当たり前だった日常
️『いいか、聞け。努力しても記録が出るとは限らない。全ての条件が揃った時に記録が伸びる。奇跡みたいに飛躍するやつもいる。』
俺の前に知らないおじさんがいた。だが、周りを見る限り競技場の人間だ。周りにもジャージを着た生徒達がいる。
『1つは時の運。空腹、アップの経過時間、これまでの練習の効果がぴったりと揃う時。』
おそらく、過去の俺の恩師なのだろう。
『2つめは体調。体調が悪い時に飛べるやつはいない。一部に睡眠がない方がいいやつはいるが。睡眠、食事をしっかり取るように。』
おじいさんの話に皆食いついて聞いている。この人は相当な力を持つ指導者なのだろう。
『3つ目は、環境。強風、雨、寒い時、暖かい時それぞれ体質的に得意なやつがいる。雨が降った方が踏ん張れるやつもいるらしい。あとは周りの人間関係も応援されなければ花は咲かない。』
そういえば、なぜ俺はここにいる。さっきまで部屋にいたはずだ。あいつが俺に見せたいものなのか?
『そして、最後に想いだ。跳ぼうという意思がなければ、希望はない。とにかく今できることを考えて励むように』
「……」
夢か。
あのおじいさんは何が言いたかったのだろう。とりあえず、頑張ればいいというのはわかった。
俺はまた荷物を背負って家を出る。誰かさんのせいで自転車が使えないのが痛手だ。
もうこの日常が当たり前になりつつある。
なんか不思議な気持ちだな。これが当たり前なのに、当たり前に感じない。
いつものように昼休みがきた。彰達とご飯を食べる約束をしていたんだ。
だが、その『いつも』も、これからある『いつも』も、もう来ない。
「やあ、彩夢。数日ぶりだね。元気そうで何より」
「―――!!?」
「ガッ…はっ……」
彰は血を吐きながら倒れていた。そこには、日常の世界では見るはずがない見慣れた男だった。
「なんのつもりだ……クロク」
彼は大きな白い翼を広げながら、柵に座っていた。この世界に似合わない彼は口元を緩めながら眺めていた。
「君と少し話をしたくてね。」
「こんなことして対等に話し合えると?」
「何を言ってるんだい? 彼は君を殺したと相違ない。彼のせいで君は苦しみ、自殺したんだ。」
「こいつだけのせいじゃ」
彰の傍に駆け寄った。だが、止血どころの血の量ではない。
血は止まらず、姿は変わらないものも動脈は確実に切れている。
本当は、やり直したかった。あいつの代わりに俺が……関係を修復して、望んでいた生活を送るつもりだった。
「彩夢……な……か?」
「あぁ。しっかりしろ。まだお前らとやりたかったことがあるんだ。せっかく仲良くなったのに……俺が」
もう手元にあるペンでいい、死を否定して……
そう思う前に、彰の血はさらに飛び出した。生気の無い目のまま、彼は光となり消えていく。
「……あっ……あ……」
「もう殺したよ。あのひとも。」
「まさか俺の先生は」
そういうとクロクはクスリと笑った。
「そう。よく気づいたね、彩夢。」
俺はその余裕そうな顔にどんどん苛立ちが湧いてきた。人をこんなにも殺しておいてなんとも思わないのか。
「……っ待て、クロク……俺は」
背後で声がすると、ヒューブリッジは心臓に刺さったナイフを引き抜いていた。血を流しているがすぐに治っていく。
「だからさっきから言ってるじゃん。邪魔しないでくれるかな?」
引き抜いたナイフは、また彼に突き刺さって倒れ込んだ。
「仲間割れか」
「いつもの事だよ。彼は本質も知らなければ、全てにおいて優しすぎる。彼は監視しか役割がないんだからこうしておくのが正解なんだ」
クロクは地へと降りると、羽をしまった。
「話が逸れてしまったね。こんな事をしたのはちゃんと理由がある。君と取引がしたい」
「……するわけないだろ」
俺は睨みつけた。こんなやつと取引なんて絶対ろくでもない目に合うだろう。
「君は、彩広 美喰楓の居場所を知りたがっている。違うかい?」
「……」
「君の行先には、たくさんの試練があるだろう。場所はどこにあるのか? 見つけたとしてどうやって入る?魔力を身につけた人間に君は太刀打ちできるのかい?」
「魔力?」
「あぁ。憑依型人造魔獣といった研究品があってね。人と組み合わせることで、この世でも魔力が使えるんだ。まあこの日本だけだけど。」
「信じれるわけないだろう」
そうは言ったもの、俺の脳裏には疑惑があった。『青い封筒』に書いていた。人々は魔力を必要とした……と。
本当にあるのか?
「なら……なぜ君という人間が彼を殺すまでの力を手に入れたのかな? アラストリアといった獣が君に力を貸した、違うかい?あの獣はそれらと同じことが出来るんだよ」
アラストリアは死呪霊だ。俺の幼少期から傍にいてくれた。
確かに、魔力がなぜ使えるのかは分からない。
「死呪霊と憑依型なんとかは違う。」
「憑依型はこの世界の魔素から魔力を生み出せる。死呪霊は感情から魔力を生み出し、死んでなお命を張り巡らせようとする。そして、人の目には認識できない。ようは魔力を使える点は同じさ。」
「これ以上は取引してくれたら話すよ。好きなだけ。」
「条件は」
「君に彩広美喰楓の居場所を教え、そこに行くまで導く。力も貸す。僕はこの通り、人に敵わない力がある。そして君が殺すことにも目をつぶろう」
「お前の条件は」
そういうと、クロクはナイフを懐から出した。
「君に死んで欲しい。君自身に死ぬという選択を取って欲しい。そして、僕は君という存在を消す。君は家族に迷惑がかかるのも、友人の約束を果たせないのも望んでないからね」
「……。」
確かに、場所を教わり彼を殺せる。そして、自分の存在も消してもらう。悪くない条件だ。
だが、相手は天界。何を考えているか分からない。
「なんで俺に死んで欲しいんだ。」
クロクは少し考えながら、
「君のせいで未来が大変なことになるんだ。もし、君がここで死んだらどうなるか実験してみたい。」
「……実験?」
「まだ言えない。君が知れば、きっと未来は変わるだろう。でも、それでも終着点は同じなんだ。だから、君自身をここで終わらせたい。君は未来に興味ないはずだし手伝ってくれないかな?」
相変わらず含みがある。俺はこいつと契約したら、もう元には戻れない。いや、もう日常は段々と侵食されている。
「さあ、考えて彩夢」
「……。」
シャーゼンロッセお前はどう思う?
問いかけても声は聞こえなかった。
お前は俺が死ぬのを嫌がっていた。それでも、目的を自分で果たせば代償が高くつく。
それらをカバーできる条件として、問題はない。
なら……俺もお前を利用してやる。あいつを殺せるならそれでいい。
「わかった。条件を飲む」
「うん。ありがとう彩夢。」
「ただし、俺が殺す邪魔をしないでくれ。俺が殺す。それが条件だ。」
「別にいいよ。」
俺は彼と契約をした。
僕は弥生。お兄さんが死んだ時に命をもらったおかげで復活して頑張ってるんだ!
これまで冥界に行って使い魔さん達に特訓を受けてた僕は天空に帰ってきた。そして、僕は気づいた。
1面雲で道が分からない。
とりあえず歩いていると、モゾモゾする音が聞こえた。
「何!?」
「エリュウアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「死呪霊!?」
この黒いモヤみたいなの久しぶりに見た。
そして、後ろからゾロゾロと歩いてくる。
でも、前みたいに無力じゃない。特訓のせいかを出すんだ。
僕は魔鉱石を投げ発火させ怯えさせた後、鎌を振りかざした。
「……すごい切れる」
切れたモヤは、灰のように消えていった。
喜んでいる暇もなく、死呪霊に周りかこまれた。
「……」
まだまだ!
鎌を振って振って……雑音が消えていく。
隙が見えるまでは防御に徹するんだ。
「……君、すごいね。転生してない人間なのに」
魔鉱石を投げて距離を取ろうとしていると、白い髪の男がスっと現れて周りの獣を引き裂いた。
その瞬間、残りの死呪霊が逃げるように消えていった。
「ありがとう。」
「別に、これがアルの仕事だから。……んぐ、もぐ」
「何してるの」
「食べてる。美味しいよ」
すごく不思議な人だった。鋭いつめで獣を1口にちぎっては口にいれる。その男の人は口をもぐもぐとさせながら僕と同じ視線になるようにしゃがんだ。
「君名前は?」
「や、弥生……桜 弥生」
僕はその様子にどうしたらいいか分からないまま立ちすくんでいた。
「その名前は聞いたことない。弥生はきっとここに長くいる。もう天国に行った方がいい。……じゃないと、いつか天神に言われてアルが弥生を殺すことになる。」
「僕、まだいたい。お兄さんに会いたいの」
「お兄さん? 名前は」
この人、詳しいのかな?
なんで長くいるの知ってるんだろう。でも、仕事って言ってたしウィストリアさんみたいな偉い人なのかも。
「彩夢兄さん、苗字は信田だよ」
そういうと、アルは知ってるように反応した。
「少し前に会った」
僕はその言葉を疑った。
「えっ、今どこにいるの!?」
「現実。捕まえようとして逃げられた」
アルはそういうと、姿勢を戻し口を拭いていた。
「逃げられたって君はお兄さんの敵なの」
「……知らない。アルは天神に言われたから従うだけ。天神にやれって言われたらするし、言われなければ何もしない」
「天神って誰」
「この天界を支配してる人。もうここは大丈夫。早くお兄さん見つけた方がいいよ」
アルは淡々と答えると、どこかへと向かっていく。
「待っ」
『弥生、あまりその人とは関わらない方がいい。嫌な予感がする。』
僕の死呪霊に言われ、言葉を飲んで見送ろうとした。だが、アルは足を止めて振り返る。
「へぇ。ただの人間じゃないんだ」
「えっ」
「人の言葉を話せる死呪霊……それだけでなく弥生と一体になってるんだ。」
もしかして、死呪霊の声が聞こえてるの?
『だから何だ。俺はお前と対峙して食われる気も、弥生から離れるつもりはないぞ』
死呪霊の声は震えながらも叫んでいた。
「……そう。食べたかったけど、今回は止めておく。次は会わないことを願う」
アルと名乗る男は呟きながら背を向けた。
「待って、僕、天空の町に帰りたいんだ。道分かる?」
「うん。分かるよ。ついてきて」




