裏社会の皆様と、不思議なメイドさん
さらさらと、夏の太陽をものともしないロングヘアーが、風になびく。炎天下であって、その猛暑を感じさせないほど、涼やかにたたずんでいた。
メイドさんが、現れた。
「やっほぉ~、こわぁ~い皆さん、こんにちは~」
ふざけたご挨拶で、やってきた。
倉庫の前に、やってきた。
怖いお兄さんが、地獄の門番のように仁王立ちをしているのだが、まったく気にしない、明るいご挨拶をしていたのだ。
「裏社会の中心で………あんたくらいだよ、そんなに明るいの」
「いやぁ、ほめられた~、でも、だめだよ。ボクは身持ちが硬いほうなんだから」
ほめ言葉ではないだろうし、言葉通りに受け取ってはいけないのだろう。メイドさんは、門番のお兄さんに挨拶をしていた。
このスレンダーメイドさんの度胸が据わっているのか、想像力がお花畑に欠如しているのか、それとも………
挨拶を済ませると、メイドさんはスタスタと、奥へと進んでいった。
ここは、倉庫が連なる地域の一つである。
真実は、裏社会の皆様の、中心地である。
古びた建物が多く、町で過ごす皆様には、この場所の存在すら知らないだろう。日常のお買い物は商店街であり、ちょっと遠出をするときには、小船か馬車の旅路である。わざわざ、古びた倉庫外へと足を向ける人は、多くない。
職人の皆様も、それぞれの居場所があり、ここは、そうした色々から外れた中心街だった。
「兄貴、アイツが、例の………」
「しっ、余計な詮索をするな。まだ、死にたくなければな………」
「差し入れと言われて、死をお届けするメイドさん………噂は、本当――」
「黙れと――」
「ん~、続けて、続けて~、その人、新入りさんでしょ?」
メイドさんが、戻ってきた。
余計なことを言いやがって――そんな気分を通り越して、恐怖を抱いたお兄さん達は、ちょっと緊張気味だ。
「す、すまん。新入りなもんで、興味があるわけだ」
「あはは~、ボクって、そんなに魅力的なのぉ~?でも、さっきも言ったけど、身持ちが硬いんだ~、ごめんねぇ~――と、いっけなぁ~い………お使いの途中だった~」
返事を待つことなく、今度こそメイドさんは立ち去った。
残されたこわ~い門番のお兄さん達は、地面に座り込むのだった。命拾いした――と、ドキドキだった。
そして、メイドさんは――
「やっほぉ~、お使いを頼まれた、メイドさんでぇ~す」
能天気に聞こえる、メイドさんのご挨拶がこだまする。
広いお部屋だ、数えるほどの人間しか立ち入れない、とっても広く、不気味なお部屋だ。
それなのに、まったく気にしない声が響き………
不気味だった。
「領主様を困らせない限り、みんなの命は保障するから、気を楽にしてねぇ~――って、硬いなぁ~………」
メイドさんは、腰に手を当てて、お怒りをアピールする。
おふざけである。
扉をくぐった先でも、スレンダーボディーのメイドさんは、明るかった。
細やかな木彫りに、金細工までしつらえた扉だった。それは豪華と言うか、派手な豪奢なつくりの扉の向こうは、恐怖の世界だったのだが………
「ほっ、ほっ、ほっ………傭兵の里の生き残りが、ずいぶんと明るい子に育ったものよ」
「ふむ………しかし、領主様もいいメイドを手に入れたものだ。人間で勝てるものはおらず、故に古代は切り札として、ドラゴンにケンカを売ろうとしたのも、そのためか」
「まぁ~、こんどの用件もそれでしょう。我らが関わりがあるのか、または――」
「――行方を知っていないだろうか。領主様としては、我らのささやかな遊びよりも、重要だからな」
気のいいご老人が、孫の成長を見るような目をしている。のんびりとした青年がインテリぶっていた。
年甲斐もなく、子供っぽい言葉遣いのおじ様に、老人と言う年齢に差し掛かった人物が、議会の進行役らしい。
四人の幹部様は、メイドさんとは気軽な関係のようだ。
「うん、だから、てきと~な距離を保って、仲良くやってるわけだしね?光があれば、闇がある。なら、その闇も一緒に支配してこその、支配者だもんね~」
メイドさんは、どこまでも、明るかった。
ガーネックさんがこの会合を目にすれば、恐れ、おののいたはずだ。とくに、メイドさんを恐れるだろう。裏の幹部の皆様すら、恐れる様子がないのだ。その気になれば、メイドさん一人で、全てを………
何より、その背後の存在が、恐怖だった。
「ほっ、ほっ、ほ………あまり、いじめないでおくれ。我らなぞ、領主様の手にかかれば、そこらの商会程度のものなのだ」
「そして、領主様の庇護を受ける、か弱い民であることもお忘れなく。もちろん、相応の協力も惜しみませんよ」
「まぁ~………今後とも、長くお付き合いをってことで、お手柔らかに」
「はぐれるものは、いつの時代でも生まれますゆえ、窃盗に関わった者、オークションにかけようとした者がいる程度」
裏の幹部の皆様は、にこやかに井戸端会議をしていた。
お願いと言う印象すら、あった。
結局、オークションを開かず、また、宝石は行方不明。おそらく、持ち込んだ者達が、売れぬと判断して、持ち出したのだろうと………ここまでは、すでに報告済みだった。
お願いだから、本気を出さないでくれと。
そんな願いが届いているのか、メイドさんは、天井を見上げていた。
「………あぁ、ガーネックだっけ?腰がとっても低いおじさん。主様のパーティーに参加したいってプレゼントを持ってきたことがあって………門前払いだったな~」
どこまでも、本音が分からない、ロングヘアーのメイドさんである。にこやかな幹部の皆様も、もちろん本音が分からない。
恐怖の、劇場。
それでも、一つだけ共通している、願いがある。
ドラゴンの、案件である。
ご老人幹部が、まとめに入った。
「ほっ、ほっ、ほっ………ドラゴン様の宝石に関わっている者は、おらぬということよ」
「うむ、唯一つの手がかりは、件の四人組。しかしながら、いつまでもこの都市にいるものでしょうか。陸に水に、すでに逃げ出していても不思議はありません」
「まぁ~ね、この都市では、もうムリだろうね」
「先日の、野外劇場を壊滅させた騒動。あの騒ぎにまぎれて、おそらくは………」
幹部の皆様の意見を聞いて、メイドさんはうなずく。
腕を組んで、どこかえらそうで、可愛らしく………
恐ろしかった。
「だよねぇ~………とりあえず、巻き添えで滅ぶのはお互いにゴメンこうむりたいわけだから、交流会は、しっかりやっていこうね」
メイドさんは、微笑んだ。




