彩夢とウィストリア
カミノハコニワに閉じこめられた彩夢。
彩夢はアラストリアの力を使い、元の世界で復讐しようとしていた。
そんな時、自分に成り代わっていた彩夢と行動を共にしていたウィストリアが立ちはだかる。
私は彼を救えなかった。
あの日、信田彩夢に助けを求めた私の弱さが、すべてを壊した。
「ウィストリアさん、ちゃんと休んでくださいね。
」
彼の優しい声が、今も耳に響く。
だが、私は多くの出来事に、生身の人間である彼を巻き込んでしまった。
彩夢はただの少年だった。優しく、どんな苦しみにも立ち向かい、誰かのために手を差し伸べる少年。
私は彼を観察するはずだった。だが、いつの間にか、彼を「人間」以上に大切にしていた。
それでも、本当は知っていた。彼の苦しみを……彼の運命を。
あの日、初めて彩夢に出会った日だ。
『なんですかその本。』
「信田彩夢。高校三年生、陸上部所属。弟が一人。家族に問題なし。電柱に衝突し、意識を失った……」
淡々と綴られた記述に、胸の奥で何かが引っかかった。
さらにページをめくると、赤文字の記録が現れた。
【信田彩夢、18歳。要注意人物。魔力保有者。いじめと事故によるトラウマで人格不安定。死呪霊の痕跡あり。天界の対処:暴走前に魔力人形にて封印済み。】
そして、最後の一文。
【正史:0歳で死亡】
「正史……?」
見たことのない言葉に、背筋が凍りついた。それは、ただの転生者ではなく、異常な存在だという証明だった。
「どうしました?」
彩夢が不思議そうに尋ねる。
「いや、なんでもない。」
私は誤魔化したが、心は乱れていた。彼はただの人間ではない。何か異常な存在だ。
「ウィストリア。君は何も知らなくていい。ただ、今は緊急事態だ。彼を見て、毎日僕に経過を報告するように。」
「……はっ」
クロク様の目は冷たく、私はただ従うしかできなかった。
彼について聞けるような身分ではない。
だから、ただ彼を転生者と同じように大事にしていた。幸せになりたいと願い、天空に来た者と同じだと。彼自身、幸せを望んでいたはずだ。
私と会ってから彩夢は幸せだったのだろうか。そんな事を聞く時もなく天は彼を消した。
天神様は、何を考えているのだろう。何を望んでいるのだろうか。本当に天神様は、皆を幸せを願っているのだろうか。
私は彼をここでとめる。
そして、
『彩夢を救ってほしい』
彩夢の願いを叶える。それが私に出来る最後の恩返しだ。
私は静かに魔法書を開いた。
そこから現れたのは、炎をまとった剣。
剣は私の手の中で赤く輝き、周囲に複数の魔法書が浮かび上がる。
彩夢の瞳には憎悪が燃えている。
その気配だけで、空間が凍るような威圧感があった。
―――――
俺はこの世界を出て、やるべきことがある。
絶対に負けられない。
俺はあいつを殺すんだ。そのためにこの力を手に入れたんだ。天界なんてどうでもいい。今すぐにこの世界から出て行ってやる。
居場所なんて必要ない。ただ復讐したいだけだ。
それなのに、なんでこんな事ばかりしなきゃいけないんだ。
「概念付与」
この刃に当たるものを、『反射』しろ。
だが、そう概念を与える時には既に姿は消えていた。
「――!?」
『……マヒット、ブルッシュ・コール』
どこからか声が聞こえた。
『……ゥガガガあア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』
その瞬間に全身に電流が走り、足が凍りつく。電流なんて人間には耐えられるものではない。
立てるだけでも精一杯だ。
そして、目の前にウィストリアが現れた。姿を消せる……そういえば、あいつといた時に姿を消していた。
ちゃんと覚えていれば、対策出来たかもだが。
ウィストリアは意識がふらつく俺の手からナイフを取った。そして、自分の頭に剣を向ける。熱で皮膚が焼かれている感覚があった。
「彩夢、私はお前を殺す気はない。最後だ。私と一緒に来い」
「……嫌だ。俺はあんたの事なんてどうでもいい! 俺はやらなきゃいけないことがある。そのために生きるんだ、現実に帰ないといけないんだ。俺の生を否定するな!」
「否定はしていない。お前は善良な人間だった。人のために動き、他者を助け……」
「うるさい!」
俺は反射的に叫び、拳を握り潰すように震わせた。
「俺は搾取されるように育てられた自分を……それを美徳だと押し付けて奪う人間が、大嫌いだ! 人のために動いたって、誰も俺に慈悲なんてくれなかった。返ってくるもの? 奪われただけだ! 利用して、捨てるだけ! 誰も……俺を救ってくれなかった!」」
「君が何にイラついているか、君の過去は調べている。私のようなものは気持ちを理解しきれないし、同情は君を傷つける」
「ほっといてくれよ。もういっそのこと此処で殺してくれ。」
自然に力が抜けた。アラストリアがいない俺では彼女と満足に戦うことはできない。それは俺が1番知っている。でも、それでもアラストリアを傷つける訳にはいかなかった。
「私は君を必要としている。君がいてくれて私は嬉しかった」
「……そう言いながら、結果はこれだろ。」
「私がこう対話が出来るのも君のおかげだ。君のおかげで人間をしれた。だから、君がアラストリアを出してくれたら、私は一生君の味方であり続ける。現実でも、どこにいても、君を守って助ける。」
「アラストリアは俺にとって初めての友達だ。居場所そのものだ。ひとりぼっちで、傷だらけの俺に寄り添ってくれた唯一の友達だ。失うくらいなら一緒に死ぬ。あいつを出す気はない。」
「……そうか。なら今から意識を奪う。我慢してくれ。」
そう刃が触れた瞬間に、黒い影が彼女を吹き飛ばした。
『彩夢、大丈夫』
「……」
アラストリアの声だとわかった。自然に力が抜けていく。
――――
「アラストリア……」
「グルアアアアアアア!!!」
アラストリアは怒りを噛み締めるように睨みつけた。そして、後ろで彩夢が崩れ落ちた。
「彩夢!」
「ウウヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
彩夢を見ている場合ては無さそうだ。
姿勢を戻し、待ち望んだアラストリアと向かい合う。あの時とは姿が劣るが、ヒリついた感覚がくるのは変わらない。
でも、お前をたおせば彩夢は現実に戻れる。彩夢のため……なのかは分からない。でも、彼が戻るためにはお前さえ殺せばいい。
「……アラストリア。あの時、死んだ彩夢をどこに連れて行った。何が目的なんだ。まだ彼は生きているんじゃないのか。まだ生きているなら教えてくれ。」
「グルルルア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
アラストリアは怒りを向けるかのように鳴く。
「……悪いな彩夢。」
戦うしか私には選択肢はない。この剣は彩夢を倒すために天神様から送られた大事なものだ。
魔力の無力化。再生の否定。
概念付与、概念破壊に対応できる武器。天神様の期待の全てだ。
「はああああ!!!」
アラストリアは私に向かって咆哮する。翼を広げ、その息吹きを真っ二つに切り刻み、上を取った。
全てをかけてお前を倒す。
炎を巻き上げ、魔法書を展開する。
そして、思いっきり振りかざす。炎はアラストリアを包み、真っ直ぐに刃をふれば……
「――!」
アラストリアの魔力に剣がおされている。魔力を否定する剣のはずなのに振り切れない。
「グルアアアアアア!!」
アラストリアはそう吠えた途端、相手の形がきえた。真っ直ぐに落ちていく私に、アラストリアは分裂されたように煙になり私に包み込んでくる。
「……っ!」
『ウィストリアさん』
気づけば、真っ白な空間に彩夢がいた。
優しい目……落ち着く声。久しぶりに見た彼に私は何ともいえない感情が出てきた。
『彩夢!』
『……ウィストリアさん、僕らにはやることがある。今度こそ彩夢を自由にする。彩夢を幸せにするのが僕らの役目だ。』
『彩夢、お前のことを教えてくれないか。お前は誰なんだ、これはどうやって聞こえている?アラストリアは……お前は人間と違うのか!?私は……お前のことをしらない。ただ利用しただけだとずっと後悔している。だから、私に何かできることはないのか』
『……』
彩夢はじっと私の話を聞いているようだった。
そして、話を理解したかのように目を閉じる。
『別に利用されてるとか思ったことはないです。楽しかったです。』
『これから初めることに、あなたを巻き込む気はない。ただ時が来るまで静かに眠っていてください。』
彩夢はそう言いながら、自分の頭に向かって指を銃のようにする。
バンッ
「―――っ!!!!」
いつの間にか、私の手には彩夢に渡すための銃を握り自分の額に打ち込んでいた。
『ごめんなさい、ウィストリアさん。』
『……でも、こうしないとあなたは天神に刃を向ける。僕を知り得るあなただけは生かさないといけない。』
気を失う前に、一瞬だけ見えたものがあった。小さな少年が現実の病院で静かに眠っていた。沢山の機械と人に囲まれながらただ青白い表情で固まっていた。
『なあ、天神。そんな周りくどい事しないでこっちに来たらいいのに。……まあいいや、僕らは今回こそお前を倒す。やっと形になれたんだから。』
彩夢はそう呟きながら、彼女の剣を真っ二つに折り、灰にかえた。
そこから私は暗いところにいた。
「―――!?」
なんとも言えない痛みが全身を駆け巡る。すぐに私は自分の魔力の暴走だと気づいた。
でも、どうすることも出来ない。手も足も出ないまま地面に押さえつけられているようだ。
「彩夢を助けて欲しい」
わたしは……お前の願いを……叶えないといけない。それが最後の恩返しなんだ……!!
天神様が何を願うのか、あの彩夢は何者なのか。
私はただ、守れなかった彼を想った。
―――
意識が戻ると、アラストリアが眠っていた。
「おい、しっかりしろ! まだウィストリアが……?」
彼女はうつ伏せに倒れている。額に銃痕。手に俺が前に使っていた銃を握りしめている。
「アラストリア、お前がやったのか?」
「……キャン!」
アラストリアは目を覚まし、銃をくわえて駆け寄る。
「そうか。」
この意識が消えた感じ……。あの時と似ている。
ヒロルとの戦いをみていて、俺は不意に手を伸ばした時だ。
そして、自分の身体を取り戻した。それからしばらくは自分の欲望のまま魔力が使えたんだ。何も考えなくていいくらい、憎悪が俺を満たしていた。
その中が気持ちよくて眠って、気づけば終わっていた。知らないガキと話していたのが最後だった。
これは俺の力なのか、はたまた、アラストリアの力なのか。どちらにしろ、その力があれば残虐に殺すだがなんだか言っている最後の相手も倒せるはずだ。
「早く出ようアラストリア」
「ガウ!」
「大体動きがわかってきたよ!」
「こんなに合わせるなんてすごいね! にいちゃは今日、メンテナンス終わるから見せてあげよう!」
弥生とユキが木の枝を持って特訓を初めて、数日がたった。獣へと姿を変え、攻撃を蹂躙に行うユキに弥生の目はついて反応する。
一方その頃、ハカセと使い魔はいつものようにむさぐるしい部屋に険しい顔をしながらこもっていた。
「異常はなくなったな。問題はなしと。そして、報告だ。獣化可能な魔獣の血と力を併せ持った使い魔が誕生した。あの荒削りな研究者だからまだかかるだろうと思っていたんだがなあ。保守派からたんまり金もらったんだな」
「そんな」
ハカセは荒いため息を付きながらタバコを吸った。
「次代王の選別までに間に合わせてきたってことは王は俺たちの存在を警戒している。そして、徹底的に保守する気だ。」
「……。」
「なあ、失敗作。俺は諦めるべきだと思う。」
「それはどういう事ですか。」
使い魔は眉間にシワをよせた。
「なに、お前が死んで負けるとは言ってねえ。お前のためだ。」
「どんな相手だろうが、私はどんなことをしても勝つ気です。勝機はあります。私は姫の願いを叶える、そしてこれ以上の悲劇を産む気はないです。」
「姫の願いと、お前の願いは違う。姫の願う世界にはお前がいる。だが、勝つ手段を取ればお前はもう元には戻れない。お前が何をする気かは何となく想像がついている。」
使い魔はその言葉を理解しながらも目を閉じて俯いた。そして、影の中に例のものがあるのかを確認する。
「……流石、私の製作者ですね。しかし、そもそも私の寿命は1歳程度しかないのは知っているはずです。」
「まさか2歳までになるとはなあ。地天の最終戦争のために兵力が必要だった。だが……」
「ある程度の質を持った使い魔を全て派遣して負けたんですよね。」
「あぁ。アンノルンという化け物1人に歯が立たなかった。そのために寿命短く、質高くを量産した。自爆させる非道なやつも創った。生き残ってるのお前だけだ。あとは殺処分したしな。」
「ハカセ。今叩かなければ王の座は永遠です。作品は学び力をさらにつける。そして、生殖器の発達と共に量産を行う」
「……。」
「ハカセ。私は何を言われても出ます。姫を王にするのは、我々が自由になるには今回が最後のチャンスです。」
「お前が死んだらどうする気だ。」
「姫を守るのは1人じゃなくていいはずです。ここにいるもの達は姫に忠実を誓っています。それでも足りないなら、私の亡骸を好きに使ってください」
「……俺はもう造る気はない。それはよくわかっているだろ」
「はい。ただ姫を死んでも守れるなら幸せだなと。私は残された全てを使って王座まで導きます。」
「お前は、今のまま、死ぬまで姫と一緒に居たいと思わないのか?」
「姫の未来のためです。私と関わった以上、私が死ねば今のままではすまない。自分だけ幸せになる気はないです。」
「曲げる気はないと。もういい、ほらいけ。」
「はい。……ハカセには感謝してますよ。」
使い魔は、調整済みの武器を取り外に出ていった。
「保険くらいは作っておかないとな。獣化なんてしたら形すら保てるかどうか……。魔力が収まっているソルスの破壊、魔力増長……そんなことをしたらお前は」