足枷
「大人しくしろ!」
足に銃弾を打ち込み、相手を倒れ込ませた。後ろの人も巻き込まれ転んでいる。
足止めしたってコイツらにはもう意思はない。なんで俺は戸惑っている。なんで撃たない。
あの偽物に乗っ取られる前の俺なら確実に殺していた。なんとなく前から感じていた。何かが自分にブレーキをかけ続けている。
「なぜ分からない!?こうやって、人に慈悲をかけるから俺は何度も裏切られたんだろ! 復讐すると誓ったんだ。その決意を無駄にするな。」
そう自分に言い聞かせ、銃をむける。
銃口は相変わらずブレてしまう。彼に教えたファイヤーボールが俺の頬にかすった。
「……」
このままじゃ潰される。いつから俺は。
いや……俺は分かっている。この戸惑いの根本は
―――
『いいかい彩夢。あなたは優しくなりなさい。人のために、誰かのために生きなさい。』
『おばあちゃん、なんで?』
『誰かのためにしたことはきっと自分に返ってくる。優しい彩夢が好きよ』
そう俺はずっと教えられてきた。人のために、生きてきた。
でも、結局は見返りのためで。優しくしたところで返ってくるのは
『こいつキラリさんで発表されたいだけだろ』
『俺知ってる。こいつみたいなやつって偽善者っていうんだぜ。』
『ほら、偽善者。床に水こぼれたんだから拭けよ』
人のため…?なんで人のためにしなきゃいけないんだろう。直ししなきゃ。宿題しなきゃ。遊びたいのに。そんなことを押し殺し人のために尽くしていた俺は自分が分からなくなり見返りを与えない人間に対する不信がつもった。
『うわあ彩夢こいつのこと好きなんだろ!』
『いやよ。こんなブサイク。ふんっ使うだけにしか思ってない』
誰かの為に動くこんな自分が嫌いだった。ばあちゃんの言葉にある世界と俺が生きていた世界は雲泥の差だった。
ただの理想。それなのに俺は人のためにしてしまう。
返ってくるのは心無い言葉のみ。
空っぽの自分はただ陸上のために生きていた。俺をこき使うクラスのリーダーの彩広 美玖楓も高跳では俺に勝てなかった。その間接的な愉悦が楽しかった。
そう。その時僅かに他の気持ちが芽生えていた。嫌いな人間が悔しそうに見る目が痛快になっていた。
そんな俺は中学生になった。静かな俺は、リーダーよりの男に目をつけられ、おちょくられる事もしばしばあった。
他人のために生きろと言われた俺は言い返されなかった。
『彩夢、木柀 悠明がお前のこと好きらしいぞ?』
『誰?その人。知らない。あとお前も誰だよ』
中学校に上がった俺は重度の人間不信になっていた。陸上することは好きだが、あとはもう人に興味が無かった。テストでは記憶類は全て満点が取れるのに同じ部活のメンバーの名前はほとんど覚えられなかった。
そして、記憶はすぐに消える。昨日のこともほとんど忘れてしまう。その話も忘れていた。
そんな俺に知らない人が突然来て、意味わからないことを言われた俺は嘘で騙そうとしているのだと睨んだ。
『そっか』
練習をしていけばいくほど嫌なことが忘れていく。真っ白になる。自分が綺麗な空気を肺いっぱいに吸える、自分らしく周りを気にしなくていい環境。
「お願いします」
俺は期待の一年生だった。彩広すら俺の座にたてないほどに。皆が怖がる先生にも指示をもらおうと声を出し、走って、リズム走、カーブ、踏切…そして上へと手を伸ばす…
俺にしか見えない景色があった。その優越感が俺を満たした。
その環境も1年でビリビリに破かれた。彩広の手によって。
ただ1人で練習に打ち込む。そんな俺でも恋愛感情が無いわけではなかった。すごく努力家で、必死に記録を伸ばし続ける彼女がいた。
名前は知らない。それでも凛とした彼女の睨みつけるような目には優しさと己を律する強さがあった。
俺はきっと彼女が好きだった。
そんな彼女に俺は見るだけだった。話しかけたら迷惑になる。ブサイクとまで昔言われたし、加害を加えたくはない。
本当に凛と咲く花のようだった。彼女の努力の邪魔をしてはいけない。
「先頭を走るのは木柀 悠明。着々と記録を伸ばす期待の選手です!……ゴール!! 中学県新人選手権1500m1位は木柀 悠明!!」
その時、俺は彼女の名前を知った。あの人の言葉を忘れ、初めて聞いた名前だと認識した。
「あ、あの木被。」
「どうしたの?」
あの大会で初めて俺は声をかけた。皆が声掛けているから俺も祝いたかった。
「おめでとう」
「ありがとう!」
彼女の笑みに俺は完全に惚れた。自分が好きだと認識した。
そんな彼女を、俺の好意に気づいていたかのように彩広 美玖楓がとった。
「は?」
「知らないの? 最近話題だよ、美男美女カップルだってね。」
親友から聞いた言葉に俺は目眩がした。俺の初恋は嫌いな人間に根元を引き抜かれた。
その日から地獄だった。
練習でもイチャイチャと仲良く話していた。俺の教室では、彩広が俺が好きだった。という噂を流し皆にニヤニヤされた。
さらに居心地が悪くなった。ストーカーまで言われる始末だ。
「まじでいいカップルだよなあ、彩夢」
「……あぁ」
「なんだよ。祝ってやれよ、ははっ可哀想。やっぱ美玖楓しか似合わねえよなあ?」
陸上の先輩は俺に現実を見せつけるかのようにおだてた。
彩広は俺に見せつけるかのように毎日俺の帰り道の公園でイチャついていた。
自分が初めて抱いた感情は行き場を無くし、自分の足に手をかけた。自分の目を暗くし、手をひきちぎり、言葉にできない感情が俺を襲った。
でも、彼女が幸せなら仕方ないと思う。俺の居場所だった陸上は、彩広と木被のことばかりを先生や仲間がおだて、認めたくない俺の居場所はなくなった。
息が吸えなくなった。
自分が自分らしくいれる環境はもうどこにもなった。
カン!
「……!」
バーが落ちる。どれだけ高く跳ぼうと手を伸ばしても、俺は跳べなくなっていた。そして初めて彩広に負けた。
飛ぶための羽に重りがのしかかっていた。俺の居場所も、綺麗な感情も全部彩広は奪った。
そして、ばあちゃんの言葉によって抱いた信念はあの日。
「最近木被来ないな。彩夢も心配じゃないか?」
「別にいいよ。どうでも」
「キャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「なに」
「みてくるか」
俺たちが見たのは、木被が地面に血を流していた景色だった。
「―――!!」
彼女は救急車に運ばれた。一命は取り留めたらしいが、俺は彼女の姿を見ることはなかった。
親友から聞いた話には、中学生にも関わらず性行為。
そして、身篭った。
彼女の走りはあの日奪われた。
彩広は木被を振り、新しい人と付き合っていた。あいつは俺に勝てればそれで良かった。
自己満足でも思った。もし俺が……でも、彼女は俺のことは
『彩夢、木柀 悠明がお前のこと好きらしいぞ?』
「あっ……」
俺は不意に思い出した。ただ崩れ落ちた。
もし、俺がわかっていたら、あの日応えていたら彼女はこんな目に合わなかったはずだ。
後悔したところで彼女の姿は戻ってはこない。俺はただ自分自身が憎かった。それ以上に、俺の居場所を自分を奪っただけでなく木被すらも欲をむけて壊した彩広だけは許さない。
「死ね死ね死ね……死ね!アラストリア……! 頼む、あいつを殺せ。」
俺の傍にいたアラストリアはその願いを叶えるかのように次の日、彼は坂道で自転車と一緒に転がった。
手足に何針も縫う怪我。俺は気づいた。自分の手を汚さずに、アラストリアがいれば危害を与えられる。
「これだあ! ハッハハハハハ!はっははははは!ははははっ!ハーははっはハハ!!」
ばあちゃんの言葉は誰も救えない。自分を壊すだけだ。俺は自分を傷つけたやつは復讐したい。自分も誰かもこれ以上奪われる訳にはいかない。
もう奪わせない。次は俺が望むものを奪うだけだ。
まだ足りない。
俺の苦しみはそんなものじゃない。教室の居場所も、陸上の居場所も実力ではなく、違うやり方で壊した。
彩広美玖楓を完膚なきまでに殺す。
彼女は望んでなくてもいい。ただの八つ当たりでいい。
「もう一度だ! アラスト……り」
この時、俺の記憶は途絶えた。クロクの介入により、俺は偽物に身体を奪われた。
―――
「……もう奪われる訳にはいかないんだ。」
まだ断ち切れていないならもう否定するだけだ
俺にはやるべき事がある。復讐するまで死ねない。
だからこそ、この世界を抜けて元の世界に戻る。
それだけは譲れない。だから、必死に生きるお前達を否定しなければならない。
俺は自分の意思に銃を向けた。
冥界にきてから、ずっと悪夢にうなされる。
『お前が好きなように生きろ、弥生』
『いやだよっ! お兄さん!』
「―――っ!」
また夢。いつもお兄さんを失う夢を見る。
血だらけのお兄さんが笑ってる。
僕はお兄さんを探す。そして、お兄さんの願いを叶えてみせる。そのためにはもっと強くならないと。
「大丈夫ですか」
目を開けると、使い魔さんが心配そうに首を傾げていた。
「うん……」
「弥生くん、悪夢を見ましたか?」
「なんでわかるの?」
僕は目を擦りながら使い魔さんを見上げた。
「外から来た人間も対象なんですね。ここ冥界は、後悔と懺悔を繰り返す場所。核心に眠る後悔を何度も掘り返しては懺悔を求めるようにつくられています。それが罰の償いとされています。まあ……地獄の連中に比べたら何千万もマシです。あっちは魂が削れるまで殺し合う場所でしかないんですから。」
よく分からないけど、ここにいるとお兄さんを失う夢を見るみたい。
「その罪を癒すため、我々使い魔は存在しています。使い魔は人の遣いとして血と引きかえに感情を多少は肩代わりできる力があります。ユキ、明日から弥生君と寝てあげてください。」
「わかった!」
ユキはヒョコっと顔を出して頷いた。
「さて、今から特訓をしませんか?あとの指導は私がします。」
「うん!」
ウィストリアさんとの約束は1週間。それが現実の時間だと6倍の42日。現実の6分の1の時間がながれるここは252日?ってマリ姉さんが言ってた。
あと一ヶ月くらいかな。
使い魔さんと僕は木刀を持ち、向かい合う。最初は近い距離になれた方がいいと教えてくれた。近い距離で早い動きに反射し対応する力が大事らしい。
使い魔さんの1振りから右に受け流す。次は真ん中に来ると読んで後ろに下がった。
「前より動きがよくなりましたね。代わりをしてくれてありがとうございますユキ」
「えへへ、にいちゃ どういたしまして!」
多分使い魔さんは手加減していると思う。使い魔さんは今より早いスピードで剣をふる。僕がギリギリ見える速さを繰り返す。
「今日はここまでにしましょう。」
僕は目がクルクルしながら木刀をおいて休んだ。
「ね、にいちゃ!」
「なんですかユキ」
「弥生をここの町に連れて行っていい?」
ユキはずっとここにいる僕に気晴らしをさせたいのかな。
「ここのみなら大丈夫です。通達はしているので。ただし絶対ここを出ないこと。何かあったら変に逃げずに隠れて私を呼ぶこと。できますか?」
「うん!」
ユキは思いっきり頷いた。
「なら、構いませんよ。」
「やったー!」




