表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/205

ねずみと、悪夢と、ネズリー少年


 カリカリカリカリカリ――


 天井裏の広大な空間に、不気味な音が、こだまする。

 ねずみが硬いものをかじる音だった。夜中であれば不気味で、足元の書斎しょさいに人がいれば、大変に不安に思わせるだろう。

 夜ともなれば無人で、それでも、ねずみは時間帯に気をつける。


 今は、朝だ。

 銀貨をかじって、前歯のお手入れの時間である。


 それにしては、少し乱暴だ。固いものをかじるのは、ねずみのストレス解消にもなるなのだ。

 悪夢が、理由だ。


「ちゅ、ちゅぅうううう~………」


 こ、こわかったぁ~………――


 ねずみは銀貨を見下ろすと、ぞくりと震えた。人間であれば、冷や汗でぐっしょりと言うところだろう。夏も暑い季節であっても、寒さに震えるのだ。


 ミイラ様が、夢に出たのだ。


「ちゅう、ちゅううう、ちゅううううっ」


 い、いったい、どうして――


 夢に登場した場所は、お久しぶりの、ネズリー時代のボロボロのお部屋であった。さもしいながらも、心は豊かであろうという、涙ぐましい努力の要塞だ。


 隙間風すきまかぜを防ぐために、雑誌の風景画や静物画をぺたぺたと貼り付けた。それはもう、絵画を壁に飾るがごとく工夫をしたのだ。

 貧しさに、拍車をかけた。


 優雅なる午後のお茶のために、奮発して、色合いが悲しくなったティーセットを購入。飲み口の損傷など、気をつければ問題ない。白い下地に、上品な花柄はとても優美であった。お茶の葉も気の毒に、二度、三度と抽出され、さらに乾燥して、もう一度か、二度ほどはお湯にさらされる運命なのだ。


 魔術師組合から支給される手当ては、貧乏学生を宿命付ける。小遣い稼ぎのお手伝いでは、とてもまかないきれない。

 お手伝いの機会が、毎日あるわけでもない、おかげで貧乏学生は、貧乏なのだ。


 それでも、学ぶ機会が与えられて、手当てを支給されるだけ、ありがたいと分かる良識はあった。


 懐が、寒いだけだ。

 そんなネズリー少年の日々を思い出すのも、久しくなかった今日この頃だったのに………

 ねずみは、身を震わせた。


「ちゅうううう、ちゅううううう~」


 おそろしやぁ、おそろしやぁ~――


 ミイラ様が、夢に出たのだ。

 夜も夜中、月明かりが窓辺からわが身を照らす時間帯、ぬっと現れたのは、大妖怪様だった。御年おんとしは、200の大台おおだいに杖を突いているだろうミイラ様は、ミイラと呼ぶにふさわしい、ガリガリの、シワシワのお姿なのだ。


 もしや、肉体はすでに滅びているのではないか。そして、ミイラとなって復活しているのではないか。

 そのような冗談が、ありえる大魔法使い様なのだ。


 むしろ、ミイラ様なのだ。


 そんなお顔が、アップで夢に出たのだった。眠る自分を、じっとのぞき込むような恐怖だった。


『――はぁ~、なるほどなぁ、レーゲルが言ったとおり、以前のネズリーより、はるかに力があふれて………ったく、予兆はもっと前からあったろうなぁ~――』


 大きなフードに、顔の半分を隠されたミイラ様だ。アップでなど見たくはない、悪夢に出る光景だ。

 せめて、昼にお出まし願いたい、いいや、それはそれで、恐ろしいに違いない。杖を突いて歩く音、その音だけで、恐怖を思い出すのだ。


 教えは厳しいと言うか、恐怖だったのだ


 ただし、その程度でくじけるようなら、魔法使いをこころざしはしない。いずれは、最強の存在といわれるドラゴンの神殿へと向かうのだ。人々が災いと呼び、恐れる存在を前に、日々を過ごし、災いを日常とする日々が、そこにあるのだ。


 魔女のもたらす恐怖など、子供の遊びだ。

 そのように強がらねば、やってられない、試練の日々は、懐かしく――


「ちゅ、ちゅうう、ちゅううう、ちゅうううう」


 ねずみは、震えた。


 おかしい、今朝も朝から暑いというのに、夏風でも引いたのだろうか。獣医さんのお世話になるには、あまりに小さな体が震える。

 そもそも、小さなねずみに夏風などあるのだろうか………ねずみ生活を始めて、一ヶ月を超えただろう、日記をつけていないので、分からない。


 宝石が、近づいてきた。


「ちゅう、ちゅううう、ちゅう?」


 なんだ、おまえも悪い夢をみたのか?――


 ありえないと思いつつも、ねずみが見た悪夢を、宝石もまた見てしまったという可能性はあった。

 魔法に、意識を乗せる術もあるのだ。

 遠くへと『声』を届ける魔法が有名だ。優れた術者は、となりの国の魔術師と会話をすることが出来るという。


 宮廷魔術師が、重宝される理由の一つだ。


 防衛の切り札として、魔術師達を従える存在としても、そして、通常なら不可能な、となりの国との、魔法を用いた対話など………

 早馬で一週間と言う距離を無視して、隣に座っている友人に話しかけるように、隣の国の国王と対話することが出来るのだ。


 魔法の水晶であったり、鏡であったり、水鏡であったりと、魔術師の好みと使い道によって多種多様であると聞く。

 ほかには、他人に意識を移して対話させる術もある。


 もちろん、動物に意識を移して――


「ちゅう、ちゅうう」


 そ、そんなバカな――


 そう思いながらも、ねずみは思い出した。ネズリー・チューターと言う、十七歳の若造の愚かしさを。

 生前の、自分の姿だ。

 大げさに魔法の本を掲げて、自らに酔いしれていた。自分は酔いしれているからいいが、他人が見たら、どのように思うだろうか。


 ねずみは、もだえた。


「ちゅ、ちゅう、ちゅ、ちゅううううっ」


 や、やめてくれ、み、見ないでくれぇ~――


 ねずみは、ニセガネの銀貨を抱きしめて、ごろごろと転がり、もだえ苦しんだ。あれが、かつての自分かと思うと、身もだえをして、のた打ち回る。


 魔法の力を扱う。

 それだけで、うらやみを受ける、尊敬を受けるものだ。だれもが持つ才能ではない、持たざるものからすれば、羽ペンを浮かべる程度の初級魔法でも、立派な魔法なのだ。


 そして、それはスタート地点だ。

 古い魔法の本の中から、自らが興味を持つ、あるいは再現が出来る魔法を選び取り、再現する。


 そうして、我が物とする。


 膨大なる実験と経験、さらに数え切れない失敗と犠牲の上に、新たな魔法が構築されるという。

 その集大成が、魔法の本である。

 ネズリー少年が、夢の中で掲げていた本である


 では、中身は?

 実験した、内容は?


「ちゅう、ちゅちゅ、ちゅううううううっ」


 あ、あれはまさ、まさかぁあああああっ――


 ねずみは、もだえるのも忘れ、今度は頭を抱えた。

 忙しいことだ、生前の己だと思っていた姿は、もしかして………

 思い出したことは、きっかけ一つで、次々と思い出される。魔法使いの見習い、ネズリー少年は亡くなってしまった。

 死んで、ねずみに生まれ変わった。


 ねずみ生活、始めました――


 そう思っていたネズリーであるが、実は違うのではないか。光っていた魔法陣の中に、一体何がいたのか、ちょうど、心当たりがある。


 ねずみである。


「ちゅ、ちゅうう、ちゅううう、ちゅううううううっ」


 ま、まさか、まさか、まさかぁあああっ――


 頭を抱えて、起き上がる。

 うなだれて、つんのめる。


 相棒の宝石が、気付けば目の前でねずみをのぞき込んできた。ねずみが横目で見つめると、こちらを見つめ返す己の、ねずみの姿が映る。


 おい、大丈夫か――


 宝石さんが首をかしげて、こちらを見つめている。そんな印象を受ける、実際には、宝石がねずみに近づいただけだ。声をかけられたことは一度もなく、ねずみの勝手な解釈なのだが………


 すでに、ねずみの人格を投影しているようにも見える。そもそも、何者かの影響を、最初から受けた宝石の可能性もある。

 ワラワラと、宝石の皆さんも輝きだす。


 いったい、どうした、どうした――


 屋根裏部屋が、ちょっとまぶしい。ねずみは、おかげで悩みが軽くなった。もっと大きな悩みが、目の前に広がっているからだ。


「ちゅううう、ちゅううううぅ………」


 こいつらも、何とかしないとなぁ………――


 おかしな四人組が、隠し持っていた宝石である。まともな連中には見えない、アーレックを超える巨漢な乙女に、ゴキ○リのように壁を這い回る、ぼろ布をまとった男に、手下てしたらしき男。

 そして、荷物を背負った、煙幕か何かを投げた男。


 盗賊だ。


 怪盗………と言うには、変人だ。

 マヌケな四人組なのかもしれない、ともかくも、ネズリーが大立ち回りをしたあの日、宝石の皆様が、ねずみの後ろに行列を組んで、ついてきたのだ。


 盗賊と、宝石。


 では、盗まれたものではないのか。

 どこから?

 赤く輝く、魔法の宝石など、それが大量に存在する場所など、心当たりがひとつしかない。ドラゴンの神殿である。


 ドラゴンである。


「ちゅううう~………」


 たいへんだぁ~――


 頭を、抱えた。

 もはや、自分がどのような状況なのか、眠ったままなのか、魔法実験の失敗ではないのか。これからどうなるのか………


 そんなネズリーの疑問は、些細ささいなことだ。

 ドラゴンの宝石が、目の前に輝いているのだから。

 それも、たくさん、本当に、たくさん………


「ちゅうううううううう………」


 たいへんだぁああああ――


 ねずみの苦悩が、夏の日差しにこだました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ