第5章 4話 それぞれの意志
苦しむ弥生を助けたと思えった途端、罠にはまり捕まってしまった。
クロクと連絡を取りながら、行動するも知らされたのは、弥生の異変だった。弥生の生命線はヒロルと名乗るやつが握っているとか……
でも、速くどうにかしないと弥生が危なかった。クロクには頼んだが、不安が残る。
ヒロルは僕を狙っているし、動けないし……そんな中、僕に襲いかかったのは意識の異変だった。
僕が天空へ来たのも、あの日死んだのも。
――に代わって人間を学び生きていく。それがお前のやるべき事だ。
「……っ」
穴だらけの記憶が少しづつ塞がっていく。僕は、普通に生きているつもりだった。
本当はそんなんじゃない。これまでの違和感も全てアイツの叫びだった。感情だった。いつか、僕の役目は終えてしまう。
「ねぇ彩夢? 言うこと聞かないなら、力尽くで連れて行くけど?」
ヒロルの言葉で彩夢は目をさます。一瞬、疑問を抱きながらも周りを見渡しながら理解する。
「なにお前」
……ガシャ
彩夢が立ち上がろうとすると、鎖が動きを制限した。
「忘れてたの?」
「…………」
それに気づいた途端、手首を回し何かを持つように鎖に向かって振りおろす。
ガチャ!!
重い鎖は鈍い音と共に、簡単に切り離され床に落ちていった。彩夢はその様子を確認すると、また足の方へと切り刻む。
ガキッガキ……ギッ
「あれ、魔力対策はちゃんとして創ったのにな」
そう呟いた途端にヒロルに鎖が飛んだ。
「ひどいなあ。」
「……よくもさっきは好き勝手に遊んでくれたな」
彩夢は、見えない何かを握りしめヒロルに向ける。
「俺に二度と関わるな」
――
「イぎゃあアアああアアア!!!!!!!!」
「あっこれ……色々とまずいかも」
一方、クロクは弥生の変わり果てた姿と彩夢の様子に気づき、空を見上げながら固まっていた。
向かってくる爪をナイフでいなし、姿勢を崩すと風を扱い吹き飛ばす。
「ちょっと待っててくれないかな?」
(天空の人達は暫く来れなさそう。このまま彩夢と接触させたら絶対殺し合うよね、これ。)
「ギュアアああアア!!」
ザッ!!
姿を消し一瞬で背後に回ると、ナイフを首元に差し込んだ。
「待てって言ったじゃん」
……クロクは気づいていた。弥生には意思がない事を、まるで誰かに操られるように、ただがむしゃらに向かってきていると。
「丈夫だね。はあ、まだ調子がよくないんだけどな」
「イギュルあああああ!!!」
目の前に迫った途端にクロクの瞳孔が大きく開いた。
「借りにしよっかな」
一瞬で、風が吹き荒れクロクの元へ数本の細長い光が向かっていく。
「継ぎし、路の運命は風と共に巡りゆく」
声は小さいながらも壁を震わし、現れた光の筋は風に導かれるように弥生へと方向を変える。
――弥生を頼む。
彩夢の言葉を思い出すと、クロクはうん。と笑った。
(仕方ない。ま、今のうちに恩は売っておこうかな)
光の筋は弥生を止め囲い込む。
「逆行」
パチッ
「……ギュアアあぁぁぁあぁぁぁ!!!」
指を鳴らした瞬間、光の筋があらゆる方向から胸に向かって貫き串刺にしていた。
「相手が悪かったね」
「……っ…………ぁ、…おに……さ……」
獣は、倒れ込むと人型になりながら小さくなっていく。クロクは意識を失った弥生を暫く見つめていた。
「きっと……あの彩夢は僕を許さない。僕は自分のために君の大事なものを奪ったから」
小さく呟きながら弥生を壁側へ連れて行った。
「……やっぱり彩夢は」
「お前みたいな人間は痛みがないと理解しない。痛みをしらない人間は自分の快楽のために傷つける」
ヒロルは何かをかわすように首をあげた。
「空間にある魔素を剣にしてるとはね」
「……」
彩夢は魔力が流れるものなら、人間がその物体に抱いている概念。つまり、中身の性質をねじ曲げる事が出来た。
銃をナイフのように扱ったり……制限はあれど、強い力を持っている。
ものに触れない限り性質は変えられないという事をヒロルは知っていた。しかし、目の前の彩夢は空間をものとして扱い、刃物として扱っている。魔素を操れるほどの力を、人間であるはずの彩夢は持っていた。
(空間上で魔素を操って、体内を通さずに魔力に変換する……人間である彩夢にだって僕にだって出来ないのに)
「ねぇ、本当に彩夢なの???」
「俺は彩夢だ。……話すのは嫌いなんだ。もういいだろう」
塗りつぶされたような眼光は光を失いながらも鋭く光る。ヒロルはそれを聞くと嬉しそうに立ち上がった。
「そっか、わかった。けど苦しそうだし僕は貴方の力になりたいだけなんだ!!……僕についてきてくれたら全部救ってあげる、一緒に作ろうよ! 理想をさ!!!」
「………っ」
彩夢が刃を真下に振りかざすと、檻は吹き飛び床にひびが入っていった。周りの物は吹き飛び瓦礫に囲まれた空間がヒロルを閉じ込める。
「誰が信じるか。人間が理想を語るときは、人を利用しようとしている時だ。」
「……そっかあ」
(なんか面白い事になってきたなあ。彩夢が手に入ったら……きっと楽しくなる……欲しいな……彩夢の全て!! )
殺気だてる彩夢と裏腹に、ヒロルはただ湧き立つ欲望に震え楽しんでいる。
「あぁ、聞いてくれないなら?僕はこの授かった力で全てを手に入れる。 この世界で、この人生だけは、自分の意思で生きていくって決めたから」
ヒロルの叫びと共に、全身が光り輝く衣となった。
「……??」
「シャングリア」
「――――キュラアアアアアアア」
静かな空間に響く高き鳴き声は鼓膜を突き破るかのような叫びだった。全身が白く包まれ蛇のような竜が彩夢の前に立ちはだかる。
「へぇ」
彩夢は甲高い鳴き声に、耳を塞ぐことなく静かに聞いていた。
(なるほど。この世界には、俺以外にも使えるやつがいるんだな)
彩夢は、薄気味悪い笑みを見せながら竜を見上げた。
「面白い。受けてやるよ……さぁ、報復を始めよう。アラストリア」
「クルウウウウウううアアアアアアア!!!!」
アラストリアは、影からではなくヒロルの背後から現れる。彩夢の目は、焦げた光が焼き付いたように、碧が目に宿っていた。
概念と創造……2つの力が対立する。
「お前は神聖獣?どうして天界を壊そうとするものに力を渡す。」
――キュラアアアアア!!!
「うっ」
「だい…じょうぶ? お……さん」
鳴き声に押しつけられるようにクロクはうずくまり、弥生は血だらけになりながらも起き上がった。
「別に問題ない。ゆっくり治してるから動かないで」
「あり…とう。たすけて、くれて」
クロクも全身から血が流れていたが、気にする事無く手に魔力を込める。すると、弥生の傷は巻き戻るように癒えていった。
「別に君の為じゃない。1つ……やってほしい事があるんだ」
「なに??」
――天空
「なんですかこれ!! 速く弥生君達を助けないと!!」
「いちよう生きてはいるようです。しかし、途切れて状態がわかりませんね」
スプラウトとカクラジシは、障壁に耳を付け様子を伺っていた。
「どうですか?ウィストリアさん!!」
「天空の半分がこんな事になっていたとは気づかなかったな。……こんな結界を張れる力があいつにあるのか??」
ウィストリアは、ブツブツ言いながら障壁を軽く叩き唸っていた。
クロクの読み通り、ウィストリア達は立ち止まっている。
「もしかしたら、彼らにとっての通り道があるのかもしれない……っスプラウト!! カクラジシ様と共にそれを探してくれ。私は、真っ正面から破る」
(あいつは彩夢達に何をする気なんだ? なんとしても助けてみせる。それが私の責任だ)
ウィストリアは不安を抱きながらも、魔法書を手に取った。
「でもっ……」
「速く!」
「分かりました!!! でも、無理はしないでくださいね!」
「彩夢!? ピーちゃん、これって」
「これなら、勝ち目があるかもしれません」




