表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/205

ねずみと、ドブネズミたち


 いつか、本で読んだことがあった。

 生前の、ネズリーの記憶なのだろう。ねずみが主人公の、子供向けの絵本だったと、ねずみは記憶していた。

 そう、悪いたくらみを、ねずみたちが粉砕するという物語だ。じゅうたんのように、地面をめ尽くすねずみの大群が、悪いやつらを乗せたまま王様の下へと、連れて行く。


 なんだか、出来そうだ。


「ちゅ~、ちゅ、ちゅ~、ちゅう、ちゅっ!ちゅ~っ!」


 目の前には、ドブネズミの方々がいらっしゃった。


 猫より大きいかもしれない、もふもふの軍勢であった。彼らが仲間になってくれれば、銀行強盗ごときは物の数ではない。彼らのまり場に心当たりがあったねずみは、首班らしき古びた赤いチョッキの男の行方を見極めると、ここへ一直線に向かったのだ。


 そして、演説をぶっていた。

 この町の残飯をいただいている身分であれば、共に戦おうと。


「ちゅ~っ!………ちゅう、ちゅうっ、ちゅ~っ!」


 なお、全て鳴き声である。

 演説をしつつ、ねずみは通じていないのではと、思い始めていた。そして、彼らの言葉を、そもそも自分は理解しているのだろうかと。


 快、不快。

 敵、仲間。

 エサ、毒。

 そして、警告。


 鳴き声はそうした、単純な符号を表すに過ぎない。加えて、ねずみは生来のねずみではない。それが理由かもしれないが、ドブネズミの方々の言葉は理解できていなかった。

 それは、こちらの言葉が相手に伝わっていないということであり………


「「「「「キ~、キギ~っ」」」」」


 ねずみは、駆け出した。


 敵意を向けられた。それだけは、かろうじて理解したからだ。演説が疎ましかったのだろうか、ともかくも、こちらをにらんで突撃してくれば、逃げるしかない。


「ちゅ~、ちゅ~、ちゅ~っ」


 ねずみは振り向きざまに、最後の説得を試みた。

 話せば分かる。話せば分かると、鳴き声をあげていた。


 もう、命乞いだ。

 もちろん、通じる保障はない。

 そして、通じたとしても、相手が許容する保障もない。


 食うか、食われるか。

 それが、唯一のルール。


「「「「「キ~、キ~、キギ~」」」」」


 大群が、もうそこにいる。

 百匹近くの、猫より大きなもふもふの軍勢が殺到してくるのだ。本当に、この軍勢を引き連れて銀行強盗の現場に登場したかった。


「ちゅ………っ!」


 ねずみは、断念する。


 だめだと。

 野生のねずみが、都合よく強盗犯人だけを攻撃するはずがない。むしろ、弱っている人物をエサとする恐れがある。

 いいや、そもそも………


「「「「「キ~っ、キ~、ギキ~っ!」」」」」


 殺到した大群が、恨めしそうにねずみを見上げていた。


 ねずみとはかなり距離があるが、その距離はもう、詰められる心配がない。ねずみは安全地帯へと、逃げ延びていた。


 そう、安全地帯だ。


 並みのねずみにとっては、どうすることも出来ない結界なのだ。

 まじないには、そもそも近づけないのだった。

 ねずみは、ホット息をつく。まじないを避ける術を知っていてよかったと、生前の自分の、ネズリーの知識に感謝をしていた。


 足元を、見つめていた。


 呪文が記されている、小石があった。

 微妙な香りも漂っている気もする、長く薬品に漬け込んでいたのか、錯覚さっかくなのかは分からない。ともかく、無意識で何かを念じたおかげで、忌避感きひかんがすさまじいこの匂いからくる頭痛を防ぎ、平然としていられるのだ。


「ちゅ~、ちゅ、ちゅ~っ!」


 ねずみは、まじないの石を置きなおしてから立ち去った。


 こういった知識は残っているものだと、ねずみは今朝方の夢を思い出していた。生前の記憶、魔法使いネズリーの記憶だ。

 古い魔法の本を高らかに掲げた少年は、ネズリー・チューターと名乗っていた。ねずみに生まれ変わっても、ある程度の知識を持っているあたりは有利とも言えるが、それだけだ。せめて、言葉を相手に魔法くらいは使えればと、思わないでもない。あの、古びた赤いチョッキの若者が怪しいと、誰かに告げることが出来たのにと。居場所はもう、分かっているのにと。


 ねずみは深く、深くため息をついた。


「ちゅ~………」


 あきらめの、ため息であった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ