第五話 ニジーランド船の来航とスキルの発現
大森林の探索後、東海岸線に北上する道路を建設して草原地帯と繋ぎ、開拓することになった。
いずれは、田畑も作られるだろうが、当面は村の輪作地の牛や羊の放牧が手狭になり新たな放牧地を必要としたからだ。
森を切り拓き道を均すと、掘った地面は石灰石でこれを利用してコンクリートを作ることになった。
なんでかって、僕が村の陶器の作業場に、浜辺で捨てられていた貝殻を持込み焼いて粉にして陶磁器を作っていたのだが、石灰もどうかなと混ぜたら、アズがそこに桶の水をひっくり返して乾いたら石になっていたのだ。
それを聞き付けたバルカ兄上がこれは使えるぞといろいろ試してセメントが完成。
さらに砂利と砂を混ぜてコンクリートが完成したという経緯だ。
それでコンクリートは、さっそく村の防壁に利用されたが、僕が入江の中程に釣り場のための堤防を作って船の発着場にもしようと提案し認められた。
その中堤防は少しずつ板の型枠にコンクリートと砂利を流し込み3ヶ月程で完成した。
するとちょうど漂流から救助されたドランさんが一家無事なことを王都いる船に手紙で知らせていたところ、ニジーランドの船が帰路に立ち寄った。
入江に堤防があり、大型船でも停泊できることを知って、船長から父上に王都への中継地として利用させてほしいとの申入れがあり、ニジーランドから2ヶ月に1度、船が来航することになった。
もちろん、商品の取引もされる。領内の農産物や便利道具が王都やニジーランドへ大量出荷、領内にないものが大量入荷して、船員さん達の宿や店、酒場も建ち、村は活況を呈してきた。それだけでなく王都や他の領地からの船がひっきりなしに入港するようになり、僕達の釣り場は失われてしまった。
僕達の猛抗議により、入江の先に短い釣り場用の堤防が築かれたのは、一年後のことだった。
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辺境だった村が活況を呈して、それまでなかった教会ができた。それまでは一年に一度遠く離れた町から神父さんが来ていたのだ。
教会のお披露目と洗礼の儀式が行なわれ、僕達も参列した。
この世界では15才になると成人の儀で、神様からスキルを授かる。ところが洗礼の儀を受けた僕は、何故かスキルを授かってしまった。
どうして分かるのかというと、自分にだけ見えるスキルを表示する文字が目の前に浮かぶのだ。
洗礼の儀を受けている時、突然体が光に包まれたような気がして目を閉じてしまい、目を開けると、スキルの文字が見えていたという訳だ。
そして僕が授かったスキルは『天災』『事故死』の二つ。見たことも聞いたこともないスキルだ。
成人したほとんどの人が、一つか二つのスキルを持っていて、隠していないので僕もどんなスキルがあるかは知っている。
そんなに種類も多くはないし、名前だけて用途の見当がつく。
けれど、僕のスキルは名前からして危うい。
その夜遅くに、僕は両親の寝室に行き、スキルのことを話した。二人とも困惑している。
「全く聞いたことのないものだ。しかし、スキルに呪いがあるなどとも聞いたことはない。
おそらく神父に聞いても知らないだろう。」
「正式な成人の儀に、授かったものじゃないから、名前しか解らないのよ、きっと。
解るまで使えないし、隠した方がいいわ。」
そういう話で終わった。
村が活況を呈し人の出入りが多くなると、悪意を持った人間も紛れ込んで来る。
夏のある夜、領主館に忍び込もうとした者がいて夜半に防犯用の鳴子がけたたましく鳴り響いた。
すぐに警備兵が駆けつけら、人影を追いかけたが逃げられてしまった。
そんな事件からしばらくして、船で王都から数名の騎士がやってきた。隊長は第一騎士団の副団長で父上の友人のバトラー子爵だった。
領主館の会議室に俺達家族と主な家臣が集められバトラー子爵から話しがあった。
「皆集まったようだな。こちらは王都の第一騎士団の副団長のバトラー子爵閣下である。
重要な話を持って来られたので聞いてほしい。」
「バトラーじゃ固くならんでいい。アレスとは以前戦場を共にした友人じゃ。
今回は正式な使者ではないが、重要なことを伝えに参ったのじゃ。
実は南のジャンドル王国がこのバイリンスダルを攻め取る動きがあるとの情報が入った。
この地はオートラスト王国の端にあり、王都から離れておる。以前なら狙われることもなかったが、ここ数年の交易で目立つようになった。優れた産品が多くあるでな。
おそらくこの領地を占領して領民を自分達のものとしようと考えておるのじゃろう。
攻めて来るとなれば船じゃろう。迎え撃つ我が国じゃが王都の防衛もあり、多くの船は回せん。
また騎士団もある程度は送るが長滞陣はできん。
代わりに資金を送るので軍備を整えてほしい。」
「閣下、その情報はどこから。」
「ジャンドル王国に潜ませた間諜からじゃ。軍船を作っておるのは掴んでおったが、どこを攻めようと、しとるのか分かったのは今になってじゃ。
建造中の船が出来上がるのは、あと2ヶ月。
訓練期間があるとしても3ヶ月後には攻めて来るじゃろう。」
「閣下、船で来るとして、どうやって攻め寄せるのですか。」
「沖に停泊して小舟に乗換え、兵を上陸させて来るじゃろう。
武装は弓と槍、手投げの火炎玉もあるじゃろうな。
船の数は100隻、それからすると兵力は1万と予想される。」
「 · · · · · 、1万。」
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それから2ヶ月、領民を挙げて防衛準備を繰り広げた。
入江の外海側には50基の投石機が備えられ、火炎瓶で船を焼く。平地の浜には2重の防御柵が並び、その後ろには弩弓が配置された。
攻め込まれたとき、大軍が通り辛い住民が避難する細い道も作られた。
そうして、刈り入れも終り!秋も深まったある日。ついにジャンドル王国の船団が姿を見せた。
我が国の艦隊は迎撃に行ったはずだが、遭遇できなかったか、別動隊と戦っているのかも知れない。
大型船は70隻余。沖に停泊して小舟を降ろすと、一斉に上陸へと向かって来た。
入江や浜辺から、投石機で火炎瓶で攻撃するが、数百隻の小舟には効き目がない。
領軍はバイリンスダル領の警備兵と領民の志願兵併せて2千名。王国から増援の騎士団が3千名だ。
ジャンドルの兵は、投石機の攻撃をかいくぐって次々上陸して来て防御柵前での攻防となっている。
僕は領主館のテラスから、母上とアズと三人で、この戦況を見ている。
防衛ラインが破られたら、森の外れにいる住民達に避難の合図をする役目なのだ。
浜辺での第一次防衛ラインが破られた。味方が、次々と退却を開始している。次は村を囲う塀の中で籠城戦だ。
敵が次々と上陸して来るのを見て、僕は胸が締め付けられる思いに駆られた。
『なんで人のものを奪うんだよっ。僕達が頑張って頑張って、やっと良くして来たのにっ。』
『許せないっ。ジャンドル王国の兵隊なんか、皆、海に沈んじまえっ。』
そう心から思った時だった。目の前に《天災》のスキルが浮かんで光った。
突然『ゴー』というもの凄い音が聞こえ、それに続いて地面が揺れた。地震だっ。
音と揺れにそんなに間がなく、震源地が近いとなんとなく解った。
だがそれからだった。沖合に黒い壁が見えたかと思うとゆっくり近づいて来て、まず沖合に停泊しているジャンドル王国の船団を呑み込んだ。
津波だ、さっきの地震で津波が起きたのだ。
津波は音もなく岸に押寄せ、逃げ惑うジャンドルの兵隊を呑み込んで行った。
津波は、村を囲う塀まで押し寄せたが、その後は静かに引いて行った。
この日ジャンドル王国9千名が海の藻屑となって消えた。
遥か沖合で戦っていたジャンドル王国軍20隻と、王国軍の30隻は、津波の被害には遭わなかったが、海戦でジャンドル王国船8隻が沈み、残りの船は逃亡して行った。
ちなみに、領地の津波の被害は農地の4分の1が海水に浸かって駄目になり、入江を始め海岸近くの建物が全壊していた。
海に引き込まれたジャンドル王国の兵隊は、鎧の重みで、死体は数体しか見つからなかった。