ねずみと、取調室と、大きな闇
光があれば、闇がある。
人々が集まる都市と言う輝きには、犯罪という闇がつき物だ。
その闇を取り仕切るのが、裏社会と言う犯罪者グループの方々である。チンピラどころではない、まさに都市の裏側の世界なのだ。
ガーネックさんは、関わっていたようだ。
「し、ししっししし、知らん、裏の会合場所など、知らんッ、幹部の顔も、名前もなにも、私は知らんっ」
重くないのだろうか、ギラギラとうるさい指輪こすれあい、ガーネックの動揺を表していた。
見事に、自爆をしていた。
裏社会の幹部さんたちとの会合場所に、顔も名前も、ガーネックさんはご存知だという告白である。
金髪の巨漢アーレックと、警備隊の隊長さんは、とってもにこやかに顔を近づけてきた。
オレたちの仲だろ、教えてくれよ――という、優しい笑みだった。
「裏の連中か。安心しろ、ここだけの話だ」
「いやいや、本当に、仲間内だけの話だ。さぁ、安心したまえ」
そう、ここだけの話なのだ。
ここ、警備本部の取調室で得た情報は、都市の保安に関わる方々にしか明らかにされない、みんなの秘密なのだ。
特に大切な秘密は、幹部の方々でさえ知らないこともあるという、とっても秘密主義者の集まりなのだ。ガーネックさんのお話は、本当にここだけの秘密として、しっかりと守られるだろう。
それほどの、大事なのだ。
ねずみは、頭を抱えていた。
「ちゅぅ、ちゅうううう~………」
そ、そうだったぁ~………――
ねずみは、そっと王冠を外すと、アーレックたちへ向けて持ち上げた。王冠を自慢しているようにも見えるが、さぁ、受け取れと差し出しているのだ。
優越感から、王冠のように頭にかぶっていた指輪だが、今は、一刻も早く手放したかった。
おまわりさん、どうぞ――と
「ちゅうっ」
さぁ――
ねずみは、引きつった笑みを浮かべて、願っていた。
この表情を読み取れる人物がいるとすれば、一流の動物博士となれるに違いない。アーレックたちには、ねずみがタイミングを見計らって、切り札である紋章つきの指輪を手渡しているように見えた。
指輪が、空中へと持ち上げられた。
「我が友よ、証拠の品は、確かに受け取った………後は任せろ」
「そうだとも、ねずみくん、本当にお手柄だった」
ガーネックさんは、必死に訴えたのだ。
裏社会をだまそうとして、偽造する。そのような誘惑が頭をもたげる前に、そんな馬鹿なことは、出来るわけがないと叫んでしまうのだ。
ガーネックさんは、小物なのだ。
腰を低くして、善良な金融業者だと愛想笑いを浮かべる、その程度の小物なのだ。
大物を、ねずみは見ていた。
そして、その力と言うか、影響力と言うか、敵に回した場合、身の安全は絶望的だ。
おや、誰か来たようだ。
「アーレック、ちょっといいか………」
怪物が、現れた。
ねずみが、そう感じてもしかたがない。むしろ、裏組織の幹部です、あるいは、その護衛です――として登場してほしい、凶悪な巨漢が現れた。
背の高さはアーレックの目線よりやや下の180センチほどだが、横幅が、ややレンガだった。
加えて、モンスターと戦ったかのような傷だらけの姿は、まさに人間凶器だ。
もしかすると、ねずみが遭遇した人間の中で、もっとも怪物じみた人物かもしれない。下水と言う迷宮で出会っていれば、どこかの異世界へ迷い込んだと思っただろう。巨大なワニさんとも、きっと仲良くできるはずだ、それほどの、怪物に見えた。
アーレックは、動じなかった。
「バラック先輩………凶悪犯罪者専門の先輩が………あぁ、裏組織ですか――」
一人で、納得していた。
紹介も、してくれた。
凶悪犯罪者専門………この説明で、目の前の怪物というアーレックの先輩、バラックの地位が判明した。
戦いに身をおいて、怪物と化したのだと。
静かなる暗殺者、あるいは死に神という執事さんたちと遭遇したねずみであるが、別の恐ろしさを感じていた。
仲間と認識されれば、頼りになる人物なのだろう。アーレックの態度でも明らかであるし、警備隊のおじさんも、同じくであった。
ガーネックさんは、違っていた。
「ぎゃ、ぎゃああああ、で、出たぁああああっ」
「ちゅぅ、ちゅうううううっ」
ねずみも、叫んだ。
勝利のかりかりベーコンの余韻が、さっと吹き飛ばされた。まさか、地獄の鬼が現れるとは、思わなかった。
「バラック殿、まだ早いですぞ、ようやくお客様の気分が落ち着いてきたところだというのに、あなたが出てくれば………」
警備隊の隊長さんは、あきれたという気分である。地位としては敬称をつける相手でも、気を許している証だろう。
ねずみには、まだ早かった。
「ちゅ、ちゅうぅ~………」
お、鬼じゃ~――
いつの間にか、アーレックの肩の上へと駆け上がって、雷神のように癖のある金髪の陰に隠れていた。
地獄から、鬼が現れたと。
背の高さは百九十センチに届こうかと言う青年アーレックは、これで巨大な武器を手にしていれば、絵画に描かれる雷神の印象を受ける。
目の前の怪物は、地獄から現れた鬼といわれても納得の、怪物だった。
気持ちが分かるらしい、アーレックは笑った。
「はっはっは………我が友よ、安心しろ。バラック先輩はオレやお義父上殿と同じく、騎士の家系でな?武術にも秀でているために、強い相手へと回され続けて、ああなっただけだ。むしろ、お義父上殿のほうが恐ろしいぞ?」
それは、恋人の父親と言う地位が理由だろう。ねずみは思いつつも、今はツッコミを入れる気分ではなかった。
「こ、殺し屋か?ちくしょう、こんなときのためにあいつを雇っていたのに………ドラゴンの名前を聞くだけで、逃げやがって………」
「安心しろ、殺し屋なら、片付けておいた………ほれ」
ずたぶくろが二つ、投げ込まれた。
いつの間に持参していたのだろうか、うごめいていた。
そのまま土の中へとご招待されることはないだろうが、ある意味、その通りだ。土の壁に囲まれたお部屋での日々が待っている。それは長いに違いない。
本当に、いつものことなのだろう、アーレックは動じていなかった。
「まぁ、あれだけ目立っていれば、裏も動くということか」
「そうですな、ねずみ殿が警備本部へ到着するまでの間に、連絡が届いていたのでしょう………もう、ガーネックは終わりだと」
警備部隊の隊長さんも、冷静に判断する。
冷静でいられないガーネックさんなどは、ひたすら、命乞いの姿勢で手を合わせて、祈っていた。
一方のねずみは、天井を見上げていた。
「ちゅう、ちゅううう………」
今夜は、悪夢だな――
現実から、しばし逃れていた。
姿を隠した宝石さんと、見詰め合っていた。ねずみ生活を始めた初夏のあの日から、もう、夏だ。
「ちゅぅうううぅ~」
裏社会かぁ~――
人間時代に、思いをはせた。
憧れの魔法使いの修行の日々は、貧乏学生だった。隙間風を防ぐために、雑誌の切抜きや、古本屋でしおれていた絵葉書などを貼り付けて、気分だけでも優雅に過ごしていた、懐かしいあの日々………
あの部屋は、どうなっているのだろう、最近は夢に見なかった気がするが………
ねずみは、さっとアーレックの肩から飛び降り、机の上へと、そして、足元へと駆け下りた。
そして、鳴いた。
「ちゅう」
役目は終わったとばかりに片腕を上げて、別れを宣言した。
アーレックたちからの返事の必要はない、もはや取調室にねずみがいても、怖いだけなのだ。
ねずみは、取調室をあとにした。




