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ねずみと、ガーネックさんと、追いかけっこ(上)


 私は、お金を持っています。


 言葉で自慢する必要もなく、この部屋を目にすれば、押し付けられる印象だ。金銀財宝が詰まった小箱のふたを開け放ち、机の上に置き放っていた。

 細かな彫刻には、丁寧な金メッキが施されている。贅沢と言うか、ド派手な机の上の出来事であった。


 ねずみは、叫んだ。


「ちゅぅう、ちゅうう~っ」


 指輪は、確かに頂いたっ――


 王冠のように、頭に指輪をかぶったねずみは、宣言したのだ。

 ガーネックにはっきりと分かるように、そして、机に散らばる宝石を蹴り飛ばし、駆け出した。名探偵ではなく、大怪盗のようなセリフであったが、痛快な気分であった。


 ガーネックさんは、叫んだ。


「ま、まてぇ、それだけは、それだけはぁあああっ!」


 悪夢から目が覚めると、ねずみがいた。

 悪夢は、正夢だったようだ。ねずみが頭にかぶっているものは、ガーネックさんの指輪である。裏の紋章の、指輪であった。


「ちゅうぅ――」


 とうっ――

 ねずみは、さっそうと机から飛び上がると、部屋の入り口へと駆け出した。半開きではなく、閉まっているのだが、突撃したのだ。


 ガーネックさんの思考は、しばし止まる。

 相手は、ねずみである。どのようにして、机の仕掛けを動かしたと言うのか。体重を込めて、机のある部分を押さなければならないというのに――


 そよ風を感じて、ガーネックさんは振り返った。


「まさか、誰かいたのか――」


 夏に入ったため、窓は開け放たれている。

 もしかして、侵入者がいたというのか、それにしては、宝石箱が放置されている。仕掛けを動かしたにしても、仕掛け扉から現れた指輪は、ねずみがかぶったのだ。


 しかも、わざわざ入り口へと向かったのだ。

 わけが分からなかったが、ガーネックさんは叫んだ。


「待て、待ってくれ~っ」


 立ち上がると、そのまま前のめりになって倒れる。


 ただでさえ、肉体労働と無縁のガーネックさんである。しかも、お酒を召し上がってからの、お昼寝であった。目覚めたばかりでは、動きも鈍いのは当然である。

 ねずみを捕まえるなど、できるわけが無いのだ。


 ねずみは、駆け寄った。


「ちゅう、ちゅうう?」


 おい、大丈夫か?――

 挑発ではなく、純粋な心配であった。ここで何かあれば、計画が台無しであるためだ。

 憎い相手であるからこそ、ここで倒れられては困る。しっかりとトドメを刺したいのが、人情なのだ。

 指輪をかぶっているのだ。カーネナイ事件のように、警備本部までの追いかけっこをしたいのだ。


 ねずみは、やさしく鳴いた。


「ちゅう、ちゅうう」


 さぁ、立てよ――

 

 いい笑顔であった。

 手のひらを前に出して、カモン――と、手をふった。

 ねずみの言葉が分からずとも、この仕草で分かるはずだ。ただのねずみでは、ないと。

 そんな疑念が沸き起こるよりもまず、浮かぶ感情がある。


 野郎、逃がすか――と


「こ、この………」


 ガーネックさんは、立ち上がろうと腕に力を入れた。運動をするタイプではない。頭で労働をする金融屋さんである。


 大声で、叫んだ。


「おい、誰かいないかっ」


 お屋敷といっても、二桁の住人が住まうにも狭い小さな屋敷である。カーネナイのように、公園を内包するお屋敷と比べれば、小さなものだ。


 すぐに、どたどたと言う足音が近づいてきた。

 部屋の入り口を大きく開けて、目の死んだ二人組みがやってきた。


「ど、どうされやした」

「おぉ、ねずみか、やっぱりいやがった………頭のいい野郎だぜっ」


 体格は悪くない、ウラ路地でこの二人がコンビを組んですごめば、チンピラも逃げ出すだろう。

 約一名、ねずみをライバル視していたが、結果は同じである。

 せっかく開いた扉なのだと、ねずみは駆け出した。


「ちゅうう」


 まぬけめっ――


 ねずみは、ご機嫌だった。

 全てが計画通りだというお顔で、天井を一瞬、見上げる。一瞬であるため、もしかしたら天井にいる執事さんにも気付かれないかもしれない。


 だが、それでよかった。気付かれない、別行動のコンビネーションが大切なのだ。


 ねずみは、改めて鳴いた。


「ちゅう、ちゅう~」


 さぁ、来いよ――

 後ろ足で立ち上がり、挑発するように鳴いた。

 ついて来いという仕草は、ガーネックさんだけでなく、目の死んだ二人組みにも伝わったであろう。


 お怒りのガーネックさんは、命じた。


「つかまえろっ」


 言いながら、よろよろと立ち上がる。

 走るどころか、歩くこともちょっと不安だが、目の死んだ二人組みが肩を貸すことで、ようやく立ち上がったのだ。


 油断してはよくないが、ねずみはその様子を、じっと待っていた。ワクワクとしながら、これほど楽しいことはないという気持ちで、待っていた。


 ガーネックさんは、ようやく立ち上がった。

 ジャラジャラと、宝石がちりばめられた指輪で苦しそうな指で、ねずみを指差す。


 そろそろかと、ねずみは四足歩行になる。

 目の死んだ二人組みが、不思議そうにねずみを見ている。


「あのねずみ、逃げないな」

「あ、頭のいいねずみだな」

「いいから、捕まえろっ」


 さぁ、追いかけっこの始まりだ。




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