5話 人を模した神
「「――!」」
気づいた時には目の前に男が立っていた。この身体が一瞬怖気付いた感じ、おそらく只者ではないとわかる。
「俺が相手する。お前はさっさとどっかに行け」
「……逃げるもなにも、もう終わりではないですか。神相手に何をしたってなにも」
俺が咄嗟に指示をするが、マムと名乗る者はただ固まっていた。終わりを悟ったのように、ただその瞬間を待っていたかのように。
俺は仕方無くその男に目を合わせた。暫くして、男は沈黙を破ろうと口を開ける。
「俺はヒューブリッグ・ギニア・エメラルド。天界のものだ。そんなに警戒しなくても、人相手にそこまで敵意はない。ただ頼まれたから来ただけだ」
「目的はなんだ」
「この町に住み着く者の排除。そして、お前の力を削る。」
男の頭上から空間を裂くように細い棒のような剣が二つ降りてきた。俺も反射するように腰にあるナイフを取った。
「1つ教えてやる。お前を連れてきたクロクも殺すのが目的ではない。ただお前の危険な力をそぎ落として現実に戻す。あとは自然に生きて貰えれば構わない。欲張るなら、その獣を落とせれば最善だが。」
男は淡々と喋ると剣を静かに構えた。
なるほど。この力を持ったまま帰らなければ、俺の目的は果たせない。こいつは目的を知っているか、はたまた、力を使う事を危惧しているのだろう。
「アラストリアお前は待機しろ。マム、お前は邪魔だ。どこかに行け。」
「……」
マムはその言葉を聞き、必死に後ろへと走っていった。
「グル」
「お前が1番必要だ。だが、おそらくお前を使わないと俺たちは死ぬだろうな。」
ここで死ねば、こいつの好きに使われるだろう。俺もただの人間、アラストリアにほとんど借りている身だ。
「これからも生き残らなければならない。お前の魔力が減るのは困るから節約する。あいつの容態を探っている間待機しろ。」
「グル」
俺はただの人間として生きていく気はない。俺が愛されない世界で、唯一手に入れた希望なのだから。
お互いに刃先を向け、踏み出した。
キッ!……カッ
ほぼ本能で身体を対応させる。相手は二刀流、俺はこの歪なナイフを使い迎え撃っては、すぐに片方を反らした。
「――」
反動に任せるように距離を取っては、銃を取り出した。どこまで通用するかはしらないが。まずは小手調べだ。
「概念付与」
(貫通)
バンッ
「――っ」
男は剣で受けようとしたが、察したように弾丸の方向を逸らすように動いた。しかし、思うように出来なかったのか頬に弾丸がかする。
「なるほど。これがあいつの言ってたやつか。面白い」
男は笑みを浮かべ、また襲いかかる。
「……っ」
その時、俺は違和感にすぐ気づいた。なるほど、こいつはわざと頬に弾丸を当てたのか。
彼は俺の気づきが分かったのかというように、笑みを浮かべまた二刀を一気に振りかざす。
「「――!」」
片手に銃、片手にナイフを使い、外に逸らす。目の前には笑みを浮かべる顔があった。
「人間なのに目が追いつくようだな。それに戦いの感覚もいい。」
「それはどうも。」
俺は目の前の事実をもう一度確認した。……傷跡が綺麗に治っている。
「あぁそうだ。時間稼ぎには俺が1番都合がいい。この通り」
「……なるほど、時間をできる限り伸ばして魔力を削る気か。」
「そうだ」
この世界は非常に魔力の回復が遅い。それは昨日感じたことだが、やはり正しいらしい。どれだけ能力があったとしても、元の魔力がなければ意味が無い。それに生きている人間の魔力は微量だ。
「お前、手加減してるだろ。ここで半殺しにでもすれば速いのに」
「そうだな。なら少し見せてやろう。」
男は数歩後ろに下がると、目をつぶった。ゆっくりと目を見開くと、彼の背後にある風景は光に包まれ消えていた。人々の叫びと嘆きと共に。
「……っバケモンが。」
「そんな事を言うな。命というのは儚いものだが、俺にはそれがなくて分からない。鼓動の動く音を知らない、嘆くような絶望したこともない、這い上がる足掻き方も幸せを感じる感情もなにもかも俺は知らない。」
「だが、人の形として創られた俺は、足掻き生きる人間との会話が好きだ。足掻けば足掻いたほど深みがでる。そんな人々は俺に生を教えてくれる」
町が騒がしくなっていく。彼を見ては怯える声がある。皆が死を恐れ叫んでいるような気がする。
その様子を彼は興味を持っているかのように見ていた。
「だから殺さず会話を楽しむって?はぁめんどくさい神だな。」
俺からしたら都合がいいが。そんなに感情に浸りたいなら教えてやってもいい。アラストリアに目線を送る。
物理が効かないなら、精神を狙おう。
「――我が身を導けアラストリア。不を喰らえ、奴を堕とせ」
『ウギュギャアアア!』
アラストリアは嘆き広がる声を不として取り込み、身体を膨大させる。死への恐怖、社会に対する叫び、悲痛な想い……全てを喰らい目を開く。
「いけ」
言葉と共に姿はすぐに消え、彼の前にあらわれると呑み込んだ。
アラストリアは不を喰らう。強い憎しみは力を生み出し、魔力となる。あの偽物は死獣霊の分離やらしていたが、本来はこういう使い方だ。
見に受けた不を相手につける。生まれながらにある運を無視し、災いを引き寄せ不を見せる。
「――……」
アラストリアが巻き上げた瓦礫や砂煙がどこかにいった。彼はただ立ちすくんでいた。
「……面白い」
男が目を開けると、アラストリアが弾かれるように俺の元へ帰ってきた。
「アラストリア!」
「グルア!!」
まだいけそうだな。男は心臓に手を当て、何度も胸に当てた手を握りしめていた。
「ふははっ! これが恐怖か、絶望か。この圧迫する感じ……この心臓が震えたのは初めてだ」
「そりゃ良かった。」
男はその感覚を噛み締めるようにも見える。俺としたら恐怖でしかないが。
「やはり、人間は面白い。こんな複雑な感情があるとはな。」
「分かったならとっととやめろよ。人間の悲しみが分かっただろ?」
交渉して帰ってもらうこともできるかもしれない。俺は同情に舵をきった。
「お前が負けを認めるなら俺は此処で幕を引く」
ダメか。
「断る。」
「だろうな。それにしても、どうしてそこまで人を恨む。お前の同族なのに……いや、アイツも嫌いだったな。ふむ、複雑な想いは良いことばかりではないようだ。」
こいつの考えや人間に対する想いは知らないが、見えるものしかみえないというのは可哀そうなことだ。その社会に浸ってないやつが好きに語られるのは好きじゃない。
「人間はお前が思うほど綺麗じゃない。恵まれたやつは簡単に手に入る。恵まれたものは分け与えるという思考はなく、ましてや、その場所を堪能しながら手に入らないと嘆くものの粗を探しては力不足と言い放つ。」
俺は目線を送りアラストリアを再起させた。銃を取り出し、息を吸っては黒塗りの想いを込める。
「……手にあるものは自分の私利私欲でしか使わない。自分の輪だけ良ければそれでいいのだから。私欲にまみれた世界に平等なんてない。持つものは無いものに見せつけ満足する」
「俺はあの世界が人間が虫酸が走るほどに嫌いだ」
重い引き金を弾き、彼が目を見開いた時には黒い弾丸が魔力となり包んでいる。
「……。手荒いな、そんなに単純に世界をみるのはつまらない。」
男は少し髪を崩ししてはいたが、それ以外は外傷が見えていなかった。
「お前の過去を知らないが、その世界で生きたからこその葛藤があるのだろう。だが、少し極端だ。過程を知るのも大事じゃないか?努力や葛藤があってこその結果だろう?」
「まあ……確かに動いたやつもいるな。だが、簡単に手に入るやつも必ずいる。世界が不平等なのは変わらない。」
あの偽物のアイツも苦しんでいたな。馬鹿らしい恋ごとに。
「俺の知り合いで例えてやる。Aは告白しました、Bはただ頷きABはカップルという形を手に入れている。Aが告るという努力をBはしていないのに同じ結果を得れた。」
「ほう」
「そして……Bは知り合いにこう言ったんだ。努力しろと。Bは何もしていないのに、カップルという形が欲しい人に自慢しました。少し不順じゃないか?」
「大体理解したが、告るとはなんだ?」
「……告白するの略語。好意を伝えること、秘密を言う時にも使うが一般的には好意に結びつけられる。」
「なるほど。それで付き合い。や結婚と繋がるわけか。もっと知りたいな」
分からない言葉とかあるんだな。説明したが、解説を求めらるのも面倒いし話をして得なことはあるのだろうか?
「もういいだろ。とりあえず、0で手に入れているやつに努力しろと言われるのが今の社会だ。あの社会も人間も俺は好きじゃない。」
……だが、目線を変えればこいつみたいに世界を捉えられたかもしれない。それでも、壊れた心は復讐を欲している。世界をもう見直し直す目もない。ただ傷だけが身体にある。
「無駄話をする暇もない。速く出ていけクソ神」
「そうだな。無駄話はここで終わらせよう。」
血で血を洗うまで俺は止められない。それが自分の満足がいく慰めだ。自分のためにしか俺は生きていない。
「準備できましたよ!」
「よし。では行こうか」
「はい!」
「ちなみにお手紙の相手は誰なんですか?」
「エメラルド・ツヨ・イホウ・ウエ・ヨンバ・メ・バムッサ・コネクショ・トップ・デスティ・ピジィ・カル・ヒューブリッグ様だ」
「ま、まさかヒューブリッグ様?あの天神様が自ら創ったと言われる!?」
「そうだ」
「あの方は昔、指導をよくしていてな。私の師でもある。最近は人間について調べをしていたらしいが……カミノハコニワという場所にいるらしい。」
「カミノハコニワ……?そんなの教えて貰ったことないですよ。」
「そこに彩夢がいるとかなんとか」
「えっ」
「しかも、クロク様が造った」
「えー! 大ピンチじゃないですか!」
「私はよく手紙を彩夢の事を話していたから、天界に黙って私達に教えてくれたのだろう。」
ウィストリアの手紙を受け取ると、スプラウトはサッと読んだ。
「この人、言葉足らずというか……淡々というか……あまり分かりませんね。」
「……あの方はそういう人だ。そして、今回はクロク様に呼ばれている」
「だ、大丈夫なんですか! 死にませんよね!」
「さあ?」
「もう!曖昧にしないでくださいよ! ひぃ……ウ、ウィストリアさん。し、し、死ぬ時は一緒に死にましょう」
「そうだな」




