第21話 1 minute
街道を進むと、前方に妙な物が見えた。
トワシスも手前で警戒し立ち止まって待っている。
馬車を停車させ、街道の地面一面に描かれたそれを魔法陣と何か文字だと認識し、無意識に判読しようとした瞬間、陣が輝きとともに俺の意識を刈り取る。
「どうした!?
―― ツナツル馬車から出るなっ…!」
降りてきたグヴィンも足をふらつかせよろめくが、持ち堪えた。
「グヴィン!キュラ!」
野営に備え馬車に仕込まれた結界で、なんとか車内は守られたようだ。
グヴィンは朦朧とした最悪な気分で片手半剣を抜くと周囲を窺う。
双頭犬達も倒れ横たわっているが、息はあるようだ。
「一匹残ってるよ、ママン。あ、馬車にも誰かいるのかな?」
現れたマンティコアが ”英語” を喋った。
オーガが話していた輩だろうが、異邦人だったらしい。
真紅のその人面はよく見ればまだ少年のようだ。髪と鬣は金髪だが、獅子の体の毛色は顔と同じく赤く、尻尾はやはり伝説の通り巨大な蠍の尻尾をしている。先端には24本の棘があるのだろう。蝙蝠やドラゴンの翼はなかった。
「待てっ! ―― 地球人なのか!俺も地球人だ。敵対する気はない!」
グヴィンがそう英語で叫ぶと、マンティコアはポカンとした様子をみせたが、すぐに笑いだした。
「ハハッ!ゴブリンが生意気に英語しゃべってるよ。
―― ウケるんだが。なんで人間…。て、よく見りゃ超美人じゃん…。なんで人間が、こんなとこいんの?畜生!僕も人間にしとくべきだった。
―― こんなの全然魔物娘チーレムじゃないじゃないかよ。俺も美形の魔族の貴族にしろよ。追放からのざまぁでもいいからさぁ。
―― ホントに何でオレ様がこんな化け物なんだよ!
オマエもゴブリンのくせに美人と旅しやがってムカつくんだよ!
―― ゴブリンのくせによぉ!」
マンティコアは早口で捲し立てると、蠍の尻尾を大きく一振りして数本のヤマアラシの針のような棘をグヴィンへ飛ばした。
朦朧状態のグヴィンは躱し切れず、剣でそれを1、2本防ぐも、棘は見事に太腿と足の甲を貫通し、特に足の甲は地面に串刺しにされる。
マンティコア少年はブツブツ喋りながらグヴィンへと歩み寄る。
「なんで僕が、ネズミや蜘蛛や蝙蝠やヘビなんか食べなきゃいけないんだ…。オマエらが全部悪いんだ!僕をちゃんと評価できない馬鹿どものせいだ。天才の僕を三顧の礼で迎えに来いよ!
―― 僕の本当の力が覚醒っ…!!」
グヴィン・ゴヴィンの「必中三連撃」がマンティコアを正面から完璧に捉えた。
「……またベッドで寝たいよ、ママン。帰りたい…よ。」
少年は永久に崩れ落ちた。
「本当に力があったらいつまでも腐ってるってこたーねーよな…。
そんなこと自分が一番わかってる…か。」
呟くと刺さった棘を血飛沫を撒きながら引っこ抜く。
「本当その通りだよね。」
草木の茂みから飛び出した獅子の前足がグヴィンを弾き飛ばす。
グヴィンは派手に吹っ飛んでいき気を失った。
声の主の正体は、人間の女性の顔と胸、腕の代わりに大きな鷲の翼が生え、下半身はしなやかな獅子の体をしていた。
スフィンクスだ。
スフィンクスは一歩ずつゆっくりと馬車に近づくと、ツナツルに聞こえるようにひとり語る。
「もう限界だったのよね…。
―― 森で泣きべそかいてたあの子を拾ってね…。
町に行こうって何度も言ったんだけど、あの姿を見られるのが嫌で仕方ないみたいでさ。言い訳ばかりで自分を正当化して、現実逃避してる甘ったれたとこが、前の世界でひきこもってばかりだった本当の子供や、……自分なんかとだぶって見えて、気を紛らわしたくて……一緒にいたんだけど。
あれでも気分のいい時はいい子だったりね。」
やがて、スフィンクスはおもむろにツナツルを見つめると唐突に言った。
「今から出す「謎かけ」に答えられたら、あんたと仲間を助けてあげるよ。」
もうじき日が沈むころだ。
「じゃあいくよ。
人の数だけあるのに、今はひとつしかなく、同じものなのに、違うもの。
これ何だ?
さぁ、時間は1分だよ。」
その時間はあまりにも短く、長く感じた。
人の数だけあるのに、今はひとつしかなく、同じものなのに、違うもの…。
人の数だけあるのに、今はひとつしかなく、同じものなのに、違うもの…。
ツナツルはもう焦燥感に目を開いていられず力を込めて瞑ると、目一杯必死に考え時間一杯に答える。
「―― この世界…かな。」
言葉を反芻し、スフィンクスは僅かに微笑して告げる。
「私の答えは別だったんだけど、それでもいいかな。
私はもう疲れたよ。
この世界が魔境でもあんたがしっかり仲間を守ればだいじょうぶだね。」
スフィンクスは魔方陣を解除し、キュラ達全員を含む広範囲に「上級解呪」をかけると、マンティコアをつかみ、羽ばたきとともに高く舞い上がった。それから谷の底へと落ちていった。
夕闇が二人を覆い隠した。