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入道雲のふもとへ

作者: 伊月

 昔、親友が一人いた。馬鹿で陽気で、面白い奴だった。


 その日は、夏休み最終日だった。宿題を終わらせたご褒美に、少ない小遣いでアイスを買って、公園で二人で食べていた。

 南の空には、綿あめのような巨大な雲が浮かんでいた。


『甘そう』


 当時は何も知らないガキだったから、空を見上げて思ったことを、ぽつりとこぼした。


『甘いのかな』


 何気ないそのつぶやきを、親友は聞き逃さなかった。今なら『水蒸気だから、甘くないぞ』と言うのに、あの頃はそんなのもわからなかった。

 それからしばらく、無言でアイスを食べ進めた。あの雲はもっと甘いのかなとか、馬鹿なことを考えながら食べた。


『……よしっ』


 先に食べ終えた彼は、棒を勢いよくゴミ箱に突っ込んで、にやっと笑ってこっちを見た。


『あの雲の下まで、競争な!』


 そう言って走り出した彼を、急いでアイスを食べて追いかけた。だけど、俺の方が足が速かったから、すぐに追いついて、そして追い抜いた。

 一人で先に行ってもつまらないと思ったので、付かず離れずの距離を保ちながら走った。そしたら、気付いたら雲は消えていて、二人とも疲労困憊で。俺達は、ほぼ同時に地面に転がった。そこは見知らぬ住宅街で、帰ったら親に怒られるんだろうなとか、ぼやける思考の中でそんなことを考えていた。


『はぁっ、はぁ……あー、くやしいなぁ!』


 大声で叫んだ親友は、満面の笑顔を浮かべていた。その気持ちは俺も同じで、気付いたらこう言ってた。


『また、やろう。たどり着けるまで、何度でも』


 彼は、元気いっぱいに『おう!』と答えた。

 暗くなってから家に着くと、予想通り怒られた。途中で思わず笑ってしまったら、もっと怒られた。一生分と思うくらい長いお叱りの言葉を聞き終えて自室に戻ってから初めて、あの雲が『入道雲』と呼ばれていることを知った。

 毎日空を見上げて、約束が果たされる日を楽しみに待っていた。


 でも、次の入道雲が現れるよりも前に、親友は遠方へ引っ越していった。


 それから数年は手紙を送りあったりもした。でも、そのうち俺も引っ越して、いつしか文通は途絶えた。

 あれからもう何十年も経ったけど、今でもふとあの約束のことを思い出す。もしまたあいつに会えたら、今度こそ一緒にあの雲のふもとへ行くんだ。そう思いながら、いつものように操縦室に乗り込んだ。

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