不思議なメイドさんと、ドラゴンのお姉さん
すたすたと、メイドさんが道を歩く。
それだけならば、珍しくはない。この都市には領主様を筆頭に、貴族の地位を持つ人々がいらっしゃる。ほかにも裕福な商人の方々に、名のある古い家の持ち主の皆様などは、メイドさんの助けがないと生活できないのだ。
一般の人々には想像もできない、優雅なる世界なのだ。
人気のない裏路地へと進んでも、メイドさんは優雅なのだ。
あまりの場違いに、違和感は即座に危険信号になるだろう。メイドさんは、ため息をつきながら振り向いた。
「なんで付いてくるんですかぁ~………ボク、ただのメイドさんですけどぉ~」
後ろを歩く気配を感じ取り、わざわざ、人通りの少ない裏路地へとご案内したようだ。
これが、おサイフ目当てのチンピラなら、終わりだ。
どちらが―—というあたりは、身をもって知るだろう。 勘のいい犯罪者の方なら、あきらめるはずだ。
ヤバイ――と
あきらめない人は、不運を味わうのだ。このメイドさんは、冥途へとご案内できる、メイドさんなのだ。
だが――
「う~ん、楽しそうな匂いがしたからさぁ~………ゴメンね?お使いの途中だった?」
ドラゴン姉さんが、現れた。
見た目は、どこにでもいるお姉さんだ。むしろ、メイド服のお姉さんのほうが貴重である。
冥途へとご案内できるメイドさんは、危険である。
「はぁ~………、お姉さん、興味を持つお年頃だろうけど、いけないよ。人には、踏み込んじゃ――」
言葉にしながら、メイドさんは違和感を覚えた。
人には、踏み込んじゃいけない領域がある――そう言って、警告しようと思っていたのだ。
冷汗が、ほほを伝っていた。
忠告のセリフを口にしかけて、直感が教えていた。
まだ大人ではないが、子供でもないための暴走は、とても危険な命の遊び。そのまま裏社会へデビューしてしまう冒険者もいるものだ。
だが、怖いもの見たさの女の子が相手の場合は、少し脅して、平和な世界へと返してあげるのが優しさなのだ。
間違いだと、メイドさんは言葉にしながら気付いていた。
「優しいメイドさんなんだ~………ありがとうね~、人には踏み込んじゃいけない領域がある。うん、ちゃぁ~んと知ってるよ。だから、ちょっと踏み込んで質問してもいいでしょ、私、《《人じゃない》》からさぁ~」
頭で腕を組みながら、軽薄な印象さえある赤毛のロングヘアーが、歩いてくる。これが、どこかの喫茶店や公園での会話なら、年頃の近い女の子同士の会話である。
ここは、裏路地である。
あえて、人気のない場所へと誘い込んだ、警告のための場所である。
警告される立場が、逆転した緊張感が立ち込める。
「………獣人に見えないし、同属でもない………やっぱり――」
分かっているときほど、否定したい気持ちが前へと出る。
同時に、間違いではないと確信するための儀式である。絶対に間違えてはいけない出来事を前にした、確定させるための質問である。
ドラゴンが、目の前にいると。
人々が、古くから恐れる対象として、神々としてあがめる土地も少なくない。強大な存在を恐れ、あがめるという意味で、ドラゴンと言う種族は、神の一種と言い換えてもいい。
故に、本能で恐怖し、ひれ伏すか、逃げる。そういった存在に立ち向かう者は、勇気の持ち主でなく、狂気の沙汰なのだ。
自分達の、過去の仲間達が、そうなのだ。
仲間の一人が、現れた。
「おまえが、俺の気配に気付かないとは………いや、気持ちは分かる………」
死に神です――
そんな印象の執事さんが、現れた。
両手に買い物袋を掲げて、現れた。
背中にも、リュックサックに食料が詰め込まれている。新鮮な野菜が顔をのぞかせて、パーティーの準備にでも、借り出されているようだ。
あるいは、大家族なのか………
「………レーバス、あんたって、そんな愉快な柄じゃないでしょ………」
「おまえも、もっと気楽なヤツだったはずだ………」
相憐れむと言うか、執事さんとメイドさんが、互いの変わりように軽口を言い合っていた。どちらも、やや緊張しているのが分かる。
普段は、どちらも感情を読み取らせない、それほどの達人だが………
元凶が、口を開いた。
「あんたたち、仲良し?私、どっかで暇をつぶしてこようか?」
何気ない、気遣いであった。
それなのに、気を使っていただいたメイドさんと執事さんは、互いに顔を見合わせて、とっても微妙な顔となる。
疲れが、どっと表れてなお、疲れを見せてはいけない。そんな、雇われた人々のお疲れの笑みを浮かべていたのだ。
同胞が過去、ドラゴンにケンカを売った。そのあとの大騒ぎを、知っているわけだ。
「いやいや、覚悟を決めてるっぽいけど、本当に好奇心だから。楽しそうなニオイがしたから、ちょっと話だけでも聞きたいだけだから………ほんとだよ、ちょっとじゃれ付いてみたいって気持ちがあっても、我慢するよ?」
緊張したのは、無駄ではなかったようだ。返答を少しでも誤れば、ここには怪物が大暴れしたという惨状が広がっていただろう。
あそぼう――
その感覚で、最強の怪物が、大暴れするのだ。子犬がじゃれ付くように、ドラゴンと言う怪物が尻尾をしならせ、腕を振るい、踏み潰す。
哀れに、好奇心が旺盛な子犬にじゃれ付かれたオモチャのように。
あるいは、子猫にじゃれ付かれた、トカゲか………
死なないようにいたぶられて、飽きたら捨てられる。興味を失ってくれれば幸いと思うべきかもしれない、里は、そうして救われたのだ。
プライドを大切に、死力を尽くした戦いは、若いドラゴンの遊び相手としては、とても楽しい時間なのだから。
「大丈夫だって、私はあんたたちと遊んだ悪ガキとは別口………別種?まぁ、隣村って関係あたり?」
どこまでも無警戒で、自然体。
それは、最強の種族だから許される、余裕であった。メイドさんは、悔しいと思うゆとりもなく、ただただ、気まぐれを起こされないように見極める。
それが、この街を守ることにもなる。
メイドさんは、ドラゴン様の怒りを買わないように、なによりも、興味を惹かれないように、丁寧に対応をすることに決めた。
お姉さんは、気にせずに話を続けた。
「うちの執事君も、本気の一撃はおもしろかったぁ~、我がこぶしは――だっけ?ちょっとだけ、本気で受け止めちゃったもんなぁ~」
「あんた、なにやってんの………」
「すまん、逃げるには、死力を尽くさねばと………」
「で、再就職先になったわけね」
「森の小屋だ、神殿の大魔女もオマケにいる」
「うわぁ~………新しく神殿でも作るつもりかな、ここ、人間の領域………って、あぁ、ドラゴンの宝石?ひょっとして、縄張りの変更でもある?」
町の運命は、この会合にかかっている。
同胞を前にしたメイドさんは、そんな気分を味わっていた。そして、それは大げさではなく、ドラゴン様の気分一つで、どうとでもなるのだ。
そのために、神殿が作られたのだ。人との交流のための、細い糸として、数千年は維持されている。
新たな神殿が、生まれるのか。
可能性がないわけでもないので、ドラゴンのお姉さんは、ちょっと悩んだ。
「う~ん………親たちがうるさいからなぁ~、それはないと思うけど、神殿って言うより、別荘?ロッジって、そういう意味あったっけ??」
丸太小屋は、丸太小屋である。
別荘として、夏に涼みに来るための施設であれば、呼び名は自由である。それこそ、ドラゴンの気ままに任せるしかないのだから。
「あと、ドラゴンの宝石………だっけ、石ころが大騒ぎを呼んでるって思ってるみたいだけど、石ころが大事なのは、人間側の理由が大きいから。わざわざ、取り戻しに暴れないから、そこは安心して………私はね、本当に遊びに来ただけだから」
まったく、安心できない。
メイドさんと執事さんは、そろってドラゴンのお姉さんの顔を見て、そして、改めて互いの顔を見つめる。
考えていることは、同じようだった。
遊びに来るだけだ。
お誘いが、待っていた。
「私と遊びたいなら、森においでよ。神殿?じゃないけど、今の住まい。あ、そうそう、妹もいるから」
ベランナお姉さんは言い終わると、そのままスタスタと立ち去っていく。
スレンダーメイドさんの顔見知りの執事さんも、言葉を交わすことなく、そのあとを追う。
残されたのは、メイドさんが、ポツリと一人。
「………ははは、ドラゴンめ、見透かしてるのか、本当に遊んでいるだけなのか………領主様に報告することが、また増えたよ………メイドは無敵なんかじゃ、ないってのに………」
どっと疲れて、うなだれていた。




