うちの彼女は色々とデカイ、押忍!
「大変申し訳ございませんでした」
何の変哲もない学校の帰り道にて、オレは道端のアスファルトの上で正座していた。罪悪感と恐怖に頭を押さえつけられ顔が上がらない。
額から汗が垂れる。
彼女の声がして、身体がびくっと揺れる。
「あなたの言い分は聞いておりません。見たか、見ていないか、それだけです」
「…………」
何も答えられない。
それがまた彼女を刺激したのか、口調に苛立ちが強くなる。
「見たか、見ていないか。それを答えるだけですけれど? ご覧になられていないと申されるのならそれまでの話です」
「陽色さん……敬語おかしいことになってるっす……」
「話題をすり替えようたってそうはいきませんことです」
その小柄な体躯のどこからこれほどまでのプレッシャーを発せられるのか、不思議でたまらない。季節ももう十一月だというのに。
「まあまあ、ひいちゃん。そう怒らないで。減るもんじゃないんだし」
「減らないけど、ダメなものはダメ」
「うーん」
萎縮するオレを見かねてなのか、我らがかぐやが肩を取り持ってくれた。スクールバッグをかけなおし、彼女は顎に手を
やって空を仰いだ。
「パンツ見られたくらいでねぇ」
「ちょ、はしたないですよかぐや! そんなお、おパンティだなんて。せめて下着と言葉を選んでくださいまし!」
「おパンティなんて一言も口にしてないし、むしろえっちな響きだとかぐやちゃんは思うんだけどなあ。ぼんちゃんはどう?」
「え? そうっすねえ……」
かぐやの言うように、下着というワードに響くものはない。恐らく下着と言われて女性のパンティを連想しないかもしれない。男性の場合もあり得るわけで。
……そうか。
「おパンティだと、女性ものをイメージするかつ上品な感じがしながらも下品さを内包しているから卑猥に感じるんだ!」
「全世界の女性の敵だわッ!(必殺正拳突き)」
「押忍……ッ⁉」
「おパンティからそこまで連想するなんて、さすがぼんちゃん」
褒められているのか、そうでないのか。ともかく腹部の鈍痛が尋常ない。
先ほどの一撃で気が晴れたのか、陽色は頬を膨らませながらも再び歩み始めた。
「まったく……ひどい目に遭いましたよ」
「一番の被害者はオレっすけどね……」
「それでひいちゃんのおパンティはどんなんだったん?」
「「思い出させないで‼」」
陽色さんが息を荒げて抵抗した甲斐があり、かぐやの猛追を何とかしのぎ切り家まで残り半分のところまで来た。
オレとかぐやは同棲しているので必然的に陽色さんだけが途中で別れることになり、その点で言うと残り十メートルもない。この小さな橋を渡れば、また明日だ。
どうせかぐやのことだから、陽色さんと別れた直後におパンティのことを聞いてくるのだろう。
オレとしてもこの秘密をなんとか守り通したい。
かぐやはおパンティバレを何とも思っていないようだけど、世間一般じゃおパンティを見せるのは婚姻を交わすのと同義だ。
考えてみてもほしい。
「表面上はただの布切れ一枚に見えるけど、その布を越えたその先にはエデンの園が存在するんだ。ただ一人の侵入をも許さぬ楽園の入り口が白日の下にさらされるだなんて、天災の他になんとしようか!」
「桃山くん……さすがにわたしもそこまで思ってないから。というか引きます」
「え、なんでオレそんな顔されてるんすか?」
「声に出とるよー」
しまった、オレの悪い癖だ。
夢中になって考えると、つい口に出してしまう。いつかこの癖がとんでもない災いをもたらしそうで、気を付けないといけない。
「とにかく、オレは陽色さんのおパンティのことを絶対教えないから!」
「やっぱり見たんだ?」
「…………」
目を合わせるのが恐い。
と、不意にかぐやがオレの袖を引いて橋の下を指さした。
「なんすか?」
「あれ、なんだろう」
オレたちの視線につられて陽色さんも視線をそちらに向けた。
川の上に流れているのはボロボロの子猫でも入っていそうな正方形の段ボールだった。幅五メートル程の小川だから、誰かが捨てたものが流れてきたのだろうか。
とりあえず中に猫はいないようだから大丈…………む、あれは!
目に飛び込んできたものが薄っぺらくって、気づくまでに時間がかかった。
なぜそれが箱の中にあるのかはわからない。
だが、あれは……あのしましま模様の布地は……ッ!
「陽色さんのおパンティだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼‼‼」
バッシャアアアンンッ!
橋の上からダイブした衝撃で橋以上の高さの水しぶきが上がる。陽色さんの顔に水が滴っているが、彼女はそれどころではなく顔が真っ青だった。
「何してますかっ⁉」
「泳いでます‼」
「見ればわかります! なぜ泳いでいるのかを聞きたいのです‼」
「陽色さんのおパンティがピンチだから!」
「……は?」
「このままだと陽色さんのおパンティが流されてノーパンで帰るハメになるからっす!」
「何一つあなたのことがわかりません‼」
んなこと言われても仕方ないじゃないか。オレの目の前に今にも溺れそうになっている陽色さんのおパンティがあるんだから。……あれ、なんかおかしなこと言ってる?
考えたら立ち止まってしまう。
オレはただおパンティを救うことだけを考えいればいい!
「……いったい、何がどうなって」
「ぼんちゃん、本気らしいよ」
「かぐやまで正気を失ったのですか?」
「だったら、ぼんちゃんが握りしめているあれは何?」
「あんな笑顔で何を取って――――あれは、しましまのおパンティ……ッ‼」
「そう、あれは紛れもなくしましまのおパンティではないか!」
「そ、そんな。でもわたしは今も履いていますわ!」
川から上がると、なぜだから陽色さんがスカートの中に手を入れてがさごそとしている現場に遭遇した。やはり、そうだったか。
なるべく水がつかないよう細心の注意を払った手の中のものを陽色さんに見せる。
「間に合ってよかった。陽色さん、おパンティが脱げたのならどうしてオレに言ってくれなかったんですか。遠慮なんていらないのに」
「遠慮以前の問題なんです!」
「はいこれ」
満面の笑みでそれを手渡す。
彼女はそれを笑顔ではじいた。
「なして⁉」
「ばっちい」
「自分のものなのにっすか⁉」
「わたしのじゃないから‼」
「ええ⁉」
そんなはずはない。あの光景は今でもまぶたのうらに焼き付いている。
透き通りそうなクリアブルーに雲のように白い色合いはまるで青空のようで美しいとすら感じた。
この感動を忘れるわけないだろうに!
地べたに落っこちたおパンティを手に取り陽色さんの顔の前に突き出した。
「これは、間違いなく陽色さんのおパンティです‼」
「違います! 断じて!」
「だったらどうして段ボールの中で桃のごとくどんぶらっこっこされてるんすか⁉」
「わたしが聞きたいくらいよ!」
こうなったらどうしようもない、水掛け論だ。
陽色さんががその気なら、こちらにだって考えがある。
「証拠は!」
「はい?」
「そこまで言うのなら証拠を見せてください!」
「しょ、証拠って……」
「今ここでスカートをめくらせてください‼」
「馬鹿じゃないですの⁉」
「馬鹿じゃないです、オレは本気です‼」
「うぐっ……」
破竹の勢いに押されたのか、陽色さんが一歩下がる。
顔をうつむけ、
「そ、そんなのいやらしいことはダメです」
「いやらしい気持ちなんて一つもないっす‼ オレはただ、純粋に、今陽色さんがおパンティを履いているのか否か、それだけを知りたいッッ‼」
「で、でも……」
「恥ずかしいならオレもズボンを脱ぎます‼ それでおあいこじゃないっすか⁉」
「た、たしかに……それならいいのかも……」
「お願いしゃすッ‼」
「そ、それじゃあ……」
長かった。これでようやくこのおパンティの正体がなんなのか知ることができる。
世界の真理に触れることが出来るんだ!
スカートの裾に手をかけ、斜め三十度傾いたそのとき、
「はーい、そこまでですよー」
小さな手の上に真っ白な手が重なる。オレと陽色さんは同時にその手の主のほうへと顔を上げた。
そこには小学校低学年くらいの男女を二人後ろにつれたかぐやがいた。
「邪魔をしないでほしいっす、かぐや! 今この瞬間、おパンティ事件の謎が解明されそうなんすから!」
「ふふふ、それがもし間違いだとしたら、ぼんちゃんはどうするのかな?」
「な、んだと……?」
「お兄ちゃんたち、ごめんなさいっ!」
そう言って口火を切ったのは男の子のほうだった。
彼曰く、たまたま河原に落ちていた段ボールを見つけて遊び道具にしようとしたそうだ。男の子は段ボールを船と、女の子は自分のパンティをお姫様として現代版一寸法師ごっこで楽しんでいたらしい。それが目を離した隙に川に流されたようで、漂流中のところをオレが見つけた、と。
ふむふむ。
「おパンティをお姫様に見立てるのは無理があるのでは?」
「それ、シュシュだよ」
「「え⁉」」
かぐやに指摘されオレは慌てておパンティもといシュシュを広げてみた。たしかにどこからどうみてもシュシュだった。
なるほど……。
「先入観で判断するのはよくないって教訓すね。勉強になりました」
「うん? またね、お兄ちゃん!」
「川で遊ぶときは気を付けるんだよー」
遠くから元気な返事が聞こえてくる。
あれだけ元気な姿を見るとオレも走り出したくなるなあ。
「ねえ、凡太くん」
「はい、なんすか?」
「先入観で判断してはいけないんだっけ?」
「そうっすね。オレはいつも考える前に動いちまうんで」
「何の先入観?」
「それはお――――」
殺気があった。
このときばかりは考える前に身体が動いてくれてよかったと切に思う。全力で駆け出した直後に、後頭部に空気を斬る音がした。
恐らくお得意の回し蹴りを繰り出したのだろう。
振り返って確認する暇はなかった。
「やっぱり見たんじゃないッ‼」
本気で駆けぬけたら、いつの間にかあの小学生の子たちが追い越していた。