第四話 新たな村人と、大森林の探検隊
漂流していた家族の父親の名前はドランと言い、この大陸の隣にある《ニジーランド》と言う島からオートラスト王国へ移民のために来たそうだ。
ドランさんは歯科医師で、王都の知人に勧められ奥さんのレベッカさんと一人娘のキャシーちゃん(5才)を連れて向かう途中だったとのこと。
辺境バイリンスダル村には歯科医が一人もいないので、ここで暮らさないかと父上の誘いを受けて、開業することになった。
歯科医の道具や設備が全くないので、ガルバ兄が一から作ったのだが、屋根に並べられた風車による動力研磨機や動力椅子などが、希望を上回る出来で感激されたらしい。
キャシーちゃんは、すっかり元気になり、アズやミルと姦しく駆けずり回っている。
もっとも、アズ1人だったはずが三人に増えて、姦しい俺の金魚の糞となっているよ。
今日は、海老や蟹を採るために、考案した竹籠を試すためそうと、三人を引き連れて入江の尖端へとやって来た。
小魚を切って餌にして、竹籠を岩場の深みに沈め待つ間は岩海苔を取って遊ぶ。
近くでは、ロッドさん達が数人で、素潜りで貝を採っていた。
貝採り終えたロッドさん達が岸に上がって来た。
「チビちゃんたち、海苔はいっぱい採れたかい。」
「うん、でもほんとはね、海老採りなんだよ。」
「えっ海老採り、そんな浅瀬にはいないだろ。」
「ロッドさん見て。アズ、かごを上げてごらん。」
アズ達がひもを引き上げると、なんか重そう。
「わっ、いっぱい いっぱい。」
「すごいよ、海老がいっぱい。蟹もいるっ。」
「わわわっ、いっぱい いっぱい食べれるね。」
「おいっ、なんだよこれっ。」
「驚いたな、かごで海老や蟹が採れやがる。」
「かごの中に餌を入れたのか、餌は小魚か。」
「このかご良くできてやがる。入口が反しになって出られなくなってるんだ。」
「アル君、このかごを借りて行っていいかな。
俺達も真似して作りたいんだ。」
「うんいいよ。いっぱい採れたからもう使わない。
アズ、ミル、キャシー、海老に金串を刺してくれっ。このまま焼いたら逃げちゃうよ。」
「蟹は、蟹は、蟹はどうするの。」
「蟹は布袋に入れて、家に持って帰るよ。みんなにお土産だ。」
海老や蟹の漁は、素潜りの銛で突いて採っていたのだが、この日から女衆のかご漁に替った。
そして豊富に採れるようになって、領主館には、毎日海老、蟹、魚貝が届けられるようになった。
俺が見つけた、新しい漁のお礼だって。
蟹好きの母上と海老好きの姉達は、とてもご機嫌になって、料理メニューも豊富になった。
✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣
バイリンスダル領の北には大森林が広がり、遠くには嘗て大噴火を起こし、今も噴煙を上げている《モツレー火山》が見える。
大森林の奥地には、獰猛凶悪な魔獣が多くいると信じられており、これまで踏み入った者は少ないが入口付近では魔犬や魔熊が驚異として見受けられているだけである。
近頃のバイリンスダル領の発展に伴い、大森林の調査が必要と判断され、父上は調査隊を組織した。
隊長は嫡男マルスだ。隊員は狩人が5人と警備兵から15人。それにカルバ兄上と俺の総勢23名。
カルバ兄上がいるのは、鉱物調査のためで、俺が加わることになったのは、母上の薬草畑を手伝って植物の知識に明るいからだ。俺も新しい植物を発見できればと志願した。
出発準備に、カルバ兄上と方位磁石を作ったり、地図用の羊皮紙、油性インクを用意した。
探査計画は、大森林の入口から《モツレー火山》に向かって直線で進み、樹海を見渡せる山か高地が見つかれば、その方向が直角になる地点まで進み、次にその山地頂上を目指し、山頂から周囲の地形を把握するというものだ。
途中、地形や地質、鉱物や植物相も調査する。
およそ3週間分の食料を、各自が背負い出発した。
出発して3日程は、入口付近と植物も変わらず、背丈を越える草と鬱蒼とした樹木の中を進んだが、その後は直線進路を阻む湿地帯に会ったり、密林で前進に難渋することが増えた。
大森林の奥地に進むほど気温が高くなり、まるで熱帯の密林のようだ。
動植物も猿や野鳥の他に、魔虎や魔狼が姿を見せ入念な野営の準備が必要となり、日中の行動時間の制約を余儀なくされた。
6日目の深夜、見張りの叫び声に飛び起きた。
「魔狼だっ、魔狼の群れが襲って来たぞっ。」
皆で槍を構えながら、マルス兄上が声を上げる。
「皆っ、花火に火を付けろ。バルカ、アル、爆竹を鳴らせっ。」
魔狼達は、明るい火花と打ち出される連発花火に怯んだようだ。
俺は荷物の中から爆竹を取り出し、火を付けて、周囲に向かって投げる。バルカ兄上も投げている。
たちまち『バン、バン、ババババン、バン。』と爆竹がけたたましく音を立て、驚いた魔狼達が逃げ出した。
見張りの一人が襲われたが、幸い咬まれずに、周囲の者がよって集って槍で倒した。
「どうやら逃げてくれたな。焚き火を増やせ。
炎を絶やすな、奴らは火を怖れてる。
落ち着いたら、朝まで半数交代で休め。アルは、休んでいいぞ。」
翌朝、倒した魔狼を見ると、体長は2mもあり、目は赤く身体は硬い毛で覆われ、槍の穂先のような長い牙とするどい爪を持っていた。
『わぁ、俺じゃとても太刀打ちできないなあ。すごいなぁよく倒せたなぁ。喉にも腹にも何ヶ所も傷があるから、なかなか死ななかったみたいだ。』
8日目には大森林から顔を出す山を発見、2日後には直角地点まで辿り着き、進路を東に取り山へと向かった。
それから3日掛かって山頂に到達した。そこから見渡すと、東の山裾は海で崖が続いているようだ。
はるか南にバイリンスダル領、北と西には大森林が連なり果てが見えない。
皆で協議の結果、帰路は往路ではなく東の海岸線を下ることになった。できるだけ大森林の情報を持ち帰りたいからだ。
これまで判明したのは、南半球にあるこの大陸で大森林の内部は火山の地熱も影響してか、亜熱帯の樹木が密生していること。
土壌は外苑部には粘土質も見られるが、火山灰の上に植物の堆積層ができていると思われること。
植物は外苑部が広葉樹だが、内部はシダや椰子があり、野生のバナナやパイナップルなどがあった。
鉱物はこの山を見る限りでは石灰石であり、今のところ有益な鉱物資源は見当たらない。
俺達は標本を集めながら、東海岸線を南下した。大森林の東海岸線は切立った崖が続いていたが、バイリンスダル領近くには広い草原地帯を発見した。
2km程の森に遮られ、分からなかったのである。
こうして、第一次大森林探索を終えた。
魔狼は剥製にして領主館の玄関に展示された。
しばらくは領民の見学者達でごった返した。
あと薬草畑の隣に新たな温室が建てられた。
屋根も壁も曇りガラス張りだが、バルカ兄の力作建物である。
ガラスは王都でも希少とされているようだが、
宝石を欲しがるアズの無茶振りに応え、海岸の白砂を石臼で挽き、粉を選別して高熱で溶かして作った硝子玉から、バルカ兄が創意工夫して板硝子を作ったものだ。
温室はもちろん母上の無茶振りで作られた建物で大森林から持ち帰った標本植物の栽培を施設だ。