第24話 本性
グヴィンとツナツルが食料雑貨店に出掛けた後、俺は干し肉を噛みながらピクシーのキティーラを話し相手に野営の準備を続けていた。
「おーい!」
声の方を見ると、袋を抱えたテンペスタだった。
「何だ、一人なのか?差し入れに焼き鳥買ってきてやったんだが…。」
「ちょっと買い出しに行ってるの。そういえば結構かかってるね。」
「何かあったんじゃないの?」
俺が答えるとキティーラが続けて不安を煽るようなことを言う。
確かに遅いな…。言われると急に心配になり様子を見にいくことにする。
キティーラとキャトルサンクを馬車の見張りに残し、トワシスに跨り、アンドゥを伴い様子を見に向かう。ピクシーはあれで軽度な記憶喪失や混乱や恐怖といった精神に作用する特殊能力を持っていて一匹でもその辺の盗人を追い返す程度のことは十分できるが、双頭犬がいてそういう気をおこさせない方が良いだろう。
「ちょっと心配だから、見に行ってくるよ。」
テンペスタに言うと、自分も同行するという。多発している行方不明がやはり気になったのかもしれない。
雑貨店への道の途中で、グヴィンの片手半剣を見つける。
襲われたか…。周囲を探すがそれらしき人影は見当たらない。
アンドゥにグヴィンの匂いを探させる。
「ゴヴィーの物なのか…?」
テンペスタに聞かれ、頷く。
アンドゥが雨で匂いが流されて追跡不能だと伝えてきた。
テンペスタに行方不明事件のことで何か手掛かりになるようなことはないか尋ねたが、特に役立ちそうな情報は得られなかった。
食料雑貨店に行き店主にゴブリンとニュムペーの二人連れが来たか確認したところ4、50分前に店を出たという。
店を出て道を戻るが人通りもなく、怪しい馬車等も見当たらない。
ただ、雨が激しく降り注ぎ、それが溝へと流れ落ちていく。
この雨が二人の匂いを消してさえいなければ…。と溝の雨水の流れを目で追っていると、よくあるゲームや物語の定番が思い浮かぶ。
” 世界一恰好いい地下下水道 ”か…。
「どこか、下水道の入り口とかないの?」
テンペスタに聞くと、溝から続く用水に面した扉の前に案内される。
鍵はかかっていない。そこから地下下水道へと入る。こうした地下下水道の入口は町中いたるところにあるらしい。やはりそこで生活している者達もいるそうだ。
結構な高さの段差があちこちあるごちゃごちゃと入り組んだ下水道を進むのは双頭犬と俺にはそれほどでもなかったが、テンペスタには楽ではなかった。
途中、襲いかかってきたグールがいたことで、行方不明事件の犯人がここにいる確信を強める。グールは双頭犬に返り討ちにされた。
テンペスタは左右の腰に彎曲刀の双剣を差していたがまだ出番はない。
喧しい楽器の音と、ひときわひどい悪臭が漂う通路を奥へ進むと、地下に似合わぬ光が見える。突き進んだ俺たちはそれを見た。
視界一杯にいるグールの群れ、連中のその背中は興奮し何か煽り囃し立てている。中心に突出して背の高い紫色の禿頭のオーガが金棒を何度も下に叩き付けるのが見え、そのたびに地下が震えた。
「畜生…。屍喰鬼か…。」
テンペスタの呟きに俺は胸に嫌な予感を抱く。
背を向け気付かないグールの群集に向かって走る。だが、全てが気付かないわけでもなく、数体が騒ぎ立て向かってくる。それでもまだ中心の喧騒は止まなかった。
突っ込んでくるグール達をアンドゥ、トワシスが切り裂き、千切り飛ばす。
テンペスタの双剣が唸り細切れにする。だが、次第に切りがなくなっていく。このまま物量に圧殺されるかもしれない。
中央の人喰鬼の屍喰鬼たちもようやく事態に気づき手を止めこちらを見る。そこまでの隙間の空間がわずかにでき、何かに覆い被さって号泣するツナツルが見える。
裸で黒紫になったグヴィンがあった。
全身から力が抜け、膀胱から体中の水分が凍りついていくように寒気がし、鳥肌が立ちブルブルと震えガチガチと歯が鳴る。俺が動くのがもっと早ければ間に合っただろうか。はじめて身近な親しい者を暴力で奪われた悲哀、怒り、感じたことのない喪失感で息が詰まった。
「招かれない客の多い日ですね…。そんな少数で何しに来たんですか…オウフッ!
貧相なゴブリンに…。宴を台無しにされ興醒めであったが…。
このナグーブ様の仕置き棒で性根を叩き…。直され…オウフッ!
四つん這いで泣き…喚き…。やめて…くださいっと…。フヒッ…。
オマエはなかなかの美しさ…オウフッ!ですね…。ニョグタ様の贄にしてやりましょう…オウフッ!」
悪臭のもとがいやらしい目を向けている。
失われた心が憎しみと怒りの捌け口をみつけた。肩ががくがくと震え笑っている。キュラだったものの理性は既に消えてしまった。体中を ”毒と魔力” が暴れ狂い、外へと溢れ出す。それがすこしずつ集まっていき、すこしずつ目の前に形を作る。
出来上がったそれは、暗黒のハープだった。
そのまま音を奏でる…。宙に浮かぶハープには触れてもいない。
「1…」
「2…」
「3…」
「4…」
「5…」
「6…」
双頭犬達が順番に黒い粒子となり消えていく。周囲に一瞬の沈黙の間が生じる。
「1…、2…、3…、4…、5…、6…」
1音鳴らすごとにキュラの腹から巨大な狼の首が伸び飛んでいきグールを喰らい薙ぎ攫う。
6本のとてつもなく大きく太く長い、まごうことなき伝説のスキュラの犬首が矮小なグール達を飲み込み切り裂き喰い千切る。
同時に、大広間に拡がった闇という闇から無数に生えた暗黒の触手が逃げようとするグール達を捕らえ惨めに握り潰す。
そこはもう地獄とも呼べない血飛沫飛び散る凄惨尽きた殺戮現場と化す。悪魔が逃げ出す醜悪邪悪な暗黒の犬狼の6頭が牙を剥き出しにして神速で餌をがっつき喰らい尽くす狂乱の餌場にすぎなかった。
キュラだったものは圧倒的な万能感に満ちた殺戮の快楽に身を任せて絶頂しそのまま気を失った。
広間に動くものはテンペスタとツナツルだけだった。グールはすべて肉塵に、あの人喰鬼の屍喰鬼も同じだった。