丸太小屋メンバーの、新たな日々(上)
ドラゴンの宝石
赤く輝く、魔法の宝石の一種である。魔力を持つ人間が手にすれば、途方もない力を発揮できるという。
別名は『ドラゴンのよだれ』である。
ドラゴンのよだれが、宝石になったのではない。よだれを垂らして寝こけるほど、ドラゴンが長年、同じ場所にとどまることを意味する。もともとは川辺の石ころでも、何百年ととどまれば、影響を受けてしてしまうのだ
とある丸太小屋では、まだまだ、未来の話だ。産毛の生え残った尻尾をゆらゆらとさせて、ドラゴンちゃんがしゃがみこんでいた。
「アリさん、アリさん、どこいくの~♪」
何かを、追いかけていた。
見た目は、赤毛の幼児である。
そして、行動も幼児であった。可愛らしく、アリさんの行列を見つけて、そのあとをのんびりと眺めていた。
幼いお子様が興味を惹かれれば、他の全てを置いて、あるいは忘れて、夢中になってしまう。あぁ、お洗濯物が増える、尻尾のお手入れが大変だ。
レーゲルお姉さんが、近づいてきた。
「フレーデルちゃん、お手伝いは、ちゃんと終わったの?」
腰に手を当てて、銀色のツンツンヘアーのお姉さんが、お怒りポーズである。しかし、本気ではない、幼い子供へ、ご注意をする姉と言うしぐさである。
すっかり、お姉さんだ。
ドラゴンのお姉さんも丸太小屋においでなのだが、こちらは妹に輪をかけて、自由なお人だ。
訂正、自由なドラゴンだ。
結局、雛鳥ドラゴンちゃんをしつけるのは、いつものレーゲルお姉さんの役割に戻っているのだ。
お怒りのお姉さんの気配に、幼子ドラゴンちゃんのお尻尾が、ぴん――と、緊張に動きを止める。
恐る恐る、ふりかえる
「レーゲル姉………」
いつも見る、しぐさである。
レーゲルお姉さんは、思わず抱きしめたくなる衝動を、必死に抑える。恐る恐ると振り返った幼子ちゃんには、怒りに震えるように見えていた。
しかし、小柄な14歳の女の子と言うか、12歳のまま変化のない女の子と言うか………今は、5歳前後の幼児様である。同じしぐさであっても、攻撃力が違うのだ。
生意気な妹と言うより、可愛らしく、憎らしいお子様になっているのだ。
抱きしめないように、注意が必要だ。
「く………だまされちゃだよ、レーゲル。この子は、フレーデルなのよ。雛鳥ドラゴンちゃんが、本来の姿になっているだけなのっ」
だまされるな、だまされるな、私――と、世話好きなレーゲルお姉さんは、自分に言い聞かせていた。
あと、小さなお子様が、大好きなようだ。甘えさせてはいけないが、ぎゅっと抱きしめて、頭をナデナデしたい気持ちで、大変だ。
生意気な妹分というフレーデルが、愛らしくなったのがいけないのであった。
実のお姉さんであるドラゴンさんによるイタズラなのか、何年も行方不明だった罰であるのか………
ドラゴンにとっては、フレーデルの本来の年齢は、目の前の幼いお子様なのだろう。
実際に生きた年齢は分からないが、もしも目の前の幼児の姿の通りなら、あまり厳しく言ってはいけないのかと、教育方針に悩むお姉さん。むしろ、この数年の魔法使いの見習いの日々は、お子様にしては言いつけを守った、よい子だと評価すべきではないのか。
パタパタと、産毛の残っている尻尾を揺らしている。その姿は好奇心を抑えられない子犬のようだ。
しかも、幼くなって、可愛らしくて大変だ。 巣の中で、尻尾を抱えて丸まっている雛鳥ドラゴンちゃんなのだ。
レーゲルお姉さんは苦悩する。
一方、赤毛のロングヘアーの幼子さんは、きょとんとしていた。
産毛の生え残っている尻尾を、疑問符のはてなマークにして、フレーデルちゃんは逃げ出すタイミングを計っていた。
おっと、アリさんが逃げてしまうと、横目で集中している。まったく、ご注意をされていても、お子様は忙しいことだ。
駄犬が、現れた。
「レーゲル、なにやってるんだワン」
だてメガネをかけた、駄犬がやってきた。
気に入っているのか、おしゃれ感覚で、だてメガネをかけている。駄犬ホーネックは、苦悩しているレーゲルを見上げて、あきれ顔だ。
生活環境が変化した。そのために困惑をしているリーダーを、いったいどうしたのかと言う瞳で見つめていた。
とりあえず、伝えるべきことは、伝えよう。
駄犬ホーネックは、告げた。
「洗濯物は、どうしたんだ、ワン」
そうだったと、後ろの小川を振り返るレーゲルお姉さん。
駄犬は頼りにならない、クマの手では、いかにオットルが器用でも、洗濯物を任せられない。何より、自分達の衣服がメインである。男どもに任せられない、それが乙女心だ。
お手伝いを命じた雛鳥ドラゴンちゃんが、脱走しただけだ。
すぐに、子犬のように尻尾を揺らす後ろ姿を見つけたが、幼児のようにアリさんの後ろを追跡していて、怒る気力が消え失せていた。
改めて、お怒りを演出して、レーゲルお姉さんは命じた。
「アリさんはいいからっ、フレーデル、ほら、お洗濯の続き。お手伝いっ!」
今度こそ、負けない。
何に負けるのか、銀色のツンツンヘアーのお姉さんは、きりっとした瞳で、妹分と言うか、年のはなれた妹のような幼子に、命じた。
「はぁ~い」
しぶしぶ、お返事をした。
ぺたりと、ドラゴンの尻尾がおとなしくなる。あきらめ気分が伝わる、まさに子犬のようなフレーデルちゃんである。
そのしぐさも、幼児であれば納得できて、甘やかしそうになって大変である。さっと手を伸ばして、あきらめモードの雛鳥ドラゴンちゃんの手を引っ張る。
世話焼きのお姉さんだ。
妹分を連行している気分なのかもしれない、お手々《てて》をつないでいた。
「先が思いやられる――ワン」
やれやれ――と、駄犬ホーネックは両手?を困ったジェスチャーにして、見送っていた。
今は、朝食も終えた、ゆったりタイムだ。
それでも、のんびりもしていられない、予定は皆様しっかりとある。駄犬ホーネックは、魔術師組合の資料室と言う不思議図書館へと、本を返しに行く仕事がある。
自分の趣味が、ほとんどだ。
残るは、資料探しである。自分達は、アニマルモードになったままなのだ。魔力の補給、あるいは宝石などの補助を受けていなければ、そろそろ体力と魔力が枯渇して、命の危機と言う時期である。
偶然であるが、幸いだった。
知らぬ間に、フレーデルの魔力の影響を受けていたのだ。
ドラゴンの宝石どころか、ドラゴンがここにいるのだ。おかげで時間の不安はないものの、いつまでもこのままと言うわけにもいかない。
夏休み気分だが、ずっと夏休みをしていられないのだ。そのため、手がかりがないか、情報系魔法を様々に調べていた。
「動物に意識を移して操る………というより、意識を移す、憑依系統の魔法なのかもしれないワン………いや、ここは目線を変えて――」
ぶつぶつと、学者気分で独り言の駄犬ホーネック。
街中では、間違えてもこの独り言は抑えていただきたい。都市伝説は、すでに十分なのだ。
下水に赤く光る幽霊が出る、しゃべる犬さんがいる、そして、騎士を教育するねずみがいるなど、本当に次から次へと、新たな都市伝説は生まれるのだ。
定着しているのは、下水のワニに、幽霊の噂である。
夜空を歩き回る老婆の幽霊の噂は、恐怖と言うか、なんと言うか………
あと、不思議な小屋の、動物日記という、不思議な噂もある。クマさんが家事をしているというのだ。
クマさんが、楽しそうだった。




