7話 決意
「……」
神界の、どこか神秘的な隠れ里へ向かう道を、ヒューブリッグは歩いていく。ヒューブリッグの足元では、色鮮やかな神界の花々が彼の靴を優しく撫で、道を示すかのように咲き誇る。
「ねえ何あれ」
突然現れたクロクの声が、静寂を破った。
「……クロクか。ちょうどいい。これをなんとかしてくれ」
身体の数カ所から血が流れ、歩いてきた道に血がにじんでいた。
「別にいいけど。あんまり血を流したまま歩かないでよ、僕らは天神の側近。地界との戦争も終わったばかりだし、死獣霊の混乱で僕らのことをよく思わない人もいる。場所が分かると困るでしょ?」
クロクはため息をつきながら、彩夢達が傷つけた彼の傷口を塞ぐ。
「まあ。なんとなく分かっていたよ。君は毎回コレで負けるんだし。極限まで追い詰めて相互作用が深まれば覚醒するのは分かってた。」
「相変わらず俺のことを分かっている口ぶりだな。俺としては初めての感覚だから驚いたが。だが流血とは面白いな。人間はこうして損傷を確認し、当たり前のように我々も同じだと思っているんだな。」
ヒューブリッグは傷口を確認しながら、クロクの跡を追った。クロクは興味が無さそうにため息をついた。
「ねぇなんで負けたの」
「お前が考えるように粘ればいけたかもな。だが、天神には他の狙いがあると思う。」
「え?」
クロクは意味がわからなそうに首を傾げた。
「……それに俺はアイツに同情してしまった。なんとなくだが。」
「そう。それならそれで任せるし、従うしかない。まあ、君が彼を気に入って味方になったら殺すだけだよ」
「構わない。俺は天神の命には忠実に従う。それだけだ。」
クロクはフンッと鼻を鳴らすと、目の前にある大きな扉に手をかざし開く。扉は大きな音を鳴らして止まり、2人が入った途端に閉まっていく。
「天神が何を考えているかは知らないけど最終地点は同じだよ。あとは監視さえあればいい。」
巨大な扉を背後にクロクは冷静に言った。ヒューブリッグは腕を組んで、考え込むように視線を落とした。
「……そうだな。あいつなら信頼関係を築けるはずだ。」
そう呟きながらも、ヒューブリッグは思い悩むように立ち止まった。
「なあクロク」
「なに」
「その前に教えてくれないか。お前と天神が何を考えているのか。あの少年に何をする気なんだ。」
ヒューブリッグの声には単なる疑問が滲んでいた。クロクは視線を逸らした。
「……さあ何だろう。早くいこうよ、ウィストリアが待っている。」
「はあ」
ヒューブリックはモヤモヤしながらも跡をついていった。
――一方。
「ぐる! ぐる!」
「……」
目を開けた瞬間、知らない部屋で俺は寝ていた。ご丁寧に布団までかぶせて。
アラストリアは喉を掠れそうになりながら頬をすり泣き続けている。
「……大丈夫。死んでない。」
「ぐる! ぐるぅー!」
アラストリアに心配させまいと俺は起き上がった。
「さて、この町で会った神も倒したし長居をする意味もない。ただこの魔力を消費仕切っただけだ。あいつの目的どおりなのが少し悔しいが。」
何となく自分の魔力の枯渇をかんじる。身体から何かが抜け落ちたような虚脱感があった。
まあ、あの偽彩夢に魔力を使われたり、神を相手に2回殺りあったりしたんだ。仕方ない。
「だが、次はどうなることやら。運命遣いというのがあいつの言葉どおりにあるのであれば、その輩の仲間がまた出てくるかもしれない。」
予想できない不安の感情が胸を締め付けるようだった。神が認識したこの場所も何をされるか分からない。ただでさえ、あの力だ。
作戦会議でもされて一斉に叩かれたらたまったもんじゃない。もう、出た方がいいだろう。
「俺たちはただ進むしかない。いつか終わりまでいって帰るために。町を出ようアラストリア。」
神が創っているなら、その神を砕く。この世界に終結があるならそこまで走りきる。
「ぐる!グルグル!」
アラストリアは首を振り、ドアの前に座り込んだ。
「まだ行くなって?」
「ぐる!」
こいつの意思は感じる。言葉が分からないが、心は通じあっているはずだ。
「俺になにをしろって?」
次は寝転んで何かを伝えようとしてくる。
「やすめ……?」
「ぐる!」
何となく意味がわかる。そういえばアイツはアラストリアの言葉が聞き取れるようだったが俺には分からない。
ただ雰囲気で何となくという感じだ。
「わかった。お前がそう言うなら何かしら思惑があるんだろう。俺は従う。」
「ぐる!」
アラストリアは嬉しそうに鳴くと、俺の膝の上に登って撫でろと言いたそうに頬を擦り付ける。
「わかったよ」
「ぐるぅ」
こいつの思っていることがもっとわかれば、連携が取りやすいんだがな。
「なあ、アラストリア」
「ぐ?」
「なんで俺はお前の言葉を聞き取れないんだろな。なんとなく昔から無理やり変換して聞いていたが……あいつは聞き取れるんだろ?」
俺には何か足りない部分があるんだろうか。
「それに姿だって違う。どうすればお前の力を出せるんだ。俺はお前を使いこなせる自信がない。」
「ぐる!ぐる!」
アラストリアは否定するように首をふる。だが、理由まではこいつにも伝えにくいだろうな。
「俺には無理なのか?」
「ぐっ……ぐる! ぐるぐる!」
言い難いのかは分からないが戸惑いながらも首をふる。
「そうか。」
「ぐ!」
不思議な事だらけだが、なんとか渡りあえてはいる。
それにこの力も成長したんだ。
でも、いつまで終わりが分からない生活を続けるんだろう。俺には復讐しないといけないやつが現実世界にいる。
俺を蔑み、優越感を満たし続ける日々、あいつが俺の世界を壊していった。プライドも優しき人格も嘲笑うかのようにへし折った。
あの男を……俺は、その仮を返す。何倍もの痛みにして。
気持ちが分からないやつに有効なのは痛みしかない。
「速く生き残って帰って……殺すんだ。彩広 美喰楓。俺から光を奪った男を……次は俺の番だ」
「ぐる」
そのために俺は生きている。善の全てを捨て、ただ復讐のため負の対価をとる者として。
失ったものは二度と戻らない。この奥にまで響く傷も、彼女の意思も、悲しみも痛みも……俺自身の弱さも全部許せない。あの男を打つまでは。
「……でも、もう1つ決めたことがある」
「ぐ?」
アラストリアは期待を向けるかのように、目を見開いた。
「全員あいつらみたいに悪いやつじゃないって分かった。前から分かっていたけど押し込んでいた。ここのやつも訳ありにみえるし……あいつも、由来も苦しみながら必死に生きてきたんだろう。」
俺が必死に生きてきたみたいに、それぞれの葛藤を乗り越えながら今生きているんだ。死んでいる身ながら幸せを追うものとして。
『助けてよっアラストリア!! お願い……お願い……もう嫌だ。早く……っ楽になりたい。』
あの時は傷つくのが当たり前だった。ただ受けるのが優しさといった縛りだった。やり返したら同じだと。優しくいなさいと。おばあちゃんがそういってた。
でも、生き残るために教えを捨てた。
『我が身を導けアラストリア。あいつに罰を、死を与えろ』
寝て起きて、部活に行ったら世界が自分の味方のようだった。嫌いなやつが手を汚さずに死にかけていたんだから。
『なんで俺が苦しまないといけなかったんだろ。苦しめようとしたやつが悪いんだから。やり返されて当たり前じゃん』
鳴り響くサイレンがすごく心地よかった。
残ったのは罪悪感ではなく生き残る希望だった。それは生と死の狭間で生を選ぶためのギリギリな選択だった。
そんな選択をきっと彼らもさせられながら生きてきたんだろう。そして、ここにいる死んだやつは俺とは違って優しいやつだ。迫る選択肢の中で自分を削ったのだから。
加害を拒んだ奴らは幸せになるべきだ。
「だから……決めた。俺は必死に生きるやつには手を貸したい。」
「ぐる!?」
「どうかな」
「ぐる!ぐる!」
アラストリアは嬉しそうにクルクル回っていた。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。




