ねずみと、募る予感
ねずみは、ため息をついた。
「ちゅぅ~………ちゅう、ちゅうう」
ふぅ~、やれやれだ――
手には、銀色の円盤がしっかりと握られている。人間にとってはコインであり、しかも、一般の暮らしをする方々には、ありがたい銀貨様だ。
狼銀貨とも言われる。
ただし、削れていた。
カリカリカリカリカリ――
ねずみは、気分転換に銀貨をかじっていた。
騎士様のお屋敷では、たまに見かける光景であった。
しかし、一般の方々が外でこの光景を目にしたなら、卒倒するか、殺意を覚える光景であろう。
冷静に考えれば、ねずみの前歯で銀貨が削れるわけがないと分かるものだが、冷静になれと言うほうが、酷である。
狼銀貨は、すでに情けない姿をさらしていた。
ニセガネの、銀貨である。
かじりつつ、ねずみはつぶやく。
「ちゅうぅう、ちゅう………」
あれは夢、夢だ………――
ねずみは、自らの城である、屋根裏部屋に戻っていた。
そして、気分転換にニセガネの銀貨をかじっていたのだ。
勝利のカリカリベーコンの余韻と、それを吹っ飛ばした裏社会の報復の予感から、逃げていたのだ。
伸び続ける前歯を削らねば、ねずみは死んでしまう。
ねずみ系統のペットをお世話する人々には、そのために『かじり石』や『かじり木』を購入しておきたい。
必須のアイテムだが、その他の役割もある。
硬いものをかじることは、ねずみのような生き物にとってはストレス発散になるという。
ねずみも、落ち着いてきたようだ。
「ちゅ~、ちゅう、ちゅうう?」
これから、どうしよう?――
ニセガネの銀貨を手に、どこかを見つめていた。
何か、考えがあるわけではない。裏社会を敵に回したかもしれないという、不安でいっぱいだった。
それに――
カリカリカリカリカリ――
ねずみは、無心で、銀貨をかじった。
目の前に、暗殺者の方々が現れる可能性も、ないとも言えないのだ。
まさか、ねずみ一匹を始末するために、暗殺者が送られることなど、ありえるものか。
そもそも、ねずみの区別など、人間に出来るのだろうか。
――できるのだ。
ねずみは、そんな力に心当たりがあるのだ。と言うか、お世話になっているのだ。自分も扱っているというか………
魔法である。
そう、魔法を侮ってはならない。
裏社会に、魔術師組合に所属していない、あるいは追放された魔法使いが、いないとも限らない。
ねずみが、ただのねずみでないと気付き、口封じのために暗殺者が訪れる。そう、とある優雅な昼下がりに、暗殺者が頭上から訪れる可能性も………
「ちゅうう、ちゅう………」
考えすぎか、………――
ねずみが銀貨を見つめながらうつむくと、頭上の宝石さんが、目の前にやってきた。
まさか、慰めているわけではあるまい、それとも、本当に感情があるのだろうか………今まで、ねずみとの会話の全ては、輝きと移動によって成立していた。そのタイミングが絶妙であるために、中の人でもいるのではないかと、つい考えてしまう宝石さんなのだ。
たくさん、いるのだ。
「ちゅう、ちゅう、ちゅううう」
ちょ、わかった、わかったから――
ねずみは両手をワタワタとさせ、輝く宝石の皆様に、落ち着くようにと願った。ねずみと部屋を共同で住まう皆様は、いつも明るく、輝いておいでだ。
ぴかぴかと、びかびかと、赤く輝く100を超える宝石の一族である。よく見ると、一つ一つは、全て形や大きさも異なる。
魔法の、宝石である。
いや、ねずみもそれは分かっている、気付けばワラワラと、ねずみの後で騒いでいた宝石の皆様である。
そして、その中の一人と言うか、一つと言うか、とにかく、いつもねずみの頭上で輝く宝石さんには、とってもお世話になっているのだ。
時々は焦らせてくれるものの、それはお互い様と言う相棒だ。その正体に、嫌な心当たりしかないねずみだが………
一言、鳴いた
「ちゅう、ちゅうううう」
ちょっと、お呼ばれしてくる――
長い鼻をぴくぴくとさせて立ち上がると、そそくさと駆け出した。
背後では、魔法でかじりかけの銀貨は元の山へ。ついでに、かじり終えた残骸も、丁寧に山積みの山へと向かった。なんとも便利なことだ、二つのことを同時に出来る。
しかも、無意識も同然だ。
もしも、これが魔術師組合に所属する魔法使いであれば、どれほど尊敬されるだろう。エリートと呼ばれるかもしれない、それほどの技術なのだ。
ただし、ねずみだ。
本日も食事のために、崖の上でたたずんでいた。
崖といっても過言ではない、屋根裏のハザマである。いつものことだ、するすると落下するように、一階へと走った。
いやな予感から逃れるように、無心に、走っていた。
「ちゅうう、ちゅうう、ちゅうう………」
まさか、まさか、まさか………――
ネズリー少年の部屋が、脳裏をよぎる。 ねずみは、レーゲルお姉さんの訪問を、うっすらと認識していたのだ。
夢だと思っていたが、まさか………と
そして、レーゲルお姉さんのつぶやきも、耳にしていた。眠ったままのネズリー少年の魔力が上がっていると、驚いていたのだ。
もし、夢でないなら………
ねずみは、考えを振り払うように、走り続けた。




