第二話 バイリンスダル領の豊穣の秋
まだ背が低い俺には、見渡す限りに見える田んぼ(ほんとは少ない)に、黄金色に実った穂が垂れてところどころに、赤とんぼが止まったりしている。
「う〜ん、今年も豊作だなあ。それに今年はアルが言い出した放し飼いの鯉も、食用に回せそうだし、秋祭りは盛大になるぞっ。」
そう話すマルス兄さんの隣で、僕とアズはお握りを食べている。お米のご飯は日常夕食だけなので、お弁当のお握りはご馳走なんだ。
6年前にマルス兄さんが、初めて農地を任されることになった時に、僕も視察にくっついて歩いて、僕には《ぐちゃぐちゃ》に見える田んぼを見て、
『なんで、こんなに汚いの?』
『そりゃあ、種を蒔くとバラツキが出るのさ。』
『だったら、少し育ってからきれいに植えればいいのに。固まり過ぎてるところは実ってないよ。』
『そうか、間隔を開けて植えれば、手間は掛かるが収穫が増やせるかも知れんな。』
そんなことで始まった正常値え。試した田んぼは2倍の収穫になった。
〘それでもこの辺境の村は、元々お米の自給率2割しかなかったから、やっと4割になっただけ。
あとの食事は、麦飯や雑穀とパンもどきだよ。〙
『ご飯食べている時ね、固くて小さいお米が混じっているんだよね。』
『仕方ないだろ、実りの悪いものもできる。』
『種から悪いんじゃないのかなぁ、きっとこの種は実ってないから軽いんだろなっ。』
『だけど、そんなの調べる方法がないだろ。』
『そうだ池の中より、海の中の方が身体が浮くよ。
どうしてかなぁ。種も浮くのかなぁ。』
そんなことから、マルス兄が苦労して編み出した《塩水選別》で、3年目は収穫が3倍になった。
〘それでも米の自給率は6割だ。〙
『豊作は嬉しいが、収穫作業が大変だよ。』
『籾を櫛みたいので、引っ掻いたら簡単なのにね。余計な籾殻はふーふーしちゃえばいいのに。』
そんな会話で、ガルバ兄が四苦八苦して《千歯こき》や《唐箕》を発明したんだ。
そして3年前、マルス兄さんが聞いた。
『アル、またなんか言いたいのか。なるべく簡単なものにしてくれよな。』
『兄上、簡単か難しいかは僕には分かりませんよ。
簡単と言えば、田んぼなら鯉とかの稚魚でもいれば草の目を食べてくれるんだけど、母上の薬草畑ではできないんだよな、はぁぁ。』
『はははっアル、そうか。アルが考えることって、アルが楽するためだったんだなっ。』
そんなことで3年目の今年は鯉の成魚が増えた。養殖目的じゃなかったけど食用になるんだ。
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ある朝早起きして、顔を洗いに井戸へ行ったら、次女のベニスお姉ちゃんが四苦八苦しながら井戸で水を汲んでいた。
まだ14才の女の子には、辛いし重い仕事なのに、ベニスお姉ちゃんは毎朝、井戸と炊事場を行き来し水甕に炊事のための水を汲んでいるんだ。
「ベニスお姉ちゃん、おはようっ。」
「あらアル、もう起きたの。早起きね。」
「お姉ちゃん、井戸と炊事場はそんなに遠く離れてないのに、水を汲んでいるの。」
「そうよ。お料理の最中に水が足りなくなったら、失敗しちゃうのよ。だから、必要なのよ。」
とっても大変そうだ。水かぁ、水、水、水鉄砲。そうだ、水鉄砲だっ。
朝食が済むと部屋に閉じ籠り、水鉄砲の原理を、応用した水汲みの設計図を書いて見た。
う〜ん、水汲みの所は粘土をどうにか固めてと。でも長い管は竹筒で良いとしても、水汲みの筒は、金属じゃなきゃな。
水汲みを動かすのは《てこ》を使ってだな。
よし、あとはガルバ兄ちゃんに任せよう。
ガルバ兄ちゃんの所に来たら、とっても嫌そうな顔されました。
「なんだ、また面倒な頼みか。アルが仕事場に来るのは、あまり嬉しくねぇな。」
「だってぇ、このバイリンスダル領一番の鍛冶師のガルバ兄ちゃんにしかできない仕事だもの。
他に頼める人なんかいないよ〜。助けてよ。」
「わぁーた、わかったから、抱きつくなっ。」
ガルバ兄ちゃんは、僕の稚拙な絵(設計図)を、しげしげと見て言った。
「なんでこんなもの作るんだ? 誰のためだ。」
「え〜と、ベニスお姉ちゃんの水汲みが大変そうだったから。水鉄砲の原理でできないかなぁと。」
「ふむ、ベニスのためか。なら作ってやるか。」
〘えっ、僕のためならだめなの。それ酷くねぇ。〙
でもさすが、ガルバ兄ちゃんだよ。粘土を材料にろくろを使って、粘土の円柱棒を作ると、中をくり抜いてそれを型にして、青銅の筒や水汲みを一日で作ってしまった。
次の日は、竹をくり抜いて長い竹筒を作ってくれた。繋ぎの青銅部品もたちまちだ。
そして二人で井戸へ取り付けに行った。
そこへアズとベニスお姉ちゃんがやって来て、面白がって見ていたが見事成功して、水汲から水が溢れ出た。そしてアズが言った。
「ねぇ、この水汲が台所にあるといいのにねぇ。」
僕とバルカ兄ちゃんは、青ざめてそのご要望に応えるべく、次の1ヶ月を費やす事となった。
でもやったよ、青銅の筒で掘削しながら繫いで10mくらいの地中で水が出た。元々井戸に近かったし水脈があったのでできた。
母上とベニスお姉ちゃん、アズが小躍りして喜んでくれるのが見れて何よりだった。
だけど、父上に言われてバルカ兄ちゃんは村中の井戸に水汲みを取り付けることになって、僕も手伝う破目になってしまった。
しかし、この水汲みは、我が辺境領初の輸出品となって、領の財政に寄与することになる。
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そして秋祭り『収穫祭』の日がやって来た。
《領主アレスの独白》
〘 今年も豊作。辺境バイリンスダルも米の自給率が6割で、麦は8割だから備蓄もできて、年々豊かになっている。
それに今年は水汲みが作られて、井戸を掘れば、来年は畑の開拓も期待できる。
なんと言うか子どもたちの成長とともに、豊かになっている。
予期せぬ子供達の知恵と力が、目覚ましい発展の原動力になっているのだ。俺は子宝に恵まれた。〙
村の広場では着飾った若い女性が華やかさを盛り上げ、男衆が大鍋の汁料理や炉端で串焼を振舞い、皆、笑顔で行き交っている。
父上達がお酒を飲んで、領民の皆と笑顔で話して僕達三兄弟は屋台を出している。
長男のマルス兄は、海老や蟹の味噌を塗った焼きお握りの屋台。次男のバルカ兄は、おでんの屋台。
そして僕とアズは、お好み焼きの屋台だ。
僕の屋台は焼く時間もあるし、珍しさもあって、大行列だ。長姉のディアナも次姉のベニスも手伝いに来てくれたけど、4人でてんてこ舞いだ。
出来上がりを待ってるお客が多くて、摘み食いもできずにいたら、マルス兄が、お握りを差し入れてくれた。
僕達の屋台は祭りの最後まで、大行列が途切れることはなく、僕とアズは翌日ダウンしてしまった。
父上と母上は『うちで一番働いたのはおチビさんたちね。』『誰に似たのか、頑張り過ぎる。』
『あら二人とも半分ずつよ。』と笑いあっていた。
そんな僕に対する家族や領民の評価だけど、僕が作ったり発明したものでもないので、きっかけにはなったが『バイリンスダル領きっての変わり者』。
何がって『見ているものが』だって。全ったく、褒められてないから。