第3章 36話 自問
ヒロルという少年が率いた集団が天界を襲おうとしていた。
僕らはそれに向けて最後の準備をしていた。彩夢を乗っ取って生きていること、そして寿命が消える事を知った僕はこの戦いに全てをかける。
弥生を置いて僕は外に出ていた。
これが最後の夕日だ。おそらく明日には日が沈む。
「――っ。」
血を無理やり押さえ止血しながら森の中に入っていく。僕の頬に当たる風はとても冷たく乾いている。
「アラストリア、これが最後の会話だ。僕の願いを必ず叶えてくれるんだよな」
『分かっている』
アラストリアの声はいつもより優しい気がした。
「アラストリア、2つ質問がある」
『いいだろう』
「1つ、何故僕をこれまで生かして来た?お前は僕を殺せるのにどうしてギリギリまで使うんだ。」
『……』
僕が彩夢を乗っ取っているとして何故放っておくのか。時間がくれば彩夢を殺して僕が生きる事になるだろう。そんな危険なものをなぜ使うのか僕には分からない。
『……彩夢は生きる事に、あの生活に苦痛を覚えていた。だから、お前が現れた時に利用しようとした。』
「でも彩夢は僕を恨んでいる。彼自身が生きようとしていたんじゃないか?」
アラストリアは少し沈黙した後に
『彩夢はお前の様子を見ていた。行動が気に入らないだけで、出ようという意思はあまりない。ただお前を思い通りにしたいんだろう』
「という事は、あいつの意思次第でいつでも代われるのか?」
『ああ、何度かしているだろう』
僕の頭の中で手を伸ばされたような、頭を塗りつぶされた感覚があったのはあの時だけだった。
引きこもりか。僕にはどうしようもない。
僕が死ねば出るしかないだろう。最近声が聞こえないのも出る覚悟を決めているのかもしれない。
「じゃあ最後に……僕は何者だ。少しだけでも僕について知りたい」
アラストリアはまた喋らない。僕はただウィストリアとおにぎりを食べた場所、スプラウトの桜を眺めていた。
『お前に会ったのは彩夢が中1か2の時。あの事件が起きた時にお前は乗っ取るために現れた。見るからに異物だと感じた我はすぐにお前を半殺しにした。我がしたのは記憶の抹消と我が支配においた上での彩夢との同調だ。』
「同調?」
『お前が使えた力だ。人の意思を乗っ取る力、意思を反映させることで物も事の流れを変えるくらいだろう。唯一、お前の正体のヒントになるかもしれない。それ以外は分からぬ』
多分、僕は同調したから自分の記憶がないし中学以来の事も当たり前のように覚えているんだろう。
『ただ、性格や想いあたりは同調しきれなかった。お前の意思がある。同じように引きこまれても困るから構わないが』
「ありがとう。それだけでも十分だ。」
僕は少しだけでも自分を知れた。
「行こう、アラストリア。全てをかけてヒロルを止める」
『ああ』
僕は淡々と家に戻ると使い魔は消え、マリだけが鎌の手入れをしていた。
「おかえり。気を詰めすぎじゃない?」
「別に大丈夫だ。」
「ほんと?」
マリは鎌を影にいれ、ベッドに足を縦に伸ばした。
「最後に寝ておきなさい。何があるか分からないんだから。」
「……」
「寝る。一生のお願い」
「こんな事で一生を使うなよ。」
「人につき1回だったらいいでしょ?ほら」
僕は否定するのも、めんどくさくなって膝で目をつぶった。
「ね、彩夢」
「なんだ。寝ようとしてるのに」
「もしさ、彩夢が帰ってきたら付き合ってよ。」
マリの顔は髪でよく見えなかった。本気なのか、冗談なのか。まあ帰ってきたら、その時はどうでも良くなっているだろう。
「もし、帰ってきたら考えるよ。」
「うん。もし。ね」
暖かい声で僕は浅い眠りについた。
夢は特にみなかった。真っ白で何も無い。もう僕の過去は苦しめてこない。返せとも言わない。
「つまらないな」
ただ夢の世界でそう呟いた。
「ん……」
起きると日は沈むかどうかになっていた。
「彩夢君、おはようございます。」
「おにいさん!」
使い魔と
「弥生?」
どうしてここに。
「もう、弥生君困らせて帰ったらダメじゃない。ほら」
マリは弥生を急かすように言葉を出すと、弥生はモジモジしながら手を開いた。
「これ」
「ミサンガか?」
手の中には赤と黒のミサンガがあった。よくみると、何ヶ所かミスがあったり、ぼやけているところがある。
「作ったのか?」
「うん!! ちからになれないから、おまもり作りたいなって。」
僕は数時間しか眠っていないのに。
「実は私と作ってたの。力になりたいって相談をうけてからずっとね。で、今日は弥生君の話を聞いてある魔法珠をつけたの」
確かに何かついているが。
「それは冥界しかない、魂痕って行ってね。死ぬと身体と魂は分断するって言われているけど、その子は死んでも魂の身体につくって言い伝えがあるの」
そんなものが。その理論で行くと身体から魂に行く時ミサンガはどんな動きをするんだろうか。
「わすれないでね」
「当たり前だろ。死んでも忘れない。」
「……うん。」
悲しそうな弥生の前で、僕は力強くミサンガを括りつけた。
「ちなみに、ミサンガの願いは何にしたんだ?」
「ないしょ。おにいさん……っが、がんばってね」
弥生は涙を堪えるように送り出してくれた。
――そして日は沈み夜が来る。
「いいか! この勝負、何があっても我々が勝つぞ! 天界を守り抜き対象者も殺して構わん。神界の許可が出たからな、もし出来るなら確保はしていい。以上」
「了解!」
「はい!」
「彩夢、準備は出来てる?」
「もちろん。」
「じゃあお互い頑張りましょ」
ガンッッッッッッッ!
結界が割れた音と共に僕らは別れて走り出した。
「……」
「お前はっ!! お母さんはどこだ! 出せ! こんな事をして許されるなんてっ!」
使い魔は無言で手紙を檻の中に入れた。
「ねぇ、ピーちゃん」
「なんですか姫?」
マリは使い魔に手紙を渡した。
「これをあの子に渡して欲しいの。まだ、戻れるってアタシは」
「わかりました。姫。」
「……っひどいよ、お母さん。」
ビリッとした音が冷たい場所に広がった。




