石を盗むなど、ドラゴンにケンカを売っているようなものだ。
心当たりが、屋根裏の光景だった。
「ちゅ、ちゅううう~」
や、やっぱりかぁ~――
顔に手を置いて、どこかを見ていた。
目に見えないが、透明化した相棒が、そこにいるのだ。赤く輝き、ピカピカと楽しそうに空中を飛び回る、ナゾの宝石だ。
オモチャ屋の事件で出会った、ホンモノの宝石だった。
ニセモノの金銀財宝にまぎれていた、気付けば、ねずみと行動を共にするようになっていたのだが………時期的に、間違いなさそうだ。
ドラゴンの宝石のようだ。
ばれれば、大変にヤバイのだ。
いつしかお仲間も増え、100を超える団体さんが、ねずみと暮らしている。
今は、お屋敷の屋根裏部屋で、退屈をもてあましているだろう。何かをしないか、とっても不安だ。
ねずみの気持ちを知らず、取調室はヒートアップする。
「ガーネック、長生きをしたいなら………わかるな?」
吐け――と、地獄の鬼はすごんだ。
ガーネックさんが必死に叫んでいたのは、いい条件で守ってもらおう。そんな欲求かららしい。
裏社会の手が、迫ってくる。
その恐怖は常にあるのだから、話す——と、ガーネックさんは決断したのだ。本日、ねずみが呼ばれたのは、そのためなのだ。
裏社会の手から守ってもらう方法は、すでに一つだった。
「あぁ、分かっている………」
こうしてガーネックさんは、今までの悪事を白状した。




