ねずみと、ガーネックさんと、取調室
ねずみは、鳴いた。
「ちゅ、ちゅぅ~………」
う、うまい――
両手で、しっかりとベーコンの欠片をつかんで、感動していた。
透明になっている宝石さんも、ご満悦であろう。これほどおいしい食事は、そうあることではない。
勝利のワインではないが、勝利のあとの、一切れなのだ。
カリカリカリカリ――
かじるほどに、肉のうまみが口の中にいっぱいに広がっていく。
歯ごたえのある肉は、かむほどに、ほろほろと口の中に広がる。うまみを凝縮した脂身は、口の中でとろとろと、おいしいと満足させてくれるのだ。
そして、かりかりベーコンの、カリカリと言うおこげの歯ごたえは、ベーコンと言う肉の味に、さらに深みを与えてくれる。
かりかりベーコンの、この一切れの味わいだけで、どれほどの幸せを与えてくれるというのか。
カリカリカリカリ――
もう、止まらなかった。
蒸したポテトの大盛りが、贅沢にもベーコンや香草のトッピングの上に、さらに驚くべきことに、ポーチドエッグの黄金の輝きまで照らされている。
取調室のランプ、やるな――
ねずみは口いっぱいにベーコンを味わいつつ、頭上に燃え上がる輝きを見つめていた。
まだ太陽が沈む時間ではなく、強烈な熱の放射といっても過言ではない。夏の太陽の輝きが、部屋を貫いている。
小さな明り取りの窓であるため、特にまぶしい。
逆に、ランプの明りが、目にやさしい、うすく暗いお部屋では、とてもありがたい。
アーレックの、いい笑顔も光っていた。
「ガーネック………俺たちからのおごりだ、遠慮なく食えよ。こいつに、みんな食われちまうぞ?」
「そうだ。これから長いんだ、しっかり食べたほうがいい。お前を支えてきた二人組みが言っていたぞ?朝から酒しか口にしていなかったと………何かあったのか?いいから、話してみろよ」
ご一緒の、警備兵の隊長さんも、いい笑顔であった。長くこの事件に関わることになったアーレックとご一緒に、机を囲んでいた。
向かいには、ガーネックさんが座っている………というか、うなだれていた。
ガーネックさんのために用意された大皿は、まだまだ、湯気を上げていた。蒸したポテトの山盛りが、油のこんがりと言うかぐわしい香りを漂わせて、山盛りだ。
贅沢をしてきたガーネックさんは、手を付けるつもりは無いらしい。手を付ける気力も、ないのだろう。
ただただ、うなだれていた。
ねずみは、そんなガーネックさんをまっすぐ見つめて、鳴いた。
「ちゅうう、ちゅうう?」
どうした、うまいぞ?――
にこやかに鳴くと、ねずみは、新たにベーコンの欠片を手に取った。とりあえず空腹は落ち着いたが、ついつい、手が出るうまさなのだ。
ガーネックさんは、何の反応も示さない。勝利者の笑みを受けて、悔しいのだろう。
いいや、お疲れなのだ。
お酒しか召し上がっていないところへ、いきなりの運動だったのだ。街中を、ねずみに誘われてよたよたと、それはもう、支えるために人手が必要な道のりだったのだ。
そのときの光景を思い出したねずみは、満面の笑みだ。
そして――
カリカリカリカリ………
多少、お行儀が悪いのは、許してもらいたい。勝利のカリカリベーコンのカリカリがいけないのだ。
堂々と、机の上でベーコンを頂戴しているが、誰も気にしない。
王冠のごとく指輪をかぶったねずみは、ゆうゆうと道を歩いて、警備本部までガーネックさんを導いたのだ。いつの間にか、人だかりまで出来ていた。そして、ねずみの勇姿を見守っていたのだ。
あの栄光を思い出すだけで、がんばれそうだ。勝利のカリカリなベーコンを、ねずみは口いっぱいにほおばった。
見守るアーレックと警備隊長さんは、いい笑顔で笑い合う。
「はっ、はっ、は………我が友よ、たっぷりとあるのだ、あわてなくて良いさ」
「ははははは、アーレック殿の小さな友人は、ずいぶんとベーコンがお気に入りのようだな。まぁ、たらふく食べなさい」
にこやかだった。
お行儀が悪く、他人の皿に手を伸ばしているのだが、気にならない。手柄を持ってきたねずみには、とても寛容なのだ。
ガーネックさんも、自分の皿にねずみが先に手を付けていても、気付かない。
なんで、こうなった。なんで、こうなった………うつろな瞳で、ぶつぶつと自らのおひざの上を、おひざに乗った手のひらを見つめておいでなのだから。
いまだ、話を聞かせてもらおうか――という段階であるために、財産を没収されていない。いつものごとく、ジャラジャラとした輝きが、ガーネックさんの両手にはめられている。
金細工の指輪には、赤白緑と、様々な輝きの宝石が輝いて、ちょっとまぶしい。
それでも、ガーネックさんにとっては、不足なのだ。手から零れ落ちるには危険すぎる輝きが、奪われたのだ。
今、王冠のごとくねずみの頭の上にある、指輪である。
酒瓶とコインの山があしらわれた、ふざけたデザインの紋章つきの、指輪である。
「オレの、指輪………」
たくさん指にはめられた、豪華な宝石がしつらえられた指輪が、むなしく輝く。今、ガーネックさんの手にない指輪が、とても気になっているのだ。
気になっているのは、ガーネックさんだけではなかった。
いつの間にか、カリカリベーコンを食べ終えたねずみは、満足そうに書類の山に背中を預けていた。
「ちゅぅ~………」
ねずみは、満足そうに鳴いた。
その様子を見守るアーレックと、警備兵の隊長さんは、にこやかに口を開く。
「はっ、はっ、はっ………その書類の山は崩さないでくれよ?」
「まぁ、まぁ、アーレック殿、小さな体だ、大丈夫だろう………さて」
書類の山から、数枚を取り出した。
誰かが、どこから集めてきたのだろうか、保存状態がよろしくないものも多かったが、共通しているものがあった。
酒瓶とコインの山があしらわれた、ふざけたデザインの紋章が、押印されていた。サインがないが、その紋章が、共通していたのだ。
ねずみが、かぶっていた。
「その王冠――ではなく、指輪は、お前のもので間違いないな?」
「オレの、指輪――って、つぶやいてたものな」
そして、追いかけてきたのだ。
そのために、ポテトの大皿を差し入れされて、ちょっとお話しを聞かせてもらおうという時間が始まったわけだ。
おまえは、終わりだと。
ガーネックは、ただただ、うなだれていた。
客が犯罪に手を染めるとは思わなかった、そこまでの意味ではない。ガーネックさんは、いくらでも言い逃れが出来た。
言い逃れの出来ない証拠の山が、ランプの光に照らされていた。
メジケルさんと言う、カーネナイの執事さんが、ひそかにがんばってくれていたのだ。最近、共闘していなかったと思えば、書類の山だ。
公僕では動けないため、やはり、脱獄させてよかったのだ。
脱獄犯人であるために、今後の人生が気がかりなのだが………承知の上だからこそ、メジケルさんは動いたのだ。
ガーネックを捕らえると。
「さぁ、ガーネック、楽になれ」
「この紋章も偽造だとすれば、大変だが………」
ガーネックさんが、びくりと動揺した。
とっさに驚き、肩が震えて、思わずという反応を示してしまったのだ。
ニセガネを作るように依頼したガーネックである、他人の紋章を偽造するという危険にも、手を出すかもしれないのだが………
「そんなバカな真似が出来るかっ、わざわざ、裏の連中を敵に回すなどっ――」
一気に、まくし立てた。
おとなしくおびえていたガーネックさんは、必死に声を発した。それほどの大事であるのだと、訴えているのだ。
俺は、悪くない。
そのような弁明よりも、なお必死に、そんな馬鹿なことだけは、絶対にしないという必死さが、伝わってきた。
ガーネックさんの変化に、さすがのアーレックも、警備隊長さんも、瞬間、気おされてしまう。それでも、すぐに気持ちを引き締める。
ガーネックさんを捕らえて、終わる。
そんな話しでは、終わってくれそうになかった。




