表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/205

ねずみと、アーレックと、騎士様のご家族


 スタスタと、ねずみは光へ向かって歩く。


 ここは壁の裏、ホコリにまみれ、もしかして、我が隣人Gと挨拶を交わすかもしれない、人の住まいにあって、人の領域ではない場所である。


 ふと、木漏れ日が、まぶたを差した。


 もう、夏も本格的になってきた。それでも、暑さと無縁であるのは、風通しもよく、そして地面に近いための、冷たい風のおかげだろう。

 ねずみは、入り口に差し掛かる。


「ちゅぅ~………」


 ぬんっ――


 魔力を少し集中する。

 本来は、長い呪文と集中によって達成される儀式であるが、ねずみは、ほんの少しの集中ですむ。ちょっとした、掛け声感覚だ。


 うっすらと、ねずみの体が光る

 頭上の宝石さんも、うっすらと光る。タイミングは、ばっちりだ。


「ちゅぅ~………」


 ふぅ~………


 ぱさぱさと、ねずみはハラを叩く。

 四足歩行のねずみでは、ホコリやクモの巣がつくものである。魔法のおかげで、石鹸で洗ったあとよりも、清潔だ。


 魔法は、すごいのだ。


 この清潔さは、ご家族にも伝わっている。主のご一家と、テーブルの上で食事を取ることが許されるほどだ。


 忙しい朝の時間など、別々に食事を取ることも多い。それでも、顔を見れば、朝のご挨拶をする間柄だ。


 ねずみは、鳴いた。


「ちゅぅうう~」


 ごきげんよう――


 光あふれる世界へと、顔を出した。

 四足歩行ではない、紳士として背筋を伸ばし、堂々と姿を現した。かつて、ここは机が放り投げられ、ねずみの通り道となった。

 出会いの、名残りだ。


 ねずみVS淑女達


 あぁ、思い出しただけで、恐怖で体が震える。女性の怒りを買ったならば、どうなるか。恐怖のシーンは、昨日のように思い出されて、ふるえが止まらないのだ。


 今では改築されている。 まるで、ドールハウスの入り口のような、屋根つき玄関だ。

 三角形の屋根があり、小さな柱と、少しの階段がある。騎士様のお屋敷の入り口と、同じようなつくりだ。


 玄関から足を踏み出すと、巨人の国に迷い込んだ気分だ。

 入り口のサイズからして、そう感じてしまって、面白い。あるいは、ドラゴンの神殿に足を踏み入れた、人間であろうか。


 ねずみは、鳴いた。


「ちゅう、ちゅう、ちゅううぅ」


 やぁ、やぁ、おはようございます――


 姿を現し、屋根の下から、周りを見渡す。偶然、料理をおいてくれる場面であれば、向こうも挨拶を交わしてくれる。

 

 紳士たるもの、挨拶はするべきなのだ。

 だれもいないと分かっていても、お屋敷にご厄介になっている身の上では、礼を失してはならない。

 ねずみは、紳士なのだ。


 気取って、鳴いた。


「ちゅうぅ、ちゅうう」


 やれやれ、忙しいようだ――


 優雅に、腰掛けた。

 目の前には、お庭で開かれるガーデン・パーティーのようなセットがあった。

 印象としてはそれで、小皿に料理が盛られている。ご家族のために作った料理の、あまりものだ。


 かつては分量を考えず、山積みだった。今は、ねずみサイズの小さな小皿の上に、程よい分量だ。


「ちゅうう、ちゅうう、ちゅううう――」


 これはこれは、朝から豪勢だな――


 テーブルセットが、見事だった。

 ねずみサイズと言うか、机の上には、しっかりとテーブルクロスまである。 いや、ねずみサイズと言うには、それでもやや大きいが………


 この入り口と同じく、ドールハウスのセットであった。


 女の子が二人いるのだ。オモチャとして、ドールハウスや、追加のティーセットなども、買い与えているようだ。

 ねずみのために、ドールハウス専用の食器一式を購入したのかもしれない。あるいは、すでにお持ちのセットから分け与えてくれたのかもしれない。


 紳士を気取って、鳴いた。


「ちゅう、ちゅううう」


 では、いただこう――


 ねずみは、優雅なしぐさで、ティーカップを持ち上げる。

 小さな器である、すっかりと冷えてしまっているが、問題ない。すでに湯気が立ち上っている、後ろの宝石の人も、満足げだ。


 瞬時に、熱を発生させ、飲み頃の温度にしたのだ。この光景を誰かが、特に大人たちが目にしていれば、驚いたに違いない。


 いや、それとも、小さな湯気では、気付かないだろうか。ねずみは得意げに、あたたかな紅茶を口にする。


 メニューは、野菜のスープに、パンに、スクランブル・エッグだ。


 優雅なる、朝のひと時、本日の予定をおさらいしつつ、少しあわただしい足音を背景に、スープの味を楽しむ。


 トーストは、カリカリとした歯ざわりが楽しく、バターの風味が、心をくすぐる。

 ねずみは、お屋敷の人々が、朝のお出かけの準備に忙しい時間帯、のんびりとした朝食を取っていた。


 今くらい、いいではないか。

 ねずみは、少しの申し訳なさと、優雅な時間を過ごしている、優越感を同時に味わう。これから、大変なのだ。


 ドラゴンの宝石が、悩みだ。


 いや、ネズリー・チューターと言う魔法使いの少年も、気がかりだ。

 生前の己である。そう思っていたからこそ、ねずみはのんびりと構えていた。ねずみ生活を満喫する、それは、開き直ったからこその決断だった。


 実は、眠り続けているだけ、ねずみの夢を見ているだけであれば………

 人間に、戻るべきなのか。


 いや、そうだろう。意識を動物に移して、そのことを忘れたという大失敗は、それは失敗の経験として生かされる。危険性があれば、次の予防措置につながる。


 口直しに、紅茶を一口すすって、ねずみは天井を見上げる。


「ちゅうう、ちゅうう」


 おい、どうした?――


 天井の代わりに、赤い宝石の姿がある。

 相棒の宝石は、お屋敷のご家族と出会う――というか、天井裏や下水を移動する以外では、姿を隠してもらっている。ねずみが願わなくとも、最近では姿を隠してくれるのだ。


 珍しく、姿を現していた。


 ねずみが気を許して、優雅に食事をしている。そのために、安全だと判断したのかもしれない。ねずみの精神を反映しているのなら、ねずみの油断である。判断する材料はなく、ねずみにとっては、力を貸してくれる、頼もしい相棒なのだ。


 たまに、やらかすだけだ。


 そういえば、盗賊らしき四人組みとの対決でも、堂々と輝いていた。 目立つように、わざと、アーレックたちの目に触れるように………


 巨大な足が、気付けば目の前だ。


「我が友よ、優雅な朝の時間を邪魔して悪いが………」


 見上げる巨体が、目の前にあった。


 190センチに届こうという背の高さは、頼りがいのある、筋肉のオマケつきだ。癖のある金髪は短く、天に向かってうごめいている。

 雷神と言う印象が、もっとも強い。


 チキンな野郎だと思ったこともあるが、それは、ねずみが苦手で、恋人のベーゼルお嬢様に頭が上がらず、恋人様の父親を恐れている姿を見たおかげだ。


 公僕として、騎士としてのアーレックは、立派な若者なのだ。


 ねずみとともに、いくつか事件を解決した。カーネナイ事件に始まり、黒幕であるガーネックを捕縛するためには、共同で戦った。

 ドラゴン宝石を盗んだだろう、四人組との対決だ。


 そう、その対決の最中、赤い宝石の輝きで――


「ところで、その宝石………」


 ゆっくりと、巨体が指をさした。

 ねずみは、ちょうど食事を終わり、優雅な、食後のお茶を楽しんでいたのだ。魔法によって、いつでも程よい温度である。

 野生のねずみであれば、このような優雅な食事マナーを知るわけは無い。むしろ、熱いお茶は、苦手とするだろう。


 ティーカップを静かに置くと、ねずみは手を足元で組んで、アーレックを見上げた。


「ちゅう、ちゅううう?」


 それで、なにか用かね?――


 紳士を、気取っていた。


 優雅なる朝食を終えた、名残りである。

 いつもは、無害なるねずみを演じることもあるというのに、どう見ても、紳士を気取る、ねずみである。


 ねずみでは、ありえない。

 それは、すでにアーレックは認識していたものの………


「いや、考えすぎだ、オレは何も見ていない」


 アーレックは、今度は手のひらを目の前へとかざして、なにも見なかったアピールをしていた。

 ねずみとしても、それは都合がいい。ネズリー少年へ戻るべきなのか、そして、ドラゴンの宝石の大群をどうするべきなのか。


 考えることが、とても大きい。その上、アーレックに正体がばれるという事態は、避けたいのだ。


 今までの生活が、消える恐れが、あるのだ。

 ドラゴンの宝石と、自らの将来に悩む今、これ以上の問題は許してもらいたい。


 アーレックの対応に、感謝である。


「ちゅう、ちゅうう」


 まぁ、いいさ――


 足元で手を組んだまま、ねずみは、優雅に鳴いた。


「ちゅうう、ちゅう、ちゅうううう?」


 話は、他にあるのだろう?――


 静かにアーレックを見上げたまま、ねずみは、やさしく続きを促した。いったいどこで覚えたのだろうか、紳士が若者へ問いかける姿である。


 さぁ、話してみたまえ――と


 アーレックは、やや間をおいてしまった。


「あ、あぁ、それで用件だが………ガーネックの件だ」


 まとう空気が、公僕のものになっていた。

 ガーネクの名前を出したことで、アーレックは少し、調子を取り戻したようだ。

 子供もいるお屋敷である。ここでは詳しく話せないと、ねずみにも通じた。

 

「話し合いがしたい、また、執事の入るところへ………午後一だ」


 ねずみは、了解の返事をした


 ちゅ~――と



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ