ドラゴン姉さんの、目的
ドラゴンとは、最強の代名詞として、誰もが知る種族である。
ついでに、絶対に手を出してはならない存在としても、知られている。
では、実際に目にする機会など、一般の皆様にはどれほどあるだろう。そんなドラゴンさんが、丸太小屋にいた。
住人であるアニマル軍団は、ヒソヒソと対策会議だ。
「ねぇ、ドラゴン様がわざわざ人里に来る理由って、なにかわかる?」
銀色の、ツンツンヘアーのお姉さん、レーゲルは仲間にこっそりと問いかける。
ドラゴン様という、赤毛のロングヘアーのお姉さんにも聞こえているだろうが、いい性格をしている。
仲間の一匹はすでに捕らえられている。
幼女となった雛鳥ドラゴンちゃんである。見た目がそっくりの赤毛のお姉さんに頭をなでながら、おとなしかった。
残る二匹が、答えた。
「く、くまぁ、くまぁ~」
「わ、わからんワン」
二匹は、役に立たなかった。
だが、仕方ないのだ。
仲間の兄貴分であるオットルお兄さんはクマさんであり、駄犬ホーネックは、駄犬なのだから。
レーゲルお姉さんは、肩を落とした。
男どもに期待したのが、バカだったと。仲間の内、残る一匹の雛鳥ドラゴンちゃんは、もっとだめなのだ。赤毛のお姉さんのおひざの上で、産毛の残る尻尾を、ぷらぷらさせているのだから。
まさか、妹様を捕らえに来たわけではないだろう。何か深い考えがあるに違いないという、お師匠様のご質問に、ドラゴン様は微笑んでいるだけだ。
では、なにが目的か。
「まさか、ドラゴンの宝石?」
思いつくのは、それだけだ。
その宝石を捜すように命じられたのが、先日のこと。なぜか、下水でワニさんとおいかけっこをするハメとなっていたのだが………
ドラゴンお姉さんは、楽しそうに口を開いた。
「あぁ、石ころなんて、私達ドラゴンにとっては、本当にただの石ころだからね、あんまり気にしなくていいよ~」
聞こえていたようだ。
ヒソヒソ話で隠すつもりもなかったが、不安への答えは、あっけらかんとしたものだった。
本当に気にしていない、不安にならなくても良いという気遣いは、ありがたい。
お師匠様は、あぁ、なんだ――と、カップを机の上に置いた。
シワシワな目元を、シワシワにして微笑んだ。
「ついでに、自分も遊ぼうかってことかなぁ~………」
楽しそうな笑みだ。
長い時間を生きるドラゴン様にとっては、予期せぬ事件は娯楽なのだ。見た目どおりの十八歳あたりのお姉さんは、まだまだ遊びたい盛りの若者である。
見逃すはずが、ないのだ。
「この子を探してたのも、本当だよ~………」
見た目は、幼女を抱きしめるお姉さんだが、ごまかそうという雰囲気は、どこかで見た雛鳥ドラゴンちゃんと、そっくりだ。
図星だと。
正解だと。
やはり、フレーデルの姉なのだ。赤毛のロングヘアーだけではない、性格もそっくりなようだ。
ところで――と、レーゲルお姉さんは思いつく。
「じゃぁ、フレーデルのお姉さんは、妹さんを――」
どうするつもりなのか、 それは、別れの予感だった。
雛鳥ドラゴンちゃんと言うフレーデルは、ドラゴンなのだ。お姉さんに見つかってしまった今、 仲間の元へと、戻されるのか。
最後まで口にすることなく、赤毛のお姉さんは微笑む。
「ベランナでいいよ、あなたたちは、この子の仲間だし………」
お師匠様のことも、お師匠様と呼ぶと宣言されて、レーゲルたちはどうしようと顔を見合わせる。ついでに、ミイラ様の顔を見つめたが、シワシワがあるだけだった。
さすがは、ドラゴンの神殿に仕えるミイラ様である、ドラゴン様の気まぐれには慣れておいでのようだ。
そういえば、雛鳥ドラゴンちゃんにも、今まで通りに接していたのだ。ドラゴンとは恐れ、敬うものだと思っていたが、実際には色々と違うのだろう。
改めて、レーゲルお姉さんは問いかける。
「えっと………ベランナは、フレーデルを探してたのよ………ね」
相手の望む会話を意識して、意識しまくって、レーゲルの発言は微妙だった。
相手がフレーデルのお姉さんと言うことで、しかもドラゴンと言うことで、接する距離感がつかめないのだ。
だが、その相手が名前で呼ぶように告げたのだ。
ならば、年頃も近いために友人扱いなのだろうか。男どもは、無害な動物を気取っているだけで、役に立たない。
リーダーであるレーゲルお姉さんは、しばし睨む。
ついでに、ため息をつきそうになって、飲み込んだ。ため息をつくよりも、言葉として相手に問いかけねばならない。
そう、先ほど抱いてしまった、別れの予感だ。
「フレーデルは、どうなるの?」
見た目どおりの幼児でないにしろ、子供が遊びまわっているところへ、回収のためにお姉さんが登場したのだ。続く出来事は、決まっている。
家族といることが、幸せなら………
お姉さんの答えは、予想外だった。
「ん~………あと何十年かは、遊ばせるつもりだし………お師匠様が見ててくれるんでしょ?その次は、多分あんたたちで~………」
時間が、止まった。
行方不明の年月は、年月と言う時間である。
しかし、ドラゴン様にとっては、ちょこまかと走りまくった悪ガキを探すまでの、ほんのわずかな時間と言う認識なのだ。
昼寝をしてる隙に、よそ様でオヤツを食らっている程度の認識だ。
話題の中心、おひざの上の雛鳥ドラゴンちゃんは、なにが起こっているのか分かっていない様子である。
かわいいお尻尾を、ゆらゆらさせているだけだ。落ち着きのない子犬のように無邪気で、腹立たしい。
あんたのことだよっ――と、遠吠えをしたいレーゲルお姉さんだが、さすがにご家族の手前、理性が勝利した。
気にしないベランナお姉さんは、満足そうだ。
「いやぁ、まさか、人間にまぎれていたなんてねぇ~………遊び相手がいて、よかった、よかった~」
妹の世話から逃げることに成功して、満足と言う悪ガキに見えた。
レーゲルと同じく、十八歳あたりのお姉さんの姿をしているが、実際には悪ガキと言う年齢に違いない。
ドラゴンであるため、悪ガキの期間が数十年か、あるいは百年に及んでいても不思議ではない、とっても大変だ。
お師匠様は、満足そうだ。
アニマル軍団は、改めて雛鳥ドラゴンちゃんを見つめると、無言を貫いた。深く考えてはいけない気がしたのだ。
そして、レーゲルお姉さんは、当面の問題を整理する事にした。
「フレーデルは元に戻ったから、いいとして――」
「私、こんな子供じゃないもんっ」
「………ん?」
「………ううん、なんでもないよ、お姉ちゃん」
しっかりと、教育されているようだ。
レーゲルの言葉に反応した雛鳥ドラゴンちゃんだったが、頭上のベランナ姉さんの笑みに、即座におとなしくなった。
妹がいたずらをする姿を、微笑みながら見守っている姉の姿と思えば、おかしくもない。何年も放置しているようだが、ドラゴンの時間の感覚は、人間とは異なるのだ。
特に、魔法の力は膨大だ。力技で何とかできるという余裕は、とてもありがたい。
知識も、膨大らしい。丸太小屋メンバーが予想していなかった問題を、指摘された。
「けど………動物の姿でいるのも、あんまり長くならないようにね?フレーデルの魔力が影響してるから、この小屋で眠る分には大丈夫だろうけど~」
ぱたりと、アニマル軍団の動きが止まる。
そうなのだ、自分達アニマル軍団は、元々は魔法の実験の失敗によって、アニマル軍団となっていたのだ。
「あぁあああ………動物のままって、わすれてたぁ~」
「く、くまぁあ、くま、くまああああ」
「わ、わわわん、だ、ワン」
本当に、忘れていたようだ。
女の子に化けた雛鳥ドラゴンちゃんは置いて、残るメンバーは大変だ。本体は眠り続けたままなのだ。魔法で保護されているとはいえ、長時間の放置は、あまりよろしくない。
レーゲルお姉さんは、幸いにして人間に戻ることが出来ていたのだが………
レーゲルお姉さんは、冷静に物事を整理しようとして、忘れていた出来事に、またもや、行きついた。
「そうよ、そうよ………ネズリーが顔を見せないってことで………ネズリー?」
困惑が、またもレーゲルお姉さんの時間を止めた。
その様子に気付くことなく、無邪気な幼子フレーデルちゃんは、ネズリーと言う名前に反応する。
悪ガキ仲間のイタズラの暴露のように、楽しそうに語りだす。
「そうそう、ネズリーって、自慢しようってバカ考えて、バカしちゃうもんねぇ~………そういえば、最近、あってない………アレ?」
雛鳥ドラゴンちゃんでも、さすがに違和感の正体に気付いたようだ。
仲間は、五人なのだ。
なのに、この場にネズリーと言う、残り一人がいないのだ。
「く、くまぁ、くまぁ~?」
「わ、わん、わん、ネズリー………だ、ワン?」
クマさんは、両手を頬に当てて、しまったと――言うお顔になった。
駄犬ホーネックは、お行儀も悪く、お部屋の中でぐるぐると、円を描いて駆け回る。
大変だと。
動物へと生まれ変わったのではなく、魔法で意識を移している状態である。
人間の肉体は眠ったままだ。魔法のおかげで、本来は衰弱死するような放置時間も問題ではないが、長く放置することは、命取りなのだ。
言葉通り、命が失われるのだ。
なのに、色々と事件が重なり、ドラゴンの宝石をさがしたり、ワニさんに追いかけられたりと言う出来事が大きすぎて、忘れていた。
いっせいに、叫んだ。
「ネズリーっ………そうよ、部屋の様子を毎日見に行って………最近、どうしたっけ」
「仕方ないよ、追いかけっことか、追いかけっことか、忙しかったもん」
「く、くまぁ、くまぁ」
「わわん、わわん、だ、ワン」
みなさん、忘れていたと、思い出したようだった。




