最終話
真っ暗な公園に街灯がポツリ。
少し生暖かい風を頬に感じ、後頭部には枕の感覚
この雰囲気が、俺を正直な気持ちにさせてくれる
話すだけで頭の芯からスッキリしていく、不思議な気持ち。
「七崎」
「ん?」
「顔真っ赤だぞ」
「うん・・・」
真っ直ぐな言葉に照れたのか、七崎は頬を照らす
目を合わせ続ける2人、その視線は逸れる事はなかった。
互いが「好き」という気持ちがわかってから話すのは初めてかもしれない
全く話さなくても、今この時にも無数の会話を交わしているような―
「・・・」
「・・・」
幸せだ、言葉としても表現出来ず、何故か俺は幸せに包まれていた
俺が微笑む、七崎も「なーに?」と微笑む
楽しい、何も考えたくない、ずっと続けばいいのになと思うほどだ。
やがて俺は口を開く
「七崎」
「ん」
「キス、してもいいか?」
一瞬、七崎が迷った表情をした
「・・・いいよ」
「嫌か?」
「ううん、嫌じゃない」
そう聞くと俺は起き上がり膝枕の感触が消える、次に左手を七崎の後頭部へまわし
上半身を傾け、斜めの角度から七崎の唇に触れる。
味。というものは無かった、代わりに少々唾液と思う感覚がする
よくわからない、いやよく表現出来ないが頭の先から溶けていきそうになった。
麻薬を使った人はこういう感覚なのだろうか、とにかく唇から頭のてっぺんまで電気が走ったような
様々な表現が用いたとしても、完璧な言葉の表現などきっと出来ない体験だった。
「ん・・・」
七崎の声が少し漏れた
「・・・」
「っ・・・」
また漏れた。思考が出来なくなってくる。
「・・・」
「・・・」
2人の唇が離れてはくっつき、もう一度離れる
ああ、
幸せだ
幸せだ
幸せだ
ずっと続け
ずっと続いてくれ
ずっとこのままでいたい。
ああ
何も考えられない。
**********
さらに暗くなる公園で二人は手を繋いでいた
しかし先ほどと変わってかなり二人の表情は対照的である
一人は幸せそうなのは変わらないのだが、もう一人は何か不安げな表情を浮かべていた。
「あのね」
「なんだよ」
「・・・」
「は?」
「・・・ダメ?」
「・・・」
「・・・」
「ダメって訳じゃねーけど」
「照れるだろ、んな事言われたら・・・」
「行か・・・ない?」
「・・・」
いったん視線を七崎から逸らしてから
俺はもう一度むき直した、どうやら本気のようだ。
そういった経験は全く無かったので「初めてだぞ」とだけ言うと
七崎は「大丈夫」と頷いた。
「なら、いいぜ」
「えへへ」
俺たちは手繋いでベンチから立ち上がり、公園を出た。
その後、数時間だけ別の場所で過ごし、俺は七崎を駅まで見送る事にした。
駅の入り口で別れようと思ったのだが「ホームまでついてきてほしい」と言われたので
切符売り場で140円を支払い入場券だけ購入する。
階段を上ると放送アナウンスが聞こえた
その数分後に電車が到着し、別れの時間がやってきた。
俺は「じゃあまたな」と言い七崎に向けて手を振った
先ほど公園の時と同じように一瞬困った顔をした七崎
「あのね」
俺が「ん?」と返事すると、七崎が電車へ乗り込んだ。
同時に発車のアナウンスが聞こえると、その一瞬
ドアの入り口に立っている七崎の口が少し動く
言葉を何か俺に伝えたように見えたので聞き返した
「あ?聞こえねーよ」
またパクパクと魚のように口を動かし
今度は先ほどとは違い、大きく聞こえるように七崎は喋った。
その言葉は―
「あ」
「り」
「が」
「と」
「ね」
と、はっきりと俺に聞こえた。
直後電車のドアが閉まる、微笑む七崎を乗せた電車は鳴り響く音と共に、離れていった。
一体何に対しての「ありがとう」だったのだろう
むしろありがとうと伝えたいのはこっちなのだが、明日伝える事にしよう
電車が完全に消え去るのを見届けると、俺は家に帰る事にした。
**********
日曜の朝、俺は親父に高校生の頃暴力を振るった事を謝罪した。
親父は「もういい」と一言言う、さらに俺は「これからの自分の人生について真剣に考えてみる」と言うと
新聞をバサっと大きく一枚に開き顔を隠した、表情は隠れていたので読み取る事は出来なかったが
何故か少し微笑んでいるように感じた。
ピピピッ―
朝飯を食べ終わりリビングで横になり、テレビを見ていると携帯からメール音が鳴る
見ると2通のメール、一つは矢島でもう一つは七崎からだった。
「(何となく矢島から先に見るか)」
開くと「あの後どうだった?今度また暇な時に飯でも食いながら聞かせてくれ!」という内容
「ああ、そのうちこっちから連絡する、昨日はありがとな」と
俺はポチポチと指で携帯を触りメールを返した。
もう一つの残った七崎のメールを見る事にした
俺はふと昨日の公園での困った顔と、最後に言われた言葉を思い出した
「(何がありがとう、だったんだろうな)」
七崎からのメール内容はこう書かれていた。
「昨日はありがとう、凄い甘えちゃってごめんね」
「突然だけど、もう会えないと思うからメールだけ送っておくね」
え、もう会えない?
書いてある意味がよくわからなかった、どういう事なんだろうか
俺はメール画面に触れた状態で人差し指を滑らせ次の文章へと読み進める
「私高校生の頃からアイドルをずっと目指してたの」
「昨日事務所から連絡が来てね」
「なんと・・・合格!ここからちょっち遠いところで今日から一人暮らしなんだ」
なんだよ、どうしてあの時黙ってたんだよ
「それでね、この街で過ごした最後の思い出として同窓会に参加したんだけど」
「まさか君が来てたなんて思わなかったよ!!」
「すっごくびっくりしたっ!」
俺たちようやく誤解が解けたってのに
「それとね、んーとね、あの時黙っててごめんね」
「あの時の返事を今されるとは思わなかったから」
「色々と勢いに身を任せちゃったけど・・・迷惑じゃなかったら大切にしてね」
「私も大切にする、絶対に忘れないよ」
「あ、それと矢島くんに話しちゃダメだよ!」
「二人だけ、の思い出だからね」
今なんでそんな事言うんだよ
そんなのってないだろ―
気がつくと涙が零れ、携帯の画面に出ている文字が滲む
テレビから流れる映像も音声も俺にはもう聞こえてはいなかった。
「これからも許してくれるなら・・・」
「君とまだまだメールのやりとりしたいな」
「って図々しいよね」
「これはダメ、うん、忘れて」
「かっこいい大人に君はなってね、本当にありがとう」
「さようなら」
メールの文章はここで終わっている―
読み終わった自分でもよくわからない怒りの感情に満ち溢れていた。
以前の俺だったら「そうか、頑張れよ」と七崎に言えたのかもしれない
でも今は違う、これから俺たちは始まっていくんだと思っていた。
動き出そうと一歩踏み出した俺の結末は、こんな形で終わるのか?
違う、終わりたくない、終わらせたくない。
このままじゃ忘れてしまう、あいつの事が薄れていってしまう
この気持ちは薄れちゃダメなんだ―
駅へ向かい、もう一度七崎と話をしよう
話し合わなきゃわからない
思ってるだけではわからない
止まってるままではわからない
動き出さなきゃわからないんだ。
俺は服を着替え支度をし
親父に「ちょっと出かけてくる」と告げ家を出た。
「(あいつの駅で待てば、ひょっとしたらホームで会えるかもしれない)」
家のドアを開けると急ぎ足で駅へと向かった。
**********
キャリーケースを引きずる女性がエスカレーターに乗り電車のホームへと向かう
お昼、ホームはとても人で溢れていた
今日これから電車に乗り、どこかへ向かう人達
中には大事な約束に向かう人もいるかもしれない。
みんな様々な人生がある、そして私はこの街を出る為に電車に乗る
これから新しい人生の始まりで
今までの人生が終わるという事。
本当にいい街で、何か行き詰まった時に帰りたいと思うぐらい
私にとって大切な街、そして大切な彼がいた街
「さようなら、これまでの私」
放送アナウンスが聞こえ、電車がやってきた
乗り込もうとすると、車内から見慣れた声が大声で聞こえた。
「七崎!!」
「どこだ!!」
電車の連結部ドア(貫通扉)を開け、端から走ってきたのか
電車の車内を走りまわる男がいた。
その男は私を見かけると、息を切らしながら私の手を掴む
「ちょ、ちょっとホームに出てくれ!」
「え!え!?」
強引な誘導に私は少し驚いたが、彼に身体を預けホームを出ると電車は行ってしまった。
慌てて彼の名前を呼ぶと、返事はせずに手を握ったまま上り階段の横壁に追いやられた後
彼は右手を壁に当て私をじっと覗き込んだ、距離はとても近い。
あの時、彼とキスしたようにとてもとても
近かった。
顔が火照る、喉が渇く
この瞬間、永遠とも言える時間を感じた。
「・・・」
「・・・」
しばらく二人は黙っていた。
私は言葉が見つからない、なんて声をかけようかと悩んでいると彼は―
「はぁ・・・はぁ・・・」
「勝手に決めて勝手に行くんじゃねーよ」
「メールもしてもいい、むしろ俺から送るよ」
「俺はお前の事忘れない」
「だから、俺の事忘れるな」
怒られると思っていた彼から出た言葉は許しの言葉だった
とても嬉しかった、私はその言葉で全部救われたような気がした。
同時に下唇を強く噛みしめた
「ありがとう」
「おい、泣くなよ?」
「泣かないよ・・・」
「泣いてんじゃん」
「泣いてないよ・・・!」
なんで泣いてるんだろう、辛いからなのかな
諦めて忘れた方が楽だったから
彼の事を忘れられない、忘れたくないから泣いてるのかな
泣き続けていると、彼は私の涙をすっと指で掬った
「頑張れよ、応援してる」
「こういうのはメールとかじゃ伝わらないだろ」
「うん・・・」
「言わなきゃ伝わらねえと思った、だからその、走ってきた」
「うん」
「・・・上手く言えなくてごめんな」
「だいじょうぶ、めっちゃ伝わった」
「・・・そっか」
「最後に話せてよかったわ、全部終わったら戻ってこいよ」
「はは・・・絶対に終わるまで待ってないでしょ」
そう言うと彼は壁から手を離し私を抱きしめた
体温が上がっていたのもあったのだろう、とても暖かい感触だった
「っせえ、待ってるって言ってんだよ」
「夢が終わったらこの街へ戻ってこい、約束だ」
私も彼の背中に手をまわし、思いっきり抱きしめた
この感触はいつまでも忘れない、忘れたくない
昔と比べて変わった彼の姿は、よりかっこよく見えた
「うん、約束」
「おう」
今までの人生の私、さようなら
「破ったらダメだよ」
「おう」
これからの人生の私、よろしくね。
突然電車のアナウンスが聞こえた
その数分後に電車が到着し、もう一度別れの時間がやってきた。
「またね」
「ああ、またな」
電車に乗り込むとドアが閉まる、窓越しに手を振る彼
私が手を振り返すと、電車はスピードを上げ駅を出発した。
彼は最後までその電車を見つめていたような気がした
**********
駅から出て、俺はゆっくり家まで歩いていた。
何もかも変わらない訳にはいかない
人も動物も1日1日と人生は変わっていく
変わる過程の中で時には落ち込んだり、時には嬉しかったり
同じ日なんてない、俺たちは今、進んでいる。
「あいつみたいに、俺もなんかやりたいこと見つけっかな」
進む事が人の生きる道と言うのなら
俺は今現在、道を進んでいるのだろう
前に進もう
あの時こうしておけばよかったと、後悔しないように
「頑張れよ、七崎」
ふと見上げた空はとても清々しいぐらい青く綺麗だった。
時間の止まった俺たちの恋愛
終わり
すいませんどう考えても1話に入りきれませんでした
(でも次で終わりって言っちゃったしなあ、と言い訳させてくd)
作品はこれで終わりです、書き足りない部分や伝えたい部分もありますが
とりあえずはこれで満足しました。
あと、他作品も書いているので良かったらそちらも読んで頂けると嬉しいです
最後に拙い文章だと思いますがここまで読んで頂き、ありがとうございました。
さようなら