でもまだきっと
バレる前にカッコよく死にたい
既にやらかしている
人生には後戻りできない道、押したら取り返しの効かないボタンがある
*
<2020.07.24.03:26>
茉優が起きないようにベッドから降り、パソコンのあるデスクに座る。銀行口座を確認する。念のため暗証番号のメモを引き出しに入れておく。
スマホで佐藤に「ありがとう。今日は頼む。」と送る。
静かにベッドへ戻る。
<2020.07.24.07:57>
「おはよう」
寝転がりながら茉優を見つめる。強めに抱きしめて起こす。キスをしてからカーテンを開ける。
冷蔵庫へ行き冷えた水を一杯飲む。もう一杯汲んで寝ぼけて歩いてくる茉優にあげる。
洗面所で顔を洗う。
<2020.07.24.08:02>
「今日は俺に作らせて」
冷蔵庫の中を探る茉優をソファーに座らせようとするが、コーヒーを落としだす。
俺は目玉焼きを作る。火にかけたフライパンの中に2枚のベーコンを入れる。トースターで2枚のパンを焼き始める。ベーコンに薄く焦げがついたところで卵を2つ落とす。白身に色がついてきたら水を少し入れて蓋をする。いい感じに焼けたパンを2枚のお皿にのせる。フライパンの蓋を取って水分を飛ばす。できた目玉焼きを2つに切ってパンにのせる。最後にオリーブオイルとソルトを少々。
<2020.07.24.08:20>
「いただきます」
テレビでニュースを付けながら関係のない話をして笑い合う。
<2020.07.24.08:51>
「ごちそうさまでした」
今度こそ茉優をソファーに座らせて俺が皿洗いをする。茉優を眺めながら仕事を進める。
その後2人で洗濯と掃除も済ませる。
<2020.07.24.09:13>
歯を磨き、着替えて家を出る。部屋の風景を目に焼き付けて玄関の鍵を閉める。車に乗って低めの音量でロックをかける。走りながら助手席の茉優とたわいもない話をする。
<2020.07.24.09:53>
デパートの駐車場に車を停める。2人で腕を組みながら店内に入り映画のチケットを買う。Lのミルクコーヒーを1つ買って一緒に飲みながら店を回る。
<2020.07.24.11:59>
ラーメン屋に入って豚骨ラーメンを2つ注文する。茉優が水を2つ汲んでくる。さっき買ってあげたネックレスを早速つけてあげる。
<2020.07.24.12:11>
暑くなりながらラーメンをすする。俺は替え玉を頼む。食べ終わった茉優が俺のおでこをハンカチで拭く。替え玉も吸い上げ、冷水を一気に飲んで店を出る。ガムを噛みながら歩く。
<2020.07.24.12:28>
ポップコーンの行列に並ぶ。キャラメル味を買って映画館に入る。1カップのポップコーンを2人で半分ほど食べる。
<2020.07.24.13:00>
広告が終わり、映画が始まる。茉優に両手で腕を握られながら鑑賞する。ハンカチを持っているのに俺の服で涙を拭いてくる。
<2020.07.24.15:16>
映画が終わる。茉優は泣きすぎて目のあたりが真っ赤になっている。俺の腕で顔を隠しながら映画館を出る。アイスを買ってから1時間予約してカラオケへ入る。
<2020.07.24.15:25>
俺と茉優で10曲くらい歌って、笑ったり、ハモったりする。最後にラブソングを歌ってから長椅子に茉優を倒して、涙を何とか抑えながらハグとキスを繰り返す。
<2020.07.24.16:21>
茉優は部屋に居てもらって、俺はトイレへ行く。こっそり佐藤と会う。
「おい、佐藤。本当にお前もいいのか?」
「亮、お前のためだけじゃない。俺のためでもあるし、茉優さんのためでもある」
「そうか……」
「亮こそ、大丈夫なのか?」
「……あぁ」
「じゃあ、俺は行くぞ。またな」
「佐藤、ありがとな」
佐藤は覆面をし、片手にスタンガンを持って茉優のいる部屋へ向かう。俺はそれを見ていられなくなってトイレの個室に入る。
*
俺は、バレる前にカッコよく死にたい
俺は既にやらかしている
人生には後戻りできない道、押したら取り返しのつかないボタンがある
*
俺は亮。俺には愛する妻の茉優がいる。
なぜ俺が佐藤とあんな会話をしていたか? なぜ佐藤がスタンガンを持っていたか? ……
お分かりいただけただろうか。
分からないだろうから、最初から説明してやろう。
時は学生時代にさかのぼる。
俺と佐藤は小学校からの付き合いで、同じ高校に入りずっと仲が良かった。その高校で新しく友達ができた。そいつは明るいやつで一緒にいてとても楽しかった。俺も佐藤も、そいつがいい奴だと信じていた。
ある日、俺と佐藤はそいつに騙された。俺たちが気づかないように違法薬物を吸わされた。そいつは薬物を吸う仲間が欲しかっただけらしい。俺たちに薬物をタダで分けてくれた。俺と佐藤はそいつと関わらないようにして、薬物もやめようと思った。だが、不可能だった。やめようと思っても、その気持ちをはるかに上回る力が心と体を薬物へと引っ張っていくのだ。
ある日、俺と佐藤はそいつを殺した。俺たちは頭がよかった。うまく自殺に見せかけて海に沈め、誰にもバレなかった。薬物をくれる奴がいなくなったから、やめられると思った。
やはりやめるのは無理だった。でも、頻度はかなり減った。そしてそれからも誰にもバレることは無かった。
俺は就職できた。そこで、茉優に出会った。いつの間にか、目で追うようになり、意識するようになり、告白し、付き合い、結婚していた。
茉優に出会ってから、薬物は一切やめることができた。奇跡とでもいえる出来事だ。だから、茉優には感謝している。
ただ、薬物を吸っていたこと、人を殺したことを茉優は知らない。
俺はあいつのせいとはいっても、クソみたいな人間になった。でも、これからは茉優と一緒に何事も無かったかのように幸せに暮らそうと思った。
しかし、人生はそんなにうまくはいかない。
ついこないだ、あいつの家で薬物が発見されたというニュースが流れてきた。そのニュースを見た時、今まで感じたことのない恐怖心が襲ってきた。
当然そいつの友達だった俺と佐藤にも疑いの目が向くだろう。そして、検査なんてされてしまえばすぐに薬物をやっていたことがバレてしまう。
まあ、俺が捕まる分には問題ない。しかし、俺の逮捕によって茉優まで巻き込まれるのだ。面倒な検査をされ、周りから「夫が薬物依存者」という目で見られなければいけなくなる。
佐藤の家族はみんな亡くなり、彼女もおらず一人暮らしだが、バレるならいっそのこと死にたいと言っていた。
だから、俺と佐藤はバレる前に死にたいと思った。
しかし、ただ自殺するだけでは、薬物がバレるのを恐れて死んだという疑いを警察に持たれる可能性もある。そして、自殺したら茉優も不思議に思って色々調べてしまうかもしれない。
そこで編み出された計画が、バレる前にカッコよく死ぬというものだ。
だいたいの計画内容はこんな感じ。
佐藤が茉優を誘拐する。俺が身代金を持っていく。茉優を助けるふりをしながら、佐藤と一緒に死ぬ。茉優にはその身代金で俺がいなくなっても生活してもらう。
では、これから計画が具体的にどうやって進むかを見ていてくれ。
*
<2020.07.24.17:04>
佐藤から連絡が来る。
「順調、これから脅迫電話をかける」
佐藤から電話が来る。
「……もしもし、茉優の夫か?」
「はいっ!! どなたですか?」
「う~ん、『ⅹ』とでも名乗っておこう。この声が聴こえるか?」
かすかに「助けて」という声が聴こえる。恐らく、茉優の口にガムテープが貼ってあるのだろう。心が痛むがすべては茉優のため……しょうがない。
「ま、まさか……。茉優がそこにいるのかっ!?」
「その通りだよ。夫さん」
「何をするんだっ。や゛めろぉぉぉ」
「ふはははは、おいおい落ち着けよ。俺はお前の愛している妻を殺したりなんてしないよ。……5時半までに1000万を持ってくればね」
「いっ、い、1000万……」
「どうしたんだ? 妻が殺されていいのか? 愛しているのだろ?」
「わ、分かった。どこに持っていけばいいんだ?」
「カラス橋だ。一応忠告しておくが、警察に知らせでもしたら……お前の妻の命はない」
「分かった。分かっているっ。だが、それ以上手をだ」
プーープーープーー
佐藤が電話を途中で切った。
かなりリアルな脅迫電話になったと思う。練習通り俺も佐藤も演技がうまかった。
<2020.07.24.17:16>
銀行へ行き、朝に確認した口座から1000万を引き出す。その札束たちをカバンに積め、車でカラス橋へ向かう。
<2020.07.24.17:28>
霧が出てきたカーブの多い山道を抜け、橋が見えてくる。カラス橋の真ん中辺りに車をわざと猛スピードを出してから止める。覆面したままの佐藤が、手を縛った茉優と一緒に車から出てくる。俺も急いでいるようによろけながらお金の入ったカバンを持って車から出る。
「なかなかやるではないか、夫さん」
「ちゃんと1000万です。早く茉優をこっちへ……」
茉弥は恐怖心から解放されたからか、涙を流している。さらに心が痛む。
ここで佐藤がさらなる演技をする。
「俺はさ……彼女もいないんだよ。女はみんな俺をゴミ扱いする。……だからさ、お前らみたいに恋愛ごっこしてるカップルが一番うぜんだよぉぉぉっ」
佐藤はそう叫びながら遠慮気味に茉優を横へ押し飛ばす。倒れた茉優を俺が起こしに駆けつけて口のガムテープを取り、最後のキスをする。それを佐藤が引き離し俺と取っ組み合いになる。
2人で橋から落とそうとするふりをする。そして、橋の手すりに2人で倒れこむ。もう少しで落ちる。その時に俺は泣きながら最後の言葉を言う。
「……茉優ぅ、今、まで……ありがとう。……そして、ごめんな。……俺は……クソみたいな、奴だけど、茉優から、沢山の……幸せを……もらった。……だから、恩返しに、こいつと死ぬんだ。許してくれ……。
俺は茉優をずっと愛してる……」
あ、もう落ちる。
計画通りだ……
俺は最後に茉優を見て、涙で濡れた目を閉じた……
<2020.07.24.17:33>
あれ? なぜ落ちないんだ? なんか持ち上げられてないか?
目を開ける。
ほとんど落ちかかっている俺と佐藤を茉優が引っ張っている。
なぜだ!? 茉優の手は縛ってあるはず…… やめろっ、俺は死にたいんだ。
佐藤が橋の手すりをつかみ、上に上がろうとし始めた。
おい!? 何してるんだ? 一緒に死ぬんだろ?
俺は訳が分からない。
そして、俺も上に引っ張られる。もう橋の手すりの内側まで来てしまった。
そのとき、茉優が俺を引っ張る勢いで橋から落ちそうになった。しかし、茉優は小さな白い手で俺の服を掴んでぶら下がっている。
茉優が……落ちちゃうっ
なぜだ、俺が死ぬんだっ。茉優は生きていないと……なんの意味もないじゃないかぁ
俺は茉優の手を掴もうとした。しかしその前に俺の服が破れた。
最後に茉優は言った。
「やっと、亮の役に立てて私は幸せ……ありがと………………」
茉優が落ちる。俺に手を伸ばしながら。橋の下の霧の中へ消えていった。
「…………………は? は? …………どうなってんだよ…………どうなってんだよお゛ぉぉぉ…………」
俺は橋を飛び降りようとした。しかし、佐藤に無理やり押さえつけられできなかった。
俺は佐藤の地面に倒して上に乗り、殴りまくった。
佐藤は反抗せず泣いていた。
<2020.07.24.17:35>
バシーン
俺はビンタされた…………
目の前にいたのは震えて泣いている茉優だ。
はぁ? え? さらに意味が分からない……なぜだ? 茉優はさっき落ちた……俺の前にいるのは幽霊か? 幻か? でも、ビンタされた痛さがある。
茉優は強く僕を抱きしめながらつぶやいた。
「ばかっ」
*
俺は、バレる前にカッコよく死にたい
俺は既にやらかしている
人生には後戻りできない道、押したら取り返しのつかないボタンがある
*
でもまだきっと死んではいない