表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/205

ねずみと、募る予感


 ねずみは、ため息をついた。


「ちゅぅ~………ちゅう、ちゅうう」


 ふぅ~、やれやれだ――


 手には、銀色の円盤がしっかりと握られている。人間にとってはコインであり、しかも、一般の暮らしをする方々には、ありがたい銀貨様だ。

 狼銀貨とも言われる。


 ただし、削れていた。


 カリカリカリカリカリ――


 ねずみは、気分転換に銀貨をかじっていた。


 騎士様のお屋敷では、たまに見かける光景であった。

 しかし、一般の方々が外でこの光景を目にしたなら、卒倒するか、殺意を覚える光景であろう。

 冷静に考えれば、ねずみの前歯で銀貨が削れるわけがないと分かるものだが、冷静になれと言うほうが、酷である。


 狼銀貨は、すでに情けない姿をさらしていた。


 ニセガネの、銀貨である。

 かじりつつ、ねずみはつぶやく。


「ちゅうぅう、ちゅう………」


 あれは夢、夢だ………――


 ねずみは、自らの城である、屋根裏部屋に戻っていた。

 そして、気分転換にニセガネの銀貨をかじっていたのだ。

 勝利のカリカリベーコンの余韻よいんと、それを吹っ飛ばした裏社会の報復の予感から、逃げていたのだ。


 伸び続ける前歯を削らねば、ねずみは死んでしまう。

 ねずみ系統のペットをお世話する人々には、そのために『かじり石』や『かじり木』を購入しておきたい。

 必須のアイテムだが、その他の役割もある。

 硬いものをかじることは、ねずみのような生き物にとってはストレス発散になるという。


 ねずみも、落ち着いてきたようだ。


「ちゅ~、ちゅう、ちゅうう?」


 これから、どうしよう?――


 ニセガネの銀貨を手に、どこかを見つめていた。

 何か、考えがあるわけではない。裏社会を敵に回したかもしれないという、不安でいっぱいだった。


 それに――


 カリカリカリカリカリ――


 ねずみは、無心で、銀貨をかじった。

 目の前に、暗殺者の方々が現れる可能性も、ないとも言えないのだ。

 まさか、ねずみ一匹を始末するために、暗殺者が送られることなど、ありえるものか。

 そもそも、ねずみの区別など、人間に出来るのだろうか。


 ――できるのだ。


 ねずみは、そんな力に心当たりがあるのだ。と言うか、お世話になっているのだ。自分も扱っているというか………


 魔法である。


 そう、魔法を侮ってはならない。

 裏社会に、魔術師組合に所属していない、あるいは追放された魔法使いが、いないとも限らない。


 ねずみが、ただのねずみでないと気付き、口封じのために暗殺者が訪れる。そう、とある優雅な昼下がりに、暗殺者が頭上から訪れる可能性も………


「ちゅうう、ちゅう………」


 考えすぎか、………――


 ねずみが銀貨を見つめながらうつむくと、頭上の宝石さんが、目の前にやってきた。

 まさか、慰めているわけではあるまい、それとも、本当に感情があるのだろうか………今まで、ねずみとの会話の全ては、輝きと移動によって成立していた。そのタイミングが絶妙であるために、中の人でもいるのではないかと、つい考えてしまう宝石さんなのだ。


 たくさん、いるのだ。


「ちゅう、ちゅう、ちゅううう」


 ちょ、わかった、わかったから――


 ねずみは両手をワタワタとさせ、輝く宝石の皆様に、落ち着くようにと願った。ねずみと部屋を共同で住まう皆様は、いつも明るく、輝いておいでだ。


 ぴかぴかと、びかびかと、赤く輝く100を超える宝石の一族である。よく見ると、一つ一つは、全て形や大きさも異なる。


 魔法の、宝石である。


 いや、ねずみもそれは分かっている、気付けばワラワラと、ねずみの後で騒いでいた宝石の皆様である。

 そして、その中の一人と言うか、一つと言うか、とにかく、いつもねずみの頭上で輝く宝石さんには、とってもお世話になっているのだ。


 時々は焦らせてくれるものの、それはお互い様と言う相棒だ。その正体に、嫌な心当たりしかないねずみだが………


 一言、鳴いた


「ちゅう、ちゅうううう」


 ちょっと、お呼ばれしてくる――


 長い鼻をぴくぴくとさせて立ち上がると、そそくさと駆け出した。

 背後では、魔法でかじりかけの銀貨は元の山へ。ついでに、かじり終えた残骸も、丁寧に山積みの山へと向かった。なんとも便利なことだ、二つのことを同時に出来る。


 しかも、無意識も同然だ。


 もしも、これが魔術師組合に所属する魔法使いであれば、どれほど尊敬されるだろう。エリートと呼ばれるかもしれない、それほどの技術なのだ。


 ただし、ねずみだ。


 本日も食事のために、がけの上でたたずんでいた。

 がけといっても過言ではない、屋根裏のハザマである。いつものことだ、するすると落下するように、一階へと走った。


 いやな予感から逃れるように、無心に、走っていた。


「ちゅうう、ちゅうう、ちゅうう………」


 まさか、まさか、まさか………――


 ネズリー少年の部屋が、脳裏をよぎる。 ねずみは、レーゲルお姉さんの訪問を、うっすらと認識していたのだ。


 夢だと思っていたが、まさか………と


 そして、レーゲルお姉さんのつぶやきも、耳にしていた。眠ったままのネズリー少年の魔力が上がっていると、驚いていたのだ。


 もし、夢でないなら………


 ねずみは、考えを振り払うように、走り続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ