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日が沈んだばかりだから明日まで太陽は昇らない

原稿用紙30枚ほどの短編小説。そこそこよく書けたと思うのですが、ある賞に投稿したところ箸にも棒にもかからず。ぐすん。

高校一年生の数学がかなり出てきますが、分からなくて大丈夫です。

 私の行動に何も問題はない。

 普通の行動だろう。部活終わりに忘れ物を取りに無人の教室へ戻ったら、自分の机のすぐ近くにノートが落ちていた。大学ノートはメーカーも色も最もオーソドックスなもので、表にも裏にも何も書かれていない。持ち主の特定のためには、中を開いて見るしかない。実に当たり前の行動だ。

 他人のノートはプライバシーがあるので見るべきではないと主張する人もいるかもしれない。もしかしたら、中にとんでもない個人の秘密が書かれているかもしれない、と。 

 しかし、今私がノートを知らんぷりしたところで、明日の朝あたりにでも誰か他の人の手によって開けられてしまう可能性が高いだろう。それがもし心無い人間だったら、その内容を面白がって広めてしまうかもしれない。そう考えれば、私が中身を確認しておいたほうがずっと間違いがない。私ならそんなことはしないくらいの分別はある。

 だから、やはり他人のノートを開くという私の行動には何も問題はない。今は日が沈んだばかりだから明日まで太陽は昇らないし、秋だから明日は今日よりもう少し日が短いし、無理数と有理数を足したら無理数になる、そういうくらい確実で問題のない論理に基づいた行動だ。

 確かめてみよう。

 aという有理数とbという無理数を足したらcという有理数になると仮定する。a+b=cだ。しかし、この式を変形すると、b=c-aとなる。c-aは有理数から有理数を引いた数だから有理数。すると、bまで有理数という結論になって矛盾が生じてしまう。論理に問題がないのに結論が矛盾した。だからこれは仮定が誤っている。よって有理数と無理数を足したら有理数にはならず、無理数になる。倉田先生に習った背理法で簡単に証明できた。

 よし、間違いない。

 確信を持ってノートを開くと、日付とともに計算式が書かれていることを確認する。数学のノートだ。

 中にも名前は書かれていないが、書いてある字の癖と落ちていたノートの場所から、おおよそ持ち主は推測できる。

 お世辞にもきれいとは言えないが、力強くてとめはねの大きい字。そして、私の机のすぐ近くに落ちていたという状況。

 まず間違いなく、私の前の席の男子である椎葉くんの物だろう。確か椎葉くんはこんな字だった気がするし、椎葉くんの机の中から落ちたのだとすれば、落ちていた場所も全く不自然ではない。椎葉くんの机はいつも教科書やノートでぎゅうぎゅうなので、誰かが少し机にぶつかったとかそういう弾みで落ちてしまったのだろう。

 しかし念には念を入れておきたい。万が一私の推測が間違っていてこれが別の人のノートだとしたら、椎葉くんの机に入れてしまうのはとんだ悪手というものだろう。もしそうなら、明日椎葉くんはこれは誰のノートだろうかという推理を友達と一緒に始めてしまうだろう。そして、誰が自分の机にノートを入れたのかという推理も。それは良くない。

 ノートの内容は比較的最近の数学の授業の内容なので、ページを捲っていけば今日の授業の部分に辿り着くだろう。椎葉くんは今日の数学の授業で途中眠ってしまっていた。もしこれが椎葉くんのノートなら、今日の授業の内容に漏れがあるはずだ。それが確認できれば、これが椎葉くんのノートだと断定していい。たまたま椎葉くんのように居眠りをしていた別人のノートだというのなら、それはさすがに私の能力の限界を超えていると諦めざるを得ない。

 ペラペラと最後に書かれたページを目指す。すると、何ページかに一度、上部のスペースに文字が書かれていることに気づく。少し気になり、ページを捲る速度をぐっと落とす。

「無言」「ありがとう」「うん」「無言」「無言」「ありがとう」「うん」「うん」「ありがとう」「ありがとう」

 三種類の文字が書かれている。規則性を見出せないかと思ったが、これだけではそれは難しそうだ。

 ただ、一つだけそれらの文字に共通した法則があった。いずれの文字も、日付が書いてあるページの上部だけに書かれている。

 好奇心に当初の目的を忘れている自分に気づき、いけないいけない、と急いで今日のページへと飛ぶ。

 やはり、今日の内容が不十分だ。倉田先生がしっかりと板書で示したはずのユークリッドの互除法の証明が中途半端なまま終えられてしまっている。

 これでまず間違いあるまいと確信を深め、椎葉くんの机の中にノートを押し込む。

 人事は尽くした。

 ノートの上部に書かれた謎の文字が頭の中にちらつくのはできるだけ無視して、これにて一件落着と自分に言い聞かせながら暗くなった教室を後にした。

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